最後に一目...

ちょこれゐと

最期に一目...

夏祭り...

はるか昔、この星では大きな「花火」というものを空へ打ち上げ、それを見て楽しむのが夏の楽しみの一つだったらしい。


また、たくさんの花火が上げられる時には、「屋台」なるものが軒を連ねていて、たくさんのお店が食べ物や飲み物を売ったり、ちょっとしたくじ引きなどをして遊ぶお店があったとか。


私たちはそれを、歴史の授業でしか知らない。

暗がりの元、たくさんの屋台が連なって、楽しげな笑い声が飛び交う...

さぞ楽しかっただろうな...


今、私は彼を待っている。

おそらく会えるのは今日が最後になるだろう。

私と彼は、1年ほど前から付き合っているが、あまり会える機会がないまま、今日の日を迎えてしまった。


待ち合わせの場所をここにしたのには理由がある。

この道が、その昔「屋台」がたくさん出て有名な場所だったと聞いたからだ。


出来ることなら、彼と、手を繋いで屋台を見て歩いたり、空に浮かぶ花火を見て、一緒に楽しんでみたかった。



待ち合わせ時間まであと5分、そろそろ来るだろうか。

今日が最後になることは、彼も知っている。

私は彼に、心を込めて作った、お守りを渡すつもりだった。

これが、彼を守ってくれればいい。

離れ離れになって、もう2度と会えなくても、元気でいてくれれば...


「ちる、またせてごめん」

後ろから彼の声がした。

「ううん、いいの、あたしもさっき来たところだから」

振り返り、穏やかに微笑む。


「あのさ、ちるが今日ここにしたのは、昔あった夏祭りの場所だったからだろ?」

驚いた。

まさか、気づいているとは思わなかった。

「今日のために、必死で文献を漁ってさ、花火ってやつを作ってみたんだ。

2人で見れたら...ちるが喜ぶと思ってさ」

彼は照れているようだ。


想像もできなかった。

あの彼が私のためにそんな手間と時間をかけて、喜ばせようとしてくれるなんて。

涙が込み上げてきた。

しかし、グッと我慢した。

今日は、笑顔で別れると決めて来たのだ。

「ありがとう!嬉しい!

あなたが、そんなサプライズをしてくれるなんてね!

ふふっ、どんなのなの?」

彼は困った顔で小さな袋を取り出した。

「それがさ、大きなやつはとても作れなくてさ...こんなのしかできなかったんだ、ごめん」

その小さな袋には細長い紐状のものが何本か入っていた。

「本当はもっとたくさん作りたかったんだけど、材料がなかなか集まらなくてさ」

本当に申し訳なさそうにいう彼に

「そんなこと気にしないでよ!

まさかここで花火が観れるとは思わなかった!うれしいー!」と、明るい声で答えた。

彼は少しほっとしたように、使い方を説明してくれた。

その細長い紐の先に、火をつけてぶら下げるのだという。

てっきり、花火は空に咲くものだと思っていたのだが、下に咲くものもあるのか...

そう思って、言われた通りしゃがんで手に持ち、火をつけてもらった。

すると、紐だと思っていたところから、オレンジ色の火花が飛び散った。

パチパチパチ...静かに音を立てて、紐を燃やしていく。

確かに、横から見ると花のように見える。

「わぁ!すごい!」

歓喜の声を上げると、彼は満足そうに笑った。

だが、火はすぐ小さくなり...先端で球のようになって最後は落ちてしまった。


これが花火?

大空に、大輪の花を咲かせ、凄まじい音が鳴り響いたと文献には書いてあったが、これは本当に花火なのだろうか?

キョトンとしている私の前に、彼は2本の紐を差し出した。


「同時に火をつけて長く球が落ちなかった方が勝ち、っていう遊びもあったらしいぜ」

悪巧みをする少年のような声で教えてくれた。


「じゃあ、勝負っ!負けないからねー!!」


意気込んだ私に、彼は突然、意を決したという口調でこう言った。


「もし、俺が勝ったら...どうしても、ちゃんと顔を見せて欲しいんだ」

「え...?」

「最期だから、ちゃんと見たい。

俺も、ちゃんと見せるから」

混乱した。

まさか彼がこんなことを言い出すとは思わなかった。


今この星は、防護服を着ていなくては生きていけないくらいいろんなものに汚染されている。

そして、そのせいで、未知の病源菌とやらも大量に発生しているらしい。

つまり防護服を脱ぐということは、そのまま死を意味することになるのだ。


政府は、世界の国と協力し、生きていける星を探索し続け、やっと該当の星が見つかった。

先日まで、調査隊が派遣され、本当に安全に暮らしていけるのか調べていたらしいが、どうやら大丈夫らしいと報告が届き、やっと私たち一般人にも移住の案内が来た。そして、その指示に従い、今日の深夜、出発することになっていた。


だが...

