第20話 お食事会

日曜日の昼11時45分。

私と珍之助は四谷消防署の前で山下新之助の車を待っていた。


ドキドキする。

あの憧れの山下新之助の部屋に、またまた招待されたのだ。

彼の部屋に行くのは2回目とは言え、やっぱり緊張する。


珍之助にはざっくりと事情を話しておいた。

山下新之助は有名人で、珍之助と同じように神様から送られて来た製造キットで造られた美咲ちゃんと言う女の子が居る事、そしてこの事は神様やメルティーには秘密にしている事。


「珍之助、くれぐれも変な事言いださないでよ。特にエロフィギュアの話なんか絶対にしちゃダメだからね」


「おっぱいバーン!はダメか?」


「ダメ、ぜってーダメ!」


私達が立っている歩道の前に黒い軽自動車が停まった。

山下新之助の車だ。

私と珍之助は急いで軽自動車の後部ドアを開け、中に乗り込んだ。


「山下さん、お久しぶりです、失礼しまーす」


「また急にお誘いしちゃってすみません、坂口さん、今日は本当にお時間空いてたんですか?ひょっとして無理に空けてもらったりしてません?」


「大丈夫です、本当にヒマでしたから!こちらこそまた迎えに来てもらっちゃってスミマセン」


「いえいえ、僕が誘ったんで・・・そちらが珍之助君ですよね?すっごいイケメンじゃないですか!マジで驚きましたよ!」


「あ、あははは・・・外見はまあまあなんですけど、中身がまだちょっとアレでして・・・あの、美咲ちゃんは元気ですか?」


「はい、美咲もあれからどんどん成長しまして、最近は生意気な口も利くようになってきまして・・・ちょっと手を焼いてます」


日曜日の都内は交通量も少なく、私達の乗った車はほどなくして山下新之助のマンションに到着した。

地下の駐車場に車を停め、エレベーターで5階の山下の部屋へ向かう。

しかし本当にオシャレなマンションだ。

荻窪の私のボロアパートとは雲泥の差だな。


「美咲ー、帰ったよー」


山下新之助がドアを開けると美咲ちゃんがリビングから走って来た。


「はーいー」


ビックリした。

美咲ちゃん、超絶カワイイ。

アイドルなんてモンじゃない。

女のアタシでも惚れてしまいそうな美少女。

むしろ美少女過ぎて引く。

お人形さんか?

まあそりゃそうか、ウチの珍之助だってイケメンだしな。

前に会った時より身長も伸びて、外見は女子高生くらいに見える?

いや、女子大生って言われればそう見えなくも無いか?


でも美咲ちゃん、髪型がちょっと変だ。

セミロングなのだが、何かこう、バランスが悪い。


横に居る珍之助を見ると、呆けた顔をしてボーッと突っ立っている。

美咲ちゃんに会ったらちゃんと挨拶してねって、昨日教えたのに。


「珍之助、美咲ちゃんに挨拶して!」


「あいさつ?」


「昨日教えたでしょ?自分の名前言って!」


「僕は珍之助」


「と申しますでしょ!」


「ともうします」


「よろしくお願いしますは?」


「よろしくおねがいしま」


「す!」


「す」


ハァ・・・まるで幼稚園児だよ。


バカ丸出しの珍之助はニコリともせずに相変わらず無表情で突っ立っている。

どうした珍之助?

普段はもう少しリラックスした感じなのに。ひょっとして緊張してるの?

