第51話 大みそか

あの事件から一ヶ月半が過ぎた。

私は腰の痛みも治り、いつもの普通のOL生活に戻った。

珍之助も回復してもうすっかり以前と変わらぬ姿になった。両手に装着した義手を除いては。


この義手は、あっちの世界からハゲが持って来てくれたものだ。

手首から先は金属むき出しのギンギラギン。めっちゃメカニカルで、動かすとカチャカチャ音がする。

ヴァイオレット・エヴァーガーデンみてぇだな。


部屋の中に居る時はいいけど、知らない人が見たら結構ショッキングだ。

だから外出する時には手袋をするようにしている。



…… あの事件から一ヶ月半


ハゲの話では、護世会はもうほぼ壊滅状態で、私に手を出してくることは無いだろうと言う事だった。

だが、問題は元凶の『孕石』。


ハゲたちが孕石の行方を追っているのだが、未だその行方が分からないらしい。

また何か良からぬ事を画策して私を狙って来る可能性もある。


ハゲは、


「まぁ、俺達に任せておけって!何とかするからよ、凛子ちゃんは気にしねぇで豊胸体操でもしてろ」


とか言っていた。

うるせぇ、何が豊胸体操だ。(ちょっと興味あるけど)


山下新之助は沖縄ロケの終盤で毎日忙しいらしい。

それでも朝と夕方、必ずLINEで近況報告をしてきてくれる。

あと10日ほどで撮影が終わるそうだ。


「あーっ、ちんのすけー!またズルしたぁ~!」


リビングから美咲ちゃんの声がする。

あの二人、また変な事して遊んでるな。近所迷惑だからヤメロって言ってあるのに…


リビングに行くと、美咲ちゃんと珍之助が向かい合って何やらやっている。


「あっ!りんこー、ちんのすけがねー、ズルばっかりするんだよー!」


二人の足元には折れ曲がった鉄パイプが散乱している。


ああ、またかよ…

さっきせっかく部屋の掃除をしたのに。


どこからか拾って来た直径3cmほどの鉄パイプを、どちらが早く曲げて輪っかに出来るか勝負しているのだ。

ケラケラ笑いながら鉄パイプの両端を持ち、それをぐにゃりと曲げる美咲ちゃん。

同じく、鉄パイプを持ち、無表情で曲げる珍之助。


どうやら珍之助はハンデとして二本いっぺんに曲げる事になっているらしいのだが、それを無視してバンバン一本ずつ曲げてしまっている。

それで美咲ちゃんが「ズルしたー!」と言ってキャーキャー騒いでいるのだ。

なぜか二人の間ではこの遊びが最近ツボってるらしく、しょちゅうやっている。


いや、まあ、何と言ったらいいのか。

キミら、万国びっくり人間ショーにでも出てろよ。


今日は12月31日、大みそか。

山下新之助も31日と元旦はこちらに帰って来るらしい。

16時羽田着の飛行機だと言っていたから、もうすぐこの部屋に着くはずだ。

部屋のあるじも帰ってくる事だし、大掃除をしよう!というわけで、午前中から三人で部屋の掃除をした。お陰でそこかしこが片付いていて気持ちがイイ。


今日で今年も終わりかぁ…

本当に色んな事があった年だった。

一生分の出来事をこの一年に詰め込んだ様な気がする。


「ただいまー」


玄関で山下新之助の声がした。

どうやら帰ってきたようだ。


「あーっ、しんちゃん帰ってきたー!」


美咲ちゃんが玄関へドタバタと走っていく。

デートクラブの一件の時には楚々とした身のこなし方が身についたと思ったのに、最近はまた前のペンギン走りに戻ってしまった。

まあカワイイからいいんだけど。


その後、私達四人は年越しそばを食べ、大みそかのテレビ番組を観て過ごした。

山下新之助自身が出演している番組を観ながら、リビングに置いたコタツに入ってみかんを食べたり。


山下新之助と美咲ちゃんがテレビを観ながらケラケラ笑っている。

その横で珍之助がみかんの皮を剥こうとしているんだけど、義手が上手く動かなくてみかんがぐしゃぐしゃになってしまっている。

それを横目でチラっと見た美咲ちゃんが、何も言わずにみかんの皮を剥いて珍之助の前にそっと置く。


この四人って、もうすっかり家族みたいになったのかな?

よく分からないけど、もしこの中の誰か一人でも居なくなったら…って考えると、それがすごく怖い。

好きとか嫌いとか、そんなんじゃない。

一緒に居たいんだ。

理由なんて無い。


私と珍之助がこの部屋に居られるのは、山下新之助の沖縄ロケが終わるまでという約束だ。

あと10日…

あと10日経ったら、またあの荻窪のボロアパートへ戻るんだ。珍之助と一緒に。

まあ、それはそれで仕方ないか…

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