区域ごとに分けられた移住地が、彼と私とでは違ったのだ。

移住すれば生きてはいけるが、もう2度とこの人に会えない...外見が見えるのは両目だけで、それもフィルターのせいでかなり見づらい。

それでも、彼のことが大好きだった。


一緒の区域に住む方法もあるにはあったが...

私の歳が足りなかった。あと半年早く産まれていれば、結婚というシステムで同じ区域に行けたのに...


彼は、急かすことなく、ただ静かに返事を待ってくれている...。


私は決めた。

出来ることなら結婚して同じ区画に行きたいと何度も願ったじゃないか。

特例措置がないか、色々調べてみたけれど結局方法は見つからなかった。だから諦めるしかないと、自分に言い聞かせていた。


でも、彼は、私の顔を見たいと言ってくれた。

命がけだと知っていても。

「...わかった」

力強く頷いた。



彼と私は同じ長さになるよう、その紐を持って、同時に火をつけた。


チラリと彼を見ると、火の球を落とさないようにじっと動かずにいる。

私はそんな彼が愛おしくてたまらなかった。

「あ...」と声を出すと同時に紐を持つ指を少しだけ揺らす。

火の球は呆気なく落ちてしまった。


「ちる...お前.......」

「あぁ...落ちちゃったね...」


「ちる!!」


彼は防護服ごと強く抱きしめてきた。

「やっぱりやめよう!

お前の顔を一目見たかった。

生身のちるを、強く抱きしめたかった!

でも...でも、死なせたくない...!!」


そう言ってくれてとても嬉しかった。

愛されているんだと、素直に信じられた。

でも、私はもう決めたのだ。


「あこくんも、顔、見せてくれるんでしょ?

私、やだよ、あこくんと離れ離れなんて。

覚悟、決めたつもりだったけど...

やっぱり、離れたくない...

あこくんとなら、私いいよ。

...むしろ、あこくんと離れるくらいなら

死んだ方がっ...マシだもん...!!」


途中から泣き出してしまった私を宥めながら、彼は少し木の繁った方へ私を導いた。



「本当に、いいのか?

多分、ここで死ななくても、政府の船には乗れなくなる。

親とも...もう会えないんだぞ?」


私は、やはり力強く頷いた。



防護服は、1人で脱ぎ着できる仕様になっているが、気密性を保つため全てが一つのパーツになっている。

脱ぎきった後、どれくらい生きていられるのかわからない。

脱ぎ切るタイミングを合わせるため、声を掛け合いながら脱いでいった。

そうして、あとは立ち上がるだけで全てが脱げる状態になった時、せーので立ち上がった。


途端、彼は私を強く抱きしめてくれた。

初めて抱きしめられた身体は、

とても温かくて心地良い...。


「..............!!」

何か言っているようだが、小さ過ぎて聞こえない。

「えー?あこくん、聞こえないよ?」

微笑んで彼の顔を見る。


早く、甘くて大好きなその声で

私の名前を呼んで欲しい。


私は彼と身体を離し、催促するようにその顔をじっと見た。

「あこくん、早く、いつもみたいに

ちるって呼んでよ」


彼は呆然とした顔で私を見つめ、

耳元で何かを囁いたあと、

また私を抱きしめた。


私はなんとか、彼の大好きな声を聞き取ろうと耳を澄ませたが、どんどん体に力が入らなくなって来た...

ふらついた私の身体を彼は慌てて抱きとめ、

ゆっくり地面に寝かせてくれる。

その間も、必死な顔で口を大きく開けて叫んでいるようだが、もう何も聞こえない...


そのうち、彼も具合が悪くなって来たようで、その顔に苦痛を浮かべながらも、私の顔を愛おしそうに撫でてくれた。

残念ながら、彼の声は直接聞けなかったが、顔が、姿が見れて、直接抱きしめてもらえただけで十分幸せだ...

あこ...く...ん.......だいす.....き...



翌朝、無事に飛び立った宇宙船では、皆が穏やかに朝食を摂っていた。

食堂にあるテレビのニュースで、身元不明の2人の遺体が発見されたと流れていた。

その遺体は黒く染まり、死因が何かはおそらく特定できないだろうとの事で、なんらかの事情で出発に間に合わなかったのだろうかとキャスター達が議論している。



船内には、相変わらず防護服を着た人が多いが、中には数人、マスクのようなものを被っただけの人たちが見える。


人間は、あまりにも長い間防護服を着過ぎた。

五感のほとんどを、防護服の機能でサポートしていたため、聴覚、声帯、触覚などが信じられないほどに退化していた。

それを回復させるための補助を行うマスクを被っているらしい。


移住先に着くまでの間、症状を見ながら順番にリハビリをしていくが、どこまで回復するかはわからないという。






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