それに引き換え美咲ちゃんはニコニコしていて何だか嬉しそう。

女の子って愛嬌があっていいなあ。


「山下さん、美咲ちゃん今日は何となく嬉しそうですね?」


「ええ。珍之助君が来るよ、お友達ができるよって話したらメッチャ喜びまして・・・普段はずっと部屋で一人きりじゃないですか?寂しいみたいなんですよね」


「それって、自我とやらをインストールした後からじゃありません?」


「そうそう!美咲に自我インストールしたら急に甘えん坊になっちゃいまして、僕が帰って来るとずっと後を付いて来るんですよ、まるで猫みたいですよ」


「ああ、ウチの珍之助も急に私の前で着替えとかしなくなりましたよ。私はその方がいいんですけど、ハハハ」


広いリビングのソファーに座ると美咲ちゃんがアイスコーヒーを出してくれた。

こんな事まで出来るのね。

珍之助なんて誰か来てもたぶんボーっと呆けてるだけなんだろうなあ。

それにしても美咲ちゃんの髪型が気になる。


「あの、美咲ちゃんって、どこで髪切ってるんですか?美容院とか行ってるんですか?」


「いやあ、それが・・・僕が美咲を美容院に連れて行ったら色々面倒な事になりそうで・・・仕方ないので僕が切ったんですけど、やっぱり変ですか?」


「あ、ああ、そうですよね、山下さんがこんな若い子を連れて行ったら噂になっちゃいますもんね。でも・・・髪型、ちょっと変かな?」


「ですよねー!僕も変だと思ってるんですけど、どうしようもなくて・・・あはは・・・」


「あの、良かったら私が美咲ちゃんの髪、切りましょうか?」


実は私は子供の頃から兄弟の髪を切っていた。

父は「男なんて髪型にこだわる必要なし!」という考えの人だったので、私以外の男兄弟は床屋に行かせてもらえず、仕方ないので私が髪を切ってあげていたのだ。

それが「坂口さんちの凛子ちゃんは100円で散髪してくれる」と評判になって、近所の子供や、終いにはお爺ちゃんやお婆ちゃんまで私の所に散髪に来るようになり、それは私が高校を卒業するまで続いた。

本当は理髪師の免許とかが要るはずだが、田舎の事なのでそこらへんは周りの大人達も大目に見てくれていた。

だから他人の髪を切るのは、まあまあ得意なのだ。


「えっ?坂口さん、美容師とかやってたんですか?」


「い、いえ、そうじゃないんですけど、小さい頃から兄弟の散髪してたんで、ちょっと慣れてるんです」


「ぜひぜひ、お願いします!良かったなぁ、美咲!」



美咲ちゃんにバスタオル一枚になってもらい、浴室で髪を切る。

山下新之助が切った美咲ちゃんの髪は、所々段差が出来てしまっていて左右のバランスもメチャクチャだ。

よし、思い切ってバッサリ行こう!


肩の下あたりまであった髪を肩に着くか着かないかくらいに切り、妙な段差の付いた横と前髪を整えて・・・

よし、まあこれで前よりは良くなっただろう。


「美咲ちゃん、どう?これでいい?」


「いいよー」


「髪が伸びたらまた切ってあげるね」


「うん!美咲はいっぱい伸ばすねー!」


「あはは、別に頑張って伸ばさなくてもいいよ」


「美咲の髪が伸びたら凛子と珍之助は来るでしょー?いっぱい伸びたらいっぱい来るでしょー?いっぱい来ると美咲は嬉しいよー」


クゥ~、カワイイなあ!

強烈にカワイイぞ!

出来る事なら珍之助と交換したい。




「おおー!美咲、すっきりしたなあ!上手い人に切ってもらうと全然違うなあ!」


髪を切った美咲ちゃんを見て、山下新之助が驚いている。

他人の髪の毛を切るのは久しぶりなのでちょっと不安だったが、上手くカット出来て良かった・・・


「坂口さん、美咲が最近料理覚えたんで何か作らせようと思うんですけど、食べてもらえます?」


「はい!美咲ちゃんのお料理ですか?食べてみたいですね!あ、料理だったらウチの珍之助も出来るんですよ、てゆーか、毎日料理させてるんで・・・よかったら珍之助にも手伝わせましょうか?」


「えっ!そうなんですか?毎日作ってるんですか?そりゃ凄いな!じゃあ珍之助君と美咲とで料理してもらいましょうか?」


「いいですね!そうしましょう!おい、珍之助、アンタ美咲ちゃんのお手伝いしなさい。お料理得意でしょ?」


珍之助は無言でソファーから立ち上がると、キッチンに向かった。

ったく、愛想の無いヤツだ。


キッチンでは美咲ちゃんと珍之助が何やら料理を作り始めたみたいだ。

始めは2人とも無言だったが、しばらくすると美咲ちゃんの笑い声が聞こえてきた。

オシャレなキッチンで料理をする美少女とイケメン。

まるでテレビの料理番組を見ているようだ。

イケメンの服が作業着というのがアレだが。


珍之助と美咲ちゃんがキッチンに居るので、ソファーには私と山下新之助だけが座っている。


メッチャ緊張する・・・

何か話さなくては・・・

何を話せばいい?

