第23話 チート美咲

さて、どうしよう。

今日は会社を休んじゃったし、時間はまだ午前10時。

今からアパートへ帰ってもやる事無いなあ。

かと言って、午後から出社するのもかったるいし・・・。


珍之助と美咲ちゃんはまたタブレットでアニメを観ている。

しかし昨日の美咲ちゃん、いきなりTシャツをめくりあげちゃってビックリしたよ。

身体はもうすっかり大人だけど、頭の中は小学校低学年かそれ以下だしな、珍之助も同じだけど。

それに美咲ちゃんのブラ、結構キツそうだったな。


あ、そうだ。


時間もある事だし、今日は美咲ちゃんの下着買いに行こう!

でも珍之助も連れて行くワケにはいかんな。

下着売り場でまたぶっ倒れたら困る。つーか、絶対ヤバイ。


「ねえ、美咲ちゃん、今からお姉さんとお買い物に行こうか?」


「おかいものー?りんことみさきとちんのすけでおかいものいくのー?」


「うん、でも珍之助はお留守番ね、私と美咲ちゃんの2人で行くんだよ」


「なんでー?ちんのすけはいかないのー?」


「珍之助が行くとまた鼻血出ちゃうかもしれないからね、今日は美咲ちゃんと私だけで行った方がいいんだよ」


「ふーん」


どことなく納得していない表情の美咲ちゃんだが、やっぱり鼻血ブーの珍之助を連れて行くワケにはいかない。


「珍之助、悪いけどさ、ここでひとりでお留守番しててね。あんたアニメ観てればいいでしょ?」


「僕はひとりでお留守番か?いいでしょう、可及的速やかに帰宅する事を切に望みます」


なに難しい言葉使ってんだよ。


二子玉川のショッピングセンターは月曜日の昼前だからか、人もまばらで閑散とした雰囲気。

タクシーを降りると美咲ちゃんが私の腕にしがみついてきた。

車の中では外の景色を興味津々で眺めていたようだが、外に出たとたんに不安げな表情になってしまった。


「美咲ちゃん、どうしたの?だいじょうぶ?」


「ここどこ?どこいくのー?」


「今から美咲ちゃんの下着を買いに行くんだよ。そのブラだと胸が苦しいでしょ?」


「したぎー?」


「うん、下着買いに行くの」


ショッピングセンターの中を歩いていると、ふいに美咲ちゃんが立ち止まった。

目の前にはアイスクリーム屋。

ケースの中にある色とりどりのアイスクリームにすっかり目を奪われたようだ。


「美咲ちゃん、アイスクリーム食べた事ある?」


「あいすくりーむ?あれ、あいすくりーむ?しらなーい」


「食べた事無いんだ・・・あれってね、冷たくって甘いんだよ、食べると口の中で溶けちゃうんだよ。食べてみる?」


「うん」


店内に入ると美咲ちゃんはアイスクリームのショーケースにべたっと両手をくっつけて、真剣な表情で中を覗き込んでいる。

美咲ちゃん、珍之助がエロフィギュアを見ていた時と同じ目をしてるよ・・・


「美咲ちゃん、どれにする?」


「うーん、うーん、うーん・・・あれ!」


悩みに悩んで美咲ちゃんが選んだのは、


『大納言あずき』


し、渋いな・・・

美咲ちゃんくらいの見た目の女の子だったら『コットンキャンディ パステル』とか『ストロベリー ピンク マカロン』とか、「キャ~!カワイイ!」って感じのを選ぶんじゃないの?

大納言って・・・

婆ちゃんかよ。


店員さんからアイスクリームを受け取ると、恐る恐るペロッと舐める美咲ちゃん。


「どう?美味しい?」


「つめたーい、あまーい!」


美咲ちゃんは満面の笑みでアイスクリームをペロペロ舐めている。

そうか、そんなに美味いか。


しっかしカワイイなあ。

超絶カワイイなあ。

マジ妖精。

お姉さんはキミを見ているだけで癒されるよ・・・

珍之助と交換してくれないかなあ?

珍之助と山下新之助、同じアニオタ同士できっと話も合うぞ!ダメか?



ショッピングセンターの中にあるランジェリーショップ。

美咲ちゃんを連れて中へ入ると、早速店員さんが声を掛けてきた。


「いらっしゃいませ、何かお探しですかー?」


「あ、はい、えっと、この子に合うブラを探してるんですけど・・・」


美咲ちゃんは私の腕を掴みながらちょっと不安げな表情で店内を見回している。


「そちらのお嬢さんのブラジャーですね、じゃあサイズを測りますのでこちらへどうぞ」


「りんこー、なになに?みさきはどうするのー?」


「美咲ちゃん、大丈夫だよ。このお姉さんが美咲ちゃんの胸のサイズを測ってくれるから・・・私も一緒に行ってあげる」


店員さんと美咲ちゃん、私の3人で試着室に入り、美咲ちゃんのサイズを測る。


「えーっと、アンダーが63.5cmでトップが85.5cmですから、E65ですねー」


マジかよ・・・

Eかよ。

何なんだ、この敗北感。

美咲ちゃん、Eカップ、いーかっぷかよ。

ちっ・・・


そう言えば、私もここ最近ブラ買い換えてなかったな。

一般的にブラの寿命は3ヶ月らしいけど、今日着けてるブラだって、いつ買ったのかさえ忘れてるよ・・・

この際だから私も買っておこうかな?


「あの・・・ついでに私も買おうかなって思ってるんですけど・・・」


「はい、かしこまりましたー!じゃあサイズ測りますね!」


「あっ、いえ、私は測らなくていいです!大丈夫です!」


「でも測った方がいいですよー、案外サイズが変わったり正しくないサイズのモノを着けている方も多いんで・・・さ、測ってみましょう!」


「え・・・・・は、はぁ・・・」


「は-い、失礼しまーす。えーっと、アンダーが69cmの・・・トップが80cmですから、A70ですねー!」


は?

A?

Bじゃないの?

Aかよ。

そんな筈は無い!

前回買ったお店で測った時はBだったのに!


「え、Aですか?」


「はい!A70ですねー!」


負けた・・・

美咲ちゃんにも負けた・・・

AとEかよ。

回覧板と百科事典くらいの差があるよね・・・


あまりの絶望感に落ち込んでしまい、自分のブラを買うのはやめにした。

取り合えず美咲ちゃん用にパステルカラーで可愛いデザインのイエロー、ピンク、ブルー、白の4色のブラとショーツを5枚ほど買ってあげた。

合計10,000円ちょい也。

ちょと懐が痛いが、山下新之助に媚びたい一心の私にとって、これくらいは想定内だ。

そう言えば珍之助の服は全部で8,900円とかだったな。

まあいいや、女の子はカネがかかるものなのだ。


帰り際、エスカレーターの傍にあるゲーセンから大きな歓声が聞こえた。

声の方を見て見ると、いかにもゴリマッチョな男性3人組がパンチングマシーンを試していて人だかりが出来ている。


「りんこー、あれなにー?」


「あれ?ああ、パンチングマシーンだよ、あの丸いトコを殴ってパンチ力を測るんだよ」


「・・・・」


私がそう言うと、美咲ちゃんはひとりで歓声のする方へズンズン歩いて行ってしまった。


「あ、美咲ちゃん。ちょっと待って・・・」


”バンッ! ピピピピピ・・・”


『おおーっ、すげぇ!353kg!!激斗さん、記録更新ですよ!』


「はははー!今日は調子いいからなっ!まあこれだったら誰も破れねぇかな!」


ひときわガタイの大きな男性が最高記録を出したようだ。

あれ?あの人どこかで見た事あるぞ。

ああ、そうだ、この人ってK-1かなんかの格闘家の人だ。


私は格闘技とかはさっぱり無関心なので良く知らんが、この人は最近メディアに良く出ているので見覚えがあったのだ。

確か岡島激斗とかって言う名前だっけか?

まあいいや、あたしゃコレ系には興味無いからなあ、さっさと帰ろう、美咲ちゃん、帰るよ。って、あれ美咲ちゃんは?


ふと人だかりの方を見ると、パンチングマシーンの筐体の前でグローブを持っている美咲ちゃん。

あわわわ、なにやってんだよ!やめてくれよ!

私は急いで美咲ちゃんの所に駆け寄った。


「みみみ美咲ちゃん、アンタ何すんのっ!」


「みさきもねー、やるー」


「アホか!また今度ね、今日はもう帰ろう!」


「いやー、みさきもやるー!いやー、うえ~ん、びぇ~~!」


参った・・・

駄々っ子かよ!

美咲ちゃんはグローブを抱きしめて離さない。


「お嬢ちゃん、コレやってみたいの?」


岡島激斗が優しく微笑みながら声を掛けてきた。

それを見ている観衆から笑い声が聞こえる。

ああ、恥ずかしい・・・


「お母さん、お嬢さんに一回やらせてあげましょうよ!僕が入れたお金であと1回できますから、バーンとやっちゃってください」


岡島激斗が今度は私に話しかけて来た。いや、お母さんって・・・


”あの子どうしたん?”

”すっげーカワイくね?”

”芸能人?モデルさんかな?”

”いくつくらいかなあ?話し方変だぞ、外人?”

”お母さんも若いねぇ”


観ている人達がコソコソ話しているのが聞こえる。

だから母ちゃんじゃないって!!

でも、もうこうなったら仕方がない。


「美咲ちゃん、このお兄さんが1回やらせてくれるって。1回だけだよ、1回やったら帰るよ」


「うん、みさきはいっかいやるよー」


メチャメチャ嬉しそうな満面の笑みの美咲ちゃん。

そして美咲ちゃんはグローブを右手にはめ、いきなり何の前触れもなくパンチングマシーンを殴った。


”バンッ! ピピピピピ・・・”


372Kg


”うおーっ!!”

”ウソウソウソー!”

”何、あの子!”

”マジかよ!岡島激斗を超えたぞ!”

”機械壊れてんじゃねえのか?”

”あの子ヤバくね!?”


ザワつく傍観者。

呆然としている岡島激斗とその取り巻き。

相変わらずニコニコ笑顔の美咲ちゃん。

焦る私。


「さ、美咲ちゃん、もう帰ろ!」


私が美咲ちゃんの腕を掴んで帰ろうとしたとき、岡島激斗が私の前に立ちはだかった。


「お母さんっ!もう一度、もう一度娘さんと勝負させてください!お願いです!」


いや、勝負とかじゃねぇし・・・つーか、母ちゃんじゃねぇよ!


「あ、あの、ちょっと急いでますんで、今日はこれくらいで・・・あ、一回やらせていただいてありがとうございました!さ、美咲ちゃん、行くよ!」


「お母さん、お願いです、もう一回だけ、もう一回だけでいいんです、娘さんのパンチ、あれって絶対に本物ですよ!機械の故障とかじゃありません、僕も格闘技やってるんで見れば分かります!みなさーん、この子のパンチ、もう一回見たくありませんかぁ~!」


”見たーい!”

”見たーい!”

”もう一回勝負してー”


岡島激斗が見ている人々を煽ると歓声が上がった。ヤバイ状況・・・

いつの間にか私達の周りは黒山の人だかり状態になっている。

まずい、これじゃ引くに引けない・・・


「お母さん、僕だって格闘家の端くれですから、こんなカワイイ女の子に負けっぱなしじゃマズイっすよ。じゃあこうしましょう!次の勝負でもし僕が負けたら、娘さんの事を師匠と呼ばせてください!そんで、もし僕が勝ったら、娘さんをハグさせてください!」


いや、別に師匠とか呼ばなくてもいいんだけど・・・

つーか、ハグくらいさせてやるから放っといてください。


「じゃあ僕から先に行きますね!」


さっよりも真剣な岡島激斗の目つき・・・

身長は190cmくらいだろうか?

一見ゴリマッチョに見えるが、身体が大きいからそう見えるのだろう。

均整の取れた引き締まった肉体だ・・・

でも・・・ちょっと怖いよ。


”バーンッ! ピピピピピ・・・”


395kg


”おおーっ!”

”すげぇ!やっぱ違うわー!”

”もうちょっとで400kgじゃん!”



「ここをこうして・・・左足をもっと前に出して、そうそう、それから腕だけじゃなくて身体全体でパンチするような感じで・・・」


いつの間にか岡島激斗が美咲ちゃんにパンチのレクチャーをしている。

ヤメロヤメロ!余計な事しなくていいから!

もう帰ろうよ・・・


「じゃあみさきやるねー」


”バ~ンッ! ピピピピピ・・・”


455kg



”うお~~!!”

”スゲ~!”

”何?あの子!マジ?”

”岡島激斗負けじゃん!”

”あんなにカワイイ子が何で?”


「あああ、ありがとうございましたっ!美咲ちゃん、帰るよっ!」


私は美咲ちゃんの腕を引っ張り、見ている人達の間をかき分けてエスカレーターへ急いだ。


「ちょちょ、ちょっと待ってくださ~い!師匠~!」


後ろから岡島激斗の声が聞こえたが、私は無視して美咲ちゃんを引っ張りながらエスカレーターを速足で掛け下りた。


なんてこった・・・

なるべく目立ちたくないと思ってたのに。

それにしても美咲ちゃん、ヤベェな。


そう言えば私が拉致されそうになった時、あの偽警官、美咲ちゃんに何発も殴られてたな。

死んじゃったかも・・・

でも美咲ちゃんがこのパワーだったら、珍之助なんかもっとすごいんじゃないか?

コワ~っ、怒らせないようにしよう。


帰り際、またアイスクリーム屋の前で立ち止まる美咲ちゃん。


「美咲ちゃん、どしたの?またアイスクリーム食べたいの?」


「うん、たべたい」


「一人で買える?」


「うん」


美咲ちゃんに千円札を渡すと、彼女はいそいそとアイスクリーム屋に入って行った。

アイスクリーム、よっぽど気に入ったのね。


美咲ちゃんがアイスクリームをペロペロ舐めながら満面の笑みで店から出てきた。

本当に嬉しそうだなあ。

ふと見ると美咲ちゃんは左手に箱を持っている。


「美咲ちゃん、その箱、何買ったの?」


「ちんのすけにねー、あげるのー」


ああそうか、そう言えば珍之助の事、忘れてたよ。

美咲ちゃん、アンタ優しい子だねぇ。

お姉さんはちょっと感動しちゃったよ。


「おへやでねー、りんことみさきとちんのすけであいすくりーむたべるのー、キャハハ」


ほんっとに、可愛いなあ。

さっきはお母さんに間違えられたけど、もし私に妹が居たらこんな感じなんだろうか?

こんなに可愛くて優しくてEカップで、いつもニコニコ微笑んでるのにパンチ力は450kg。

美咲ちゃん、あんた色々チート過ぎだよ。

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