第40話 山下新之助の受難

------ 高輪のホテル 凛子、山下新之助、優子 -------


「あれ?どうしたんだろう?珍之助のヤツ、新橋で停まってたと思ったら今度はこっちに向かってる」


私が珍之助に電話してから、珍之助は新橋の赤レンガ通りで20分ほど静止し、ついさっきまた動き出したと思ったらこちらに向かって来ているようだ。

そして約10分後、GPSマーカーは私達が居るホテルの前で静止した。

ベランダからホテルの前を見下ろすと、ホテルのゲート横で珍之助がバイクを降りて立っているのが見えた。

私は珍之助に電話してみた。


「珍之助、アンタ一人なの?美咲ちゃんの乗ったタクシーは?」


「分からない。でもたぶんこっちに来るはずだ。出来るだけの事はやった」


「分からないって・・・何でタクシーを追ってなかったのよっ!」


「仕方ない。他に方法が無かった」


えーっ!?

美咲ちゃんと相沢が二人きりになっちゃったじゃんか。

このままタクシーがここへ来なかったら、美咲ちゃんの行方が分からなくなってしまう!


それから私と山下新之助、優子の三人は、ホテルの部屋で何とも心もとない気分になってソワソワしていた。

時間が刻々と過ぎて行く。

10分、15分、20分・・・

何回もベランダに出てはホテルの入口付近を見下ろしてみるが、美咲ちゃんと相沢の乗ったタクシーが来る気配は無い。


25分、30分・・・

マズい、このままじゃ美咲ちゃんの身に危険が及ぶかもしれない。

もうこうなったら最後の手段でメルティーに頼むしかないか・・・と思ったその時、スマホに珍之助からの着信。


「珍之助、なにっ!?」


「美咲の乗ったタクシーが来た」


大慌てでベランダに出て見ると、ちょうどタクシーがホテルのゲートに差し掛かるところだった。

良かったぁ・・・

ここに来ることが出来たって事は、美咲ちゃんは無事なはずだ。

よし、相沢を迎える準備だ!



------- タクシー車内 美咲、相沢 --------


美咲と相沢の乗ったタクシーは、目黒通りからホテルの敷地内へ入った。

車寄せにタクシーが停まり、タクシーを降りてエントランスへ向かうと、ベルボーイが敬礼してくれる。


「キミ、こんなホテルに住んでるの?スゴイな・・・家賃って一体いくらくらいなの?」


製薬会社の御曹司の相沢でも、女子大生の美咲が都内一等地にあるこのホテルに住んでいると聞けば驚くのも無理はない。


「家賃ですかぁ?いくらかな・・・父が出してくれてるから私は知らないんです、ふふ」


美咲は相沢の腕に自分の腕を絡ませ、恋人同士のような雰囲気でロビーを歩いている。

そしてその数メートル後ろを、珍之助が何食わぬ顔で尾行していた。


相沢と美咲はエレベーターに乗ると、美咲が12階のボタンを押した。


「キミの部屋、12階なの?」


「はい、最上階です」


「ふーん・・・」


すると相沢がいきなりエレベーターの6階のボタンを押した。ボタンの横には『Fitness Gym』と書かれたステッカーが貼ってある。


「え?フィットネスジム行くんですか?もう23時だから開いてないと思うけど・・・」


「こんな高級なホテルのジムってどうなってるのか見てみたいんだ、ちょっと付き合ってよ」


エレベーターが6階に到着し、ドアが開いた。

すでにジムは営業を終了しており、最小限の明かりだけが点いたカウンター周辺以外は暗く、人の気配も無い。

だが相沢はカウンターの横を抜け、夜景の薄明りの中に照らされているジムの中へ入って行く。

相沢は窓際にあるランニングマシーンの横に立ち、美咲を呼んだ。


「ねえ、ちょっとこのランニングマシーンの上に立ってみてよ」


相沢に言われるまま、美咲がランニングマシーンの上に立って、相沢の方へ振り返ったその時だった。


相沢が美咲のニットワンピースの両肩辺りを掴み、いきなり下へ引っ張った。

胸元のざっくりと開いた襟ぐりの大きなニットのワンピースはいとも簡単にウェストの辺りまでずり落ち、美咲の上半身はブラジャーだけの姿になってしまった。

そして相沢は美咲のブラの肩ひもに両手を掛けると、またも乱暴にそれをずり下げた。

美咲の裸の胸が、夜景の薄明りの中で露になった。


「どう?まずここでヤルってのは?キミ、こんなのが好きなんだろ?へへへ」


相沢はニヤニヤしながらそう言い放ち、スーツの上着を脱いで脇に放った。

だが相沢が美咲の胸に触れようとした瞬間、後ろで何かが動き、ゴンと言う音と共に相沢は「うっ!」と小さな声を漏らしてその場に倒れた。


倒れた相沢の後ろには、片手にヘルメットを持った珍之助が立っていた。

目の前に居る胸が露になった美咲を無表情で見つめる珍之助・・・


「あーっ、ちんのすけー、美咲のおっぱい見たなー!」


慌てて両腕で胸を隠す美咲の前で立ちすくす珍之助。そして珍之助の鼻から赤いモノがタラ~っと流れて・・・




------ ホテルの部屋 凛子、山下新之助、優子 -------



「美咲ちゃんと相沢、遅いな・・・」


私達は部屋の明かりを消して、相沢と美咲ちゃんを待っていた。

だが二人がタクシーを降りてからもう10分近く経っているのに、まだここへ来る気配は無い。

ちょっと遅すぎる。何かあったのか?