ああっ、間が持たないっ!どうしよう!

気まずいっ!


「あ、あの、山下さん、あけぼの飲料の次の広告の撮影、来週ですよね・・・よろしくお願いします」


あ~っ、何言ってんだよ自分!

こんな時に仕事の話なんて全然場違いだろうが。

しかも『よろしくお願いします』とか、この後の話が広がらねぇじゃんかよ!


「あ、そうですね、来週撮影でしたよね、坂口さんも撮影に立ち会ってくれますよね?」


「ハイもちろん!私、担当営業ですから」


「ですよね!良かった~!」


「ハハハハ」


「ハハハハ・・・」


うわ~、マジで間が持たねぇ・・・

キッチンでは美咲ちゃんと珍之助が料理をしている。

もうすっかり打ち解けたみたいで、美咲ちゃんの笑い声が楽しそうだ。

それに引き換え、こっちは微妙な雰囲気で・・・


「あの、坂口さん、珍之助君が坂口さんのトコに来た理由って聞いてますか?」


「え?珍之助が私のトコに来た理由?・・・あ、えーと、何か将来戦争が起こるとか何とかで・・・」


「やっぱり!実は美咲がウチへ来て一週間目くらいだったかな?美咲を返そうと思ったんですよ。だってどう考えたって変じゃないですか?こんな得体の知れないモノいきなり送り付けて来て。その時にですね、あの口の悪い金髪の女の子が言ったんですよ、『将来この世界で大戦争が起こるけど、それを阻止するために美咲を僕の所へ寄越した』って」


「あ、私も同じような内容の話を聞かされましたよ!世界中で戦争が起こるんだけど、それを阻止する事が出来るのが珍之助だって」


正確には珍之助と私の間に生まれる子供がその戦争を阻止する人物になるってコトだが・・・

まあ詳細は置いといて、おおまかな内容は似たり寄ったりだ。

でも美咲ちゃんもその話に絡んでくるの?


「でですね、僕はそれを聞いて思ったんですよ、そんな人類の危機を救う役目を美咲が託されているのであれば、こりゃ僕も責任重大だな!と。それだったら美咲をしっかりと育てて何としてもその人類の危機を乗り越える手伝いをしなくては!って思うんですよ!(キリッ)」


え?

山下さん、アンタちょっと天然入ってる?

何だその正義感にあふれた少年のような瞳の輝きは。

まるで部隊に配属されたばかりの新人自衛隊員みたいだぞ。知らんけど。


「あ、あの、山下さん、具体的に美咲ちゃんって、その・・・人類の危機を回避する上でどんな役割を担ってるかとか、聞きました?」


「ええ、その危機を回避させることが出来るリーダーみたいな人物が出てくるらしくて、その人物を守るために美咲が重要な役割を果たすって聞きました」


ここまでの話はあのハゲが言ってた話と辻褄が合う。

ってことは、美咲ちゃんが将来のリーダーを、すなわち私の子供を守ってくれるのか?

それってボディーガードみたいなモンか?


「ですからですね、僕は人類の未来を救うために美咲をしっかり育て上げようって決めたんです!だってですよ、考えてみてください、人類の運命が美咲や珍之助君に掛かってるんですよ!そんな大役に選ばれたんですよ、僕たちは!(キリッ)」


山下さん、アンタ今まで怪しい勧誘とか、変な宗教とかに引っかかった事無いですか?

魑魅魍魎が跋扈する芸能界に居て、そんなピュアな性格で大丈夫ですか?


「あ、あははは、そ、そうですねー。大役と言えば大役ですよねー、ハハハハ・・・」


「ですよね!坂口さん!これから僕たち4人は運命共同体みたいなもんです。人類の未来の為に頑張らなきゃいけないんですっ!おっしゃ~!燃えてきた~!」


こ、この人大丈夫か?


「坂口さんっ!坂口さんはアニメとか見ますかっ?」


「へ?あ、アニメですか?」


「はい!僕、アニメ大好きなんですよ!今僕たちが置かれてる状況って、アニメの話に出てきそうな感じじゃないですか!ワクワクしません?僕達って選ばれたんですよ!クゥ~、生きてて良かったあ!」


山下新之助がアニオタだったなんて・・・

好感度ナンバーワン若手俳優の山下新之助がアニオタだったなんて・・・

あ、そう言えば雑誌のインタビュー記事で『休日はよくアニメを観ている』って書いてあった気がする。


ドンッ!


いきなり珍之助が無言でテーブルの上に料理を盛った皿を置く。

美咲ちゃんは『ちんのすけーちんのすけー』と珍之助を呼びながら、楽しそうに料理の盛られた皿を珍之助に渡している。

そして彼女はすっかり珍之助を気に入ったみたいで、珍之助の事が気になって仕方ないようだ。

だが、珍之助はムスッとした表情で黙々と料理を運んでいる。

美咲ちゃんはそんな不愛想な珍之助を意に介さない様子で、『ちんのすけー』と言いながらキッチンの中をちょこちょこ動き回っている。


みるみるうちにテーブルの上は料理で一杯になった。

見た目はまあまあ美味そうな感じだが・・・


「いっただきまーす!」


初めてのこのメンバーでの食事。

よく考えるとかなり妙だ。

人気俳優と一般人の自堕落OL、そしてアンドロイドともロボットとも言えるような言えないようなイケメンと美少女が囲む食卓。


何なんだよ、この状況・・・


ふと美咲ちゃんを見ると、服が汚れている。料理をした時に汚してしまったのだろう。


「美咲、服が汚いよ。違う服に着替えてきなさい」


「はーいー」


山下新之助に言われて美咲ちゃんは奥の部屋へ着替えに行った。

そう言えば、美咲ちゃんって服とかどうしてるんだろう?

山下新之助は忙しいだろうから、美咲ちゃんの服を買いに行ってる暇なんか無いだろうし、こんな有名男性芸能人が一人で女の子の服を買いに行ったら絶対噂になる。


「山下さん、美咲ちゃんの着る物ってどうされてるんですか?」


「ああ、美咲の服とかですよね?僕が買いに行くのはちょっと目立っちゃうし、だから美咲に自分でネットで注文させてます。タマに変なもの注文しちゃうんですが・・・まあ大した金額でもないんで」


そうか、ウチもネットで注文すればよかったよ。

でも珍之助に自分でネットショッピングとかさせて妙な物を注文されても困るしなあ。

絶対にエロフィギュアとか買いやがるぞ。この変態アニオタ野郎。


「それから、えっと、坂口さんにちょっとお願いがあるんですが・・・」


「はい、何ですか?」


「あの・・・美咲の下着なんですけど・・・僕は女性の下着の事なんて全然分からなくて、何て言うか・・・あの、ブ、ブラジャー・・・ってあの、サイズとか、どうしたらいいのかなって」


あー、そりゃそうだよね、男の人ってそんな事絶対に分からないよね。

さっき美咲ちゃんの髪を切った時にちょこっと見たけど、美咲ちゃんはすっかり女性の身体になっているし、ちゃんとした下着を着けてあげた方がいいよね。


「そうですね、男の人じゃ分からないですもんね。それに山下さんが買いに行くわけにもいかないだろうし・・・大丈夫、任せてください!今度私が美咲ちゃん連れて下着を買いに行きますよ」


「ああ~、良かったぁ~、そうしてくれると、本当に助かります」


やったあ!これでまた山下新之助と会う理由が出来たぞ!


しばらくして美咲ちゃんが着替えて戻って来た。


あ・・・


美咲ちゃんが着ていたのは


セーラー服・・・


「あ、美咲っ!何でセーラー服なんて着て来るの?他の服もあったでしