第22話 お泊り
その日は山下新之助の部屋に泊って行く事になった。
今から帰るにしても、山下新之助の車は窓が粉々に割れてしまっているし、それならタクシーで帰ろうかと思ったんだけど・・・
いくら珍之助が一緒だとは言っても交通量や人気の少ない夜間は心配だから、今日はここに泊って行ってください!と山下新之助が言って聞かない。
私もあんな事があったのでビビッてしまい、夜に外へ出るのがちょっと怖くなっていた。
「すみません、それじゃお言葉に甘えて今晩一晩だけお世話になります」
「そうしてください!あー、良かったぁ~、珍之助君が居るから安心かもしれないけど、やっぱり明日明るくなってから帰った方が絶対にいいですよ!」
私と珍之助がまだ帰らないと言うと、美咲ちゃんは大喜び。
早速珍之助と美咲ちゃんはソファーに並んで座り、何やら一緒にタブレットでアニメを観ている。
お願いだから、セーラー服の女の子が出て来るヤツは観ないでね。
「坂口さん、今日はもう帰らなくていいんだし、良かったらちょっと一杯やりませんか?」
山下新之助がグラスとワインのボトルを持って来てソファー前のテーブルに置いた。
わわわ・・・お酒・・・
そう言えば山下新之助と飲むのは初めてだよな。
さっきあんな事があって凹んでたけど、山下新之助の部屋に一泊できて、しかもサシで飲めるなんて・・・
怪我の功名ってヤツか?
「すいません、僕、ワインとかよく分かんなくて・・・このワインはマネージャーが持って来たモノなんで、そんなに高いワインじゃないと思いますけど」
山下新之助はそう言いながらちょっと遠慮がちに私のグラスにワインを注いでくれた。
いいよいいよ!
全然構わん!
安物のワインだろうが何だろうがアナタとお酒を飲めるんだったら、何ならみりんとかでもいいぞ!
「あの、坂口さんって、彼氏さんとか居ないんですか?」
「え!?か、彼氏ですか?」
「あっ!いきなりすいません!・・・いや、もし彼氏さんとか居るんだったらお誘いしちゃって悪いなって思いまして」
「あはは、彼氏なんて居ませんよ~!私なんかガサツで気が強いから全然もてないし・・・やっぱり男の人って女の子っぽくってフワッとした優しそうなカワイイ感じが好きですよね」
と、言いながら、私は優子の事を思い出した。
女の子っぽくってフワッとしていて優しそうなカワイイ感じって、優子そのまんまだ。
確かに優子は社内の男性からも社外の男性からも人気がある。
結構な頻度で誘われたり告白されたりしているみたいだけど、なぜか本人は誰とも付き合う素振りを見せなかった。
だから相沢さんと付き合ってるって聞いた時にはちょっと意外だったのだ。
それに比べ、私に言い寄って来る連中はクライアントの脂ぎったオヤジとか、下心丸出しの同僚佐々木とか・・・
性格がサバサバしてるから、何かあっても後腐れなさそうとか思われてるんだろうか?
「まあ、確かに女の子っぽくて可愛い人も好きですけど、でも僕は陰キャだし・・・人付き合いとかもあんまり得意じゃないんで、だから上から𠮟り飛ばしてくれるような、勝気な女性の方がいいなあ」
「そうなんですか・・・でも芸能界って、女優さんとかみんなキレイじゃないですか?いま山下さんが出てるドラマで相手役の、えっと何て名前だっけ・・・あ、川本優さんとか、メッチャ美人じゃないですか?性格はともあれ、あんな女優さんと付き合えたら、女の私でもドキドキしちゃいますよ!」
「え?ああー、女優さんですかぁ!あはは、芸能人の女性なんかもう全然興味無いです。だってみんな世間知らずだし、金銭感覚とかズレちゃってる人が多いし、そりゃ確かに美人ですけど・・・でも付き合ったらきっと大変ですよー!」
「ふーん、一般人の私からしたら、芸能人の本当の性格とか分からないし・・・やっぱり色々あるんですか?」
「そうですね・・・、あの、ここだけの話ですけど、星野美月って女優さん知ってます?」
星野美月??