またも不安が頭を過る。


と、その時、入り口のドアの向こうに人の気配が・・・

来た!

美咲ちゃんと相沢だ!

私はドアのロックを外し、勢いよくドアを開いた!

が・・・あれ?

ドアの向こうには、廊下の明かりに照らされた美咲ちゃんと珍之助が立っており、珍之助が片手で何かを引きずっている。

優子がすぐさま部屋の明かりをつけた。

珍之助が引きずっていたものは・・・あ、相沢だ!


「わわわ!一体何があったの?美咲ちゃん大丈夫?相沢に変な事されてない?珍之助、それ、どうしたの?って、アンタ何で鼻血出してるのよっ?」


私達は気絶している相沢の後ろ手と足首に結束バンドをはめて、いきなり目を醒ましても動けないようにしてからベッドの上に寝かせた。


それにしても押上に向かっていた相沢をどうやってここへ向かわせたんだろう?


「ねえ、珍之助、美咲ちゃん、タクシーは押上の方に向かってたよね?どうやってこっちへ来るように仕向けたの?」


「交通管制センターのサーバーをハッキングした」


鼻血でガビガビになった口元をぬぐいながら、いつものように無表情で答える珍之助。

いや、ハッキングって・・・そんな事が出来るの?アンタ一体何者なの?


「東京都東部の信号機が全部故障だって!ほら、ニュースのトップに出てるよ!」


優子がスマホのニュースアプリの画面を私に見せてくれた。

優子の言う通り、東京東部の信号機が制御不能になって、今現在も復旧の見込み無しと出ている。


これ、まさか珍之助がやったんか?

うわ・・・何てコトを・・・都民の皆さん、ご迷惑をお掛けして本当にすみません。

という事は、交通渋滞で押上に行けなくなって、こっちへ来たってワケね。

珍之助、アンタ、映画の中のスパイみてぇだな、トムクルーズも真っ青だよ。


でも、それくらいであの相沢が簡単に押上行きを諦めるのか?

優子の話だと、相沢は初めての女性は必ず病院の自分の部屋に連れて来るって言ってたし・・・


「美咲ちゃん、相沢って押上に行きたがってたでしょ?」


「うん、タクシーの中でもずっと押上押上って言ってたー」


「じゃあどうやってここへ来させたの?」


「おっぱい触らせたー!」


美咲ちゃんの言葉を聞いて頭を抱えてうなだれる山下新之助。

あーあ、今日は美咲ちゃんの体当たり演技に打ちのめされてばかりだね、山下さん。


「そ、そう・・・美咲ちゃん、思い切った事するのね・・・それでさ、珍之助は何で鼻血出してるの?相沢に殴られたの?」


私が聞いても珍之助は何食わぬ顔でよそ見をしてシレ~っと無視している。

さては、何か都合の悪い事でもあったな。ポーカーフェイスのクセになぜか分かりやすいヤツなんだよね、珍之助って。

いいよいいよ、美咲ちゃんに聞くから。


「美咲ちゃん、何で珍之助は鼻血出してるの?」


「あのねー、相沢がねー、美咲の服を脱がしてねー」


「えーっ!?美咲ちゃんの服を脱がしたァ~?どこで?」


「6階のねー、フィットネスジムでねー、いきなり美咲の服を引っ張ってねー、ブラも引っ張られたよー」


「本当っ?相沢の野郎、マジでド変態だな!って事は・・・美咲ちゃん、ハダカ見られたの?」


「うん、見られちゃったーあはは!でもね、すぐに珍之助が後ろから相沢をヘルメットで殴ってね、相沢が気絶したのー」


「ふーん・・・え?それじゃあ珍之助も美咲ちゃんのハダカ見ちゃったの?」


「うん、ちんのすけにも美咲のおっぱい見られちゃったー!キャハハ」


そうか・・・だから鼻血出して口の周りが血だらけなのね。

つーかさ、女性のハダカ見て鼻血出すヤツって、本当に居るんだ。漫画の中だけの話だと思ってたよ。

でもまあ、裸を見られちゃったとは言え、美咲ちゃんも無事に帰って来たし、相沢も連れて来られたし、何だかんだ言ってここまでは順調に来ているか・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る