⑤新たな旅立ち



 半年振りに飛び込んだゲームの中は、ベータ版と違って多くの改良が追加されていた。


 先ず、直ぐ死ぬから無意味だと悪評の高かったプレイ時の様々な能力ゲージは、体力だけが常に視界の片隅に表示されている。それ以外の各種パラメータは、隠されて見えない仕様である。


 他にもスキル系の表示も隠しパラメータ扱いになり、プレイヤーはプレイ中に確認する事は出来ない。その辺りは賛否両論別れるかもしれないが、俺は気にしない。数値化は目で見て判り易いが、リアリティーに欠けるし身体一つで出来る事なんて限られて当然だろう。



 

 素っ裸でスタートした俺は、先ず岩場に向かう。そこで石を拾って叩き割り、幾つかの破片を確保する。そして黒曜石を見つけて同じように加工し、切れ味の鋭い刃物を手に入れた。


 出来るだけ時間の節約の為、身体が衰弱する前にイノシシ退治まで到達したかった。そして【黒曜石の槍】をイノシシ目掛けて突き出し、心臓を一突きで貫いた。


 …と、ここまではベータ版で体験済みだったが、今回は違う。俺はイノシシの脚に【ツタの紐】を回して縛り、そのまま川の中に石を括り付けて沈めた。こうしておけば毛皮に付いたダニも死滅するだろう。


 【原始人・ザ・オンライン】について結構な時間を割いて調べた結果、発売バージョンはリアリティーの極致と呼べる程、様々な再現が為されているらしい。イノシシの毛皮一つ取ってもダニが居て、迂闊に触れば恐ろしい感染症も免れない…と、あのクソゲーなベータ版とは較べようもない仕上がりになっているそうだ。


 このまま暫く川の水に浸けておけば、狩りたての状態で高熱を帯びた肉も冷え、保存性や味に良い影響を与える。こちとら狩猟系の動画サイトを隈無く回って学習済み、って所だが。



 さて、あれだけ苦労したイノシシもあっという間に狩れた訳だが、皮と肉を加工する為に湯を沸かさないとダメなんだよな。それじゃ、川の水で泥を練って素焼きの土器を作るか…何だか泥粘土遊びみたいだが。


 細く伸ばした泥を渦状に重ね、天日に干して乾燥させる。いびつな形だけど、水さえ漏れなきゃ問題無い。次は火起こしだが…これはひたすら擦って摩擦熱で火を起こすしかない。


 【木の棒】2本と【ツタの紐】を組み合わせ、下に重りを付けて【火起こし弓】を作る。後は木屑を盛った木の上に当てて、ひたすら紐を回して熱を作り出す…地味な作業だなぁ。



 川原で石を積んでかまどにし、その中に火を点けた小枝から太い枝に火を移す。そして乾燥させた【泥の器】を焚き火の上に置き、直火で加熱して【素焼きの土器】に変える。細かい事を言えば釉薬を塗って焼けばもっと丈夫に作れるんだろうが、それはまた次の機会にしよう。


 さて、そろそろイノシシを解体するか。確か肛門を切って内臓を出す時に、腸を傷付けると大変な事になるんだよな…うわ、結構固いぞ、イノシシの皮って。【黒曜石のナイフ】じゃないと解体は無理だなこりゃ。



 

 …やれやれ、やっとこ剥がし終えたな。一匹のイノシシから取れた皮は、だいたい1メートル位か。皮の裏側にこびり着いた脂肪や肉片は、丁寧に削り落とさないと腐るからな…。


 結構な時間をかけて毛皮を加工した後、何も身に付けていなかった俺は、ようやく裸から半裸に…たったそれだけに半日懸かる所が、直ぐ結果が出ないと飽きて辞める連中に不評だった訳だが、原始人なんてそもそも現代人と違い、時間に縛られていないんだ。


 さて、火は有るしイノシシ肉もある。ここらで初めての肉を堪能するか。


 細く削った枝を串代わりにし、付け根に沿って切り分けたもも肉を削ぎ切りにして三枚程刺してみる。案外重みでたわむ気もするが、まあ平気だろう。後は焚き火の両端に刺した枝を支柱にして、肉を刺した枝を渡し炙り焼きにしよう。


 肉が焼けるまでイノシシ解体を続け…あ、切り分けた肉を包む物を探してこなきゃいかんな。葉っぱか? 広葉樹の大きな葉っぱなら皿代わりにもなるし、それにするか。


 平たい石をまな板代わりにし、その上に葉っぱを敷いて切り分けた肉を載せる。腿肉にあばら肉、肩ロースなんて考えながら取り分けてみるが、原始人がロースがどうのとか考えるのは変か。そうして骨から肉を削ぎ、部位毎に分けて包むと焚き火で炙っていた肉から、脂の焦げる刺激的な匂いが漂ってくる。


 …うん、若干焦げ気味だが、焼き肉だな。まあ、味付けは全く無いが、それは気にしない事にしよう。せめて塩でも有ればいいんだが。


 支柱から下ろした肉は、表面からしっとりと脂が滲み出て、見ているだけでも旨そうだ。串の枝を手に持ち、早速一口齧ってみる。


 パリッ、と表面の焦げた所は若干苦いが、その下のピンク色の肉には十分火が通っている。その部分は噛み締める度にジュワッと肉汁が染み出て、期待通りの旨味と歯応えが堪らない…但し、くどいようだが味付けは無い 。けれど、自分で狩ったイノシシを食べている満足感で十分旨く感じるもんだ。


 そうして一枚、また一枚と腿肉を食べ進め、気付けば串だけになった。このまま焼いて食べ続けても構わないが、やっぱり味付けしてみたい欲求に駆られるのは、贅沢な味に慣れた舌のせいだろうな。


 とにかく、イノシシの毛皮と肉、そして骨が手に入った訳だが、何も総て食い尽くさなくても構わない。保存性を考えたら茹でたり焼いたりすれば多少は日持ちするだろう。


 よし、この調子で半裸から脱却するか! …でも、あと何頭倒せば足りるんだ?



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