ああ、思い出した。
少年誌のオーディションで優勝して芸能界入りした女の子だ。
歌も上手くて、歌手としてもそこそこ人気のある女優さんで、芸能界入りしたのが確か中学生くらいだったから、もう10年以上芸能界にいるハズだ。
「実は僕、その星野美月と、ちょっと前まで付き合ってたんですよ」
「ええっ!?マジですか!」
「はい・・・でも、やっぱり芸能人の女の人って僕は馴染めなくて・・・金遣いも荒いし、わがままだし、それから事務所同士の事もあったりして・・・だから彼女とかは芸能界の人間じゃない人がいいです」
ふーん、芸能人は芸能人で色々大変だなあ。
ま、アタシには一生関係ないけどねー。
「でも、坂口さんって、僕はてっきり彼氏さんが居るもんだと思ってましたよ・・・坂口さんて明るくてハキハキしてるし、仕事出来るし。ウチの事務所でも評判なんですよ、柿本エージェンシーの新しい担当さんってすごくイイって」
「あ、あはは~、いやぁ、そんなことないですよ、私なんて・・・ちょっと外面がいいだけで、中身はもう、自分でも呆れるほどグダグダのダメ女ですから、あははは」
「そうかなぁ?そんなふうには見えないけどなあ・・・」
何か褒められてる?ワタシ。
まぁ、本当の私を見たら、山下新之助も呆れてちゃぶ台のひとつやふたつひっくり返すだろう。
ワインを飲むにつれ、私も山下新之助もだんだん饒舌になっていろんな話をした。
そして山下新之助は子供の頃からの身の上話をしてくれた。
私と同じように、小さい時に両親が離婚した事。内気な性格で小学校から高校までずっといじめられっ子で、唯一の心の支えがアニメだった事。
そしてアニメオタクだったからその事で余計にいじめられていた事など。
「僕はずっといじめられっ子だったから友達もほとんど居なくて、アニメを観るのが唯一の楽しみだったんですよ、だから大人になったらアニメ関係の仕事に就きたいと思ってました。でも新宿で今の事務所の社長にスカウトされて、芸能界に入って、大した努力もせずに仕事も貰えるようになって来ちゃって、僕よりもっと努力してる人がいっぱい居るのに、こんな僕が仕事させてもらっちゃっていいのかなあって・・・不思議ですよね。でもですね、今度アニメの声優の仕事が来たんです!もうスゲー嬉しくって!実は本当の事言うと、自分は芸能界の仕事ってあんまり好きじゃなかったんです。周りの人、みんな陽キャだし・・・今でも撮影現場で自分だけ浮いてるなあって思うんですよね、何かこう、馴染めなくて・・・でもアニメ声優のハナシが来たんで、まあこの仕事もちょっといいかなって、最近思ってます」
山下さん、アンタ、本当にピュアで謙虚な性格の人なのね。
こんなに売れっ子で人気があるのに。
いや、こんな性格だから人気があるんだろうな。
私はアニメの事はあんまり詳しくないけど、ゲームの話題だったら結構詳しい。
山下新之助もアニメ関連のゲームに関してはよく知っているみたいで、私達はゲームの話でひとしきり盛り上がった。
隣のソファーでは、膝の上に置いたタブレットを珍之助と美咲ちゃんが食い入るように観ている。
「ねえ、珍之助、美咲ちゃんと何観てるの?」
「・・・・・」
おい、返事くらいしろよ!
ガン無視か!?
そんなに面白いのか?
いいよ、美咲ちゃんに聞くから。
「ねえ、美咲ちゃん、珍之助と何観てるの?」
「まほうしょうじょメルティーキッス」
何だそれ?
どんなアニメだ?
どれどれ、ちょっとお姉さんにも見せてみ。
珍之助の膝の上のタブレットの画面をのぞき込むと・・・あれ?どこかで見た事のあるキャラ。
ああっ、これってメルティーじゃん!
アプリの画面のメルティーにそっくりじゃん!
パクりやがったな!
ヤツら、しれっとパクってやがる・・・
「山下さん、このアニメのキャラって、製造キットのアプリに出て来るメルティーですよね?」
「ああ、そうですね、坂口さん、気が付かなかったんですか?」
「ええ、全然知らなかったですよ!メルティーか・・・あ、そう言えば、あの、山下さん、美咲ちゃんを造る時にアクティベーションってやりました?」
「アクティベーション?ああ!やりましたよ!素っ裸になってやらされるヤツですよね、メッチャ恥ずかしかった」
「そ、そうですけど・・・あの、メルティーと、やったんですか?アクティベーション」
「いや、それがですね、何だかすごい太ったオバチャンが出て来て・・・そのオバチャンとやりました。控えめに言って地獄でしたよ・・・坂口さんはメルティーさんとやったんですか?アクティベーション」
「はい、私はメルティーとやりましたよ」
「いいなあ・・・あの子可愛くてスタイルいいし(おっぱいも大きいし)」
「え?今、最後の方、何て言ったんですか?」
「あ、え?お、おっぱいなんて言ってません!」
「おっぱい?」
「え?」
「え?」
私はワインを飲んで結構酔っ払ってきていた。
気が付けば2本目のワインが空になろうとしている。
酔ったついでだ、もう何でも聞いちゃえ!
「あの、山下さんって、その・・・やっぱり胸の大きい子とかが、好み・・・ですよねー?」
「え?胸の大きい子・・・ですか?えー、あー、まぁ、おっきいのも、好きかなあ・・・なんて、ハハハ」
「そ、そうですよね、男の人って胸の大きい女性の方が好きですよねー、美咲ちゃんも結構胸あるし・・・」
何イジケてんだ、ワタシ。
でもさっき髪を切った時に美咲ちゃんの裸をちらっと見たけど、私よりも全然立派だったよ・・・
美咲ちゃんのおっぱい、Dくらいはあるんとちゃうか?
「い、いえ、僕はそんな、女性を胸で判断したりしません!胸の無い女の人だって、何て言うか・・・そう!動きやすそうだなって!身軽そうでいいなって思いますよ!」
山下さん、気を使わせて申し訳ない。
でも・・・全然フォローになってないよ・・・
「みさきはねー、胸おっきくなったよー」
私と山下新之助の話を聞いていたらしく、いきなり美咲ちゃんが立ち上がった。
「ほらー、まいにちおっきくなってるよー!ほらほらー!」
そして着ていたTシャツの裾をガバッとたくし上げてブラを丸出しに。
「わわわわっ!み、美咲!やめなさい!」
「美咲ちゃん!何してんの!早く胸しまって!」
私は慌てて美咲ちゃんのTシャツの裾を下ろしたが、その向こうにはそれをガン見する珍之助の顔。
そして珍之助の鼻から赤い筋がタラ~っと・・・
バタンッ!!
珍之助は鼻血を出しながら白目を剥いて仰向けに床に倒れてしまった。
「うわっ!ち、珍之助っ!大丈夫!?」
生まれて初めて目の前で見るリアルな女性の胸。
しかも私の残念おっぱいじゃなくて、結構立派な美咲ちゃんの胸。
こりゃ刺激が強すぎたか?
「珍之助君、大丈夫ですか?」
「あ~、ちょっと刺激が強かったみたいですね・・・でもまぁ、大丈夫でしょう!すいません、みっともないモノをお見せしちゃって・・・」
私と山下新之助で珍之助を持ち上げてソファーの上に寝かせ、美咲ちゃんに鼻血で汚れた珍之助の顔を拭いてもらった。
ったく、珍之助のやつ・・・
結構いい雰囲気で山下新之助と話してたのに・・・ぶち壊しじゃん。
珍之助はそのままソファーで寝かせておくことにし、私は美咲ちゃんの部屋に泊まらせてもらう事になった。
「ねえ、美咲ちゃん、さっき私達が警察の恰好した人に襲われた時さ、美咲ちゃん助けてくれたでしょ?バーンってキックして。あれってどこで覚えたの?」
「かみさまがきてねー、おしえてくれるのー」
あのハゲ、美咲ちゃんのトコにも来て教えてたんだ。
そりゃ美咲ちゃん、強いワケだ・・・
「美咲ちゃん、山下さんの事、好き?」
「うん、みさきはねー、しんちゃんだいすきだよー、でもねー、しんちゃんはおしごといっぱいだからおへやにいないでしょー、みさきはひとりでしょー、だからさみしいでしょー」
「そうだね、この広い部屋で独りぼっちじゃ寂しいよね」
「でもねー、りんことちんのすけはみさきのおともだちでしょー、おともだちがいるとみさきはうれしいよー、さみしいじゃないよー」
「あはは、そうか。美咲ちゃん、珍之助の事は好き?」
「うん!みさきはちんのすけだいすきー、いっぱいすきだよー、ちんのすけはねー、みさきのてをぎゅってしてくれるんだよー、だからすきー」
珍之助の野郎、私が見てない所で姑息なテクニック使いやがって。
一体どこで覚えた?
「ちんのすけはねー、おっぱいばーんがすきなんだよー、だからねー、みさきもねー、かみさまにおねがいしておっぱいばーんになるよー、キャハハ」
あの野郎、こんないたいけな子にそんな事言ってやがったのか!
今日は2人で楽しそうに料理してると思ってたけど、結構色んな事話してたんだな。
珍之助のヤツ、私と居る時はいつもボケ~ッとしてるクセに。
でもやっぱりアイツも男か・・・
どいつもコイツもそんなに巨乳がええのか!ったく!
「美咲ちゃん、別に美咲ちゃんはおっぱいバーンにならなくてもいいと思うよ。今だってもう十分おっきいし・・・」
「なんでりんこはおっぱいばーんじゃないのー?」
「え?」
み、美咲ちゃん、その質問は・・・お姉さんにはちょっと過酷だよ。
「ちんのすけはねー、おっぱいばーんがすきでしょー、でもねー、ちんのすけはりんこがだいすきなんだってー、りんこはおっぱいばーんじゃないのに、だいすきなんだってー、へんなのー」
「え・・・、珍之助がそんな事言ってたんだ・・・そだねー、私はおっぱいバーンじゃないもんね。何でだろうね?変だねー、ハハハ」
「うん、へんだねー、りんこはおっぱいばーんじゃないのに、おっぱいばーんじゃないのに、へんだねー、りんこはおっぱいばーんじゃないよねー」
美咲ちゃん、そんなに何回も言わなくていいのよ。
お姉さん、かなり凹むよ・・・
翌朝、起きた時には山下新之助はもう出かけた後だった。
リビングのテーブルの上に書置きがあった。
--------------------------------
坂口様
昨日はあんな事があって驚きましたね。
足の傷は大丈夫でしょうか?
僕は早朝からドラマの撮影があるのでお先に出かけます。挨拶も無しでゴメンナサイ。
帰りはくれぐれも気を付けてください。
それからキーホルダーを忘れないでくださいね。
昨晩は色んな話ができてとても楽しかったです。
また飲みましょう!
僕の携帯番号を記しておきますので、何かあったらいつでも連絡ください。
次は4人で遊びに行きましょう!
スケジュールを調整しますので、ちょっと待っててくださいね。
それでは、次の撮影の日にお会いできる事を楽しみにしています。
珍之助君にもよろしくお伝えください。
山下新之助
--------------------------------
やった・・・
私はやった・・・
山下新之助の携帯番号を、
ゲットしたど~~~!うははは!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます