④次の狩り場へ



 煙のように消え失せた呪術師のワレメに聞きたい事は山のように有ったが…居ないんだから聞きようが無い。


 「一先ず、細工屋に礼を言いに戻るか」

 「うん、礼儀は大切だからね」


 サキと二人で細工屋の家に戻ると、どうやら帰りを待っていたらしく、入り口前で出迎えてくれた。


 「やぁ! 呪術師には会えたかい?」

 「ああ、随分と印象は違ったがね。ところで呪術師ってのは若い娘かい?」


 俺がワレメの姿を思い返しながら尋ねると、細工屋は意外な反応を示した。


 「…いや、薬草治療で有名な婆さんだよ。孫娘も居なかったと思うが…」

 「えっ? 刺青を彫るのは婆さんだったのかい」

 「…刺青? さて、何の話だいそりゃ…」


 とぼけているようにも見えなかったが、彼は刺青の話自体を全く覚えていないようだ。


 「刺青ねぇ…ああ、身体に刺青を入れた奴の事を戦士だって教えたのは覚えてるよ。でも、呪術師の娘が彫るとかは知らないなぁ」


 細工屋がわざと知らない振りをしているのかと勘繰ってはみたものの、それで何か得をするとは到底思えない。仕方ないと諦めて退散しようと決めた時、


 「おお、そうだ! 頼まれ事が有ったんだよ…こいつを二人に渡してくれってね」


 そう言って薄皮で包まれた何かを手渡そうとしたので、受け取って縛ってあった紐を解いて開けてみる。


 「…矢じりと穂先じゃないか」

 「これ…あの男の人がくれたの?」

 「そうさ! あいつがまた戻ってきてね、仕上げたこいつらをあんたらに渡せって…じゃあ、受け取ってくれるかい?」


 ずしりと重い品々を、俺は手に持って考える。有る意味貴重な品だと直ぐに判ったが、問題はあの男が何故、俺達に寄越したのかだ。


 …戦力としてスカウトするつもりなんだろうか?




 行きは半日掛かった拠点からの道筋は、帰りになるとあっと言う間だった。弓矢の練習をしながらのんびり来たという事もあるが、サキと俺は自分達の身に起きた変化を、徐々に実感し始めていた。


 「ねえ、ヒゲさん…この弓、本当に同じもの?」


 サキが弓を軽々と引き絞りながら、疑い混じりで聞いてくる。そして以前と同じようにつがえた矢を構え、離れた木の幹に狙いを定めて放った。


 …キュンッ、と甲高い音と共に放たれた矢は木の幹の中心に当たり、パァンッ、という激しい破裂音と共に砕け散った。


 「いやいや、違うよねっ!? 私…もしかしてゴリラになっちゃったの!?」

 「…ゴリラが弓矢を射る訳ないだろう…」


 サキが再び矢をつがえて同じように放ってみると、矢は僅かに逸れて茂みの中へと消え、弓の弦がバシッと音を立てて切れてしまった。


 「ウソでしょ!? ねえ、ヒゲさん…もしかして、これが刺青の力なの?」


 サキは切れた弦を指先でもてあそびながら、ほっそりとした自分の腕をしげしげと眺めて溜め息を吐いた。


 「…判らんが、もしそうなら…新しい弓の素材を探すしかないか…」


 そんなサキの肩に手を載せながら、俺は新しい獲物を探す決心をした。こうなったら、例の山を越えた先まで行ってみるしかないな。




 「こことも暫くお別れかなぁ…」

 「…まあ、また戻ってくるさ。それまで荒らされないようにしておかないとな」


 見慣れた拠点の入り口を石と枝で塞ぎ、獣が入り込まないように固めておいた。まあ、誰かが見つけて住み着いたとしても、その時は諦めるとしよう。


 木枠で組んだ背負子しょいこの紐を肩に掛け、使い慣れた黒曜石の槍を持った俺と、急拵きゅうごしらえで作った短めの同じ槍を持ったサキは、新しい狩り場を求めて連なる山々に向けて歩き出した。


 新しい狩り場…まだ見ぬ獣達…か。


 「じゃ、行こう!」

 「ああ、そうだな…日暮れまで進んでみるとするか!」


 颯爽と髪を靡(なび)かせながらサキが叫び、俺も負けじと答えてやる。勢いだけはお互い一人前なんだからな…。



 しかし、道路標識も看板もない原始時代。焦って走っても目的地に早く着くとは限らないし、間違った方向に行っていない保証も無い。そうは言っても遠くに霞んで見える山を目標に進むのだから、迷いようも無い。


 ならばサキと世間話でもしてみるか、なんて思い付いたその時、前を歩いていたサキが急に立ち止まった。


 「…何だろ、人の声がする…」

 「えっ? 声か…俺には何も…」


 直ぐに追い付くとぽつりと呟き、周囲を見回す。けれど視界の中に人の姿は勿論見当たらない。


 「…聞こえる、でもここからじゃ見えない!」


 と、言い捨てるや否や、トトッと軽く助走を付けて高い位置の木の幹に飛び付くと、そのまま手を伸ばして枝を掴み、更に隣の幹に向かって飛び付く事を繰り返し…俺の視界から消えてしまった。


 「おーいっ! どうやって降りる気だ!?」


 俺は彼女が消えた方向に叫んでみるが、返事は無い。まるで猿のようだと思った瞬間、互いに見せ合った刺青の意味を悟ってしまった。


 「…下から追うしかないか」


 先に能力を発露されて悔しい訳じゃないが、ほんの少しだけモヤっとする気持ちを抑えるように走り出す。だが、そこで俺は唐突に気付いてしまった。


 かっ、と地面を蹴って身体を伸ばし、振り上げた足で空を掻きながら全身を前に送り込む。たったそれだけの動きにも関わらず、俺はいとも簡単に走り幅跳び並みの距離を、一歩で飛び越していたのだ。


 「…何だ、これは…うわっ!?」


 我が身の異変に気付き立ち止まろうとしたが、大きな慣性の力を帯びた身体は簡単には止まれない。そのまま軽く二三歩進んだつもりが、フワッと重力から解き放たれたように身体が前に前にと進んでいく。


 思考と身体の制御が切り離されたような状態のまま、生身の身体では到底出せない速度で飛ぶように進み続けていくと、突然身体が重くなり、地面を足の裏で擦るようにしながら停止した。


 「…一体何が起きたんだ…っ?」


 余りにも予想外の変化に戸惑っていると、俺が立ち止まった所で木々が途切れ、青空が丸く切り抜かれたように梢の間から見える場所に辿り着いていた。


 そして、その真ん中にカゴ状に編まれたおりが置かれ、三人の男達に取り囲まれたその中に誰かが閉じ込められていた。


 見ると檻は木の棒を渡し、担げるように縛り付けられていて、中の人間ごと何処かに運び去ろうとしているようだ。


 「…そんな筈…いや、まさか?」


 俺は中の人間がサキかと思い目を凝らして見てみると、長い黒髪を伸ばした若い娘に見えた。呪術師のワレメに似ている気がして、自分でも判らぬまま槍を構えながら一歩踏み出そうとした瞬間、頭上を黒い影が飛びそのまま檻の上に着地した。


 「…この娘を放せっ!!」


 そう声高に叫んだのは、短槍を両手で握りながら姿勢を限り無く低くし、飛び掛かる寸前の猛獣のように身構えたサキだった。


 「…な、何だよお前っ! 罠に掛かった奴を運んでただけじゃねぇか…おまけに良く見てみろ、こいつは人間じゃねぇぞ!?」


 と、三人の一人が槍の石突きで檻の中を指し示すと、良く良く見れば…ワレメと違いややぽっちゃり気味の身体で、頭の上に丸く毛深い耳がぴょこりと立っている。おまけにぐーすかイビキを搔いて寝ている尻の辺りから、フサフサした毛に覆われた尻尾が伸びていた。


 「なぁ、こんな奴を俺達がどうしようと別に構わねぇだろ? …それとも姉ちゃんが代わりに中へ入るか?」


 そう言うと三人は顔を見合いながら下品な声で笑い、サキを取り囲むように三方に散ると槍を構えて凄み始めた。しかし、サキは全く気にせず短槍を構えながら立ち上がり、大きな声で叫んだのだ。


 「どーせ口で言っても判らないでしょ!? だから、まとめて3人で掛かってきなさいよ!」


 そしてビュンッ、と短槍をしならせながら一回しし、穂先を目の前の男に突き付けながら軽やかに宙を舞った。



 


  


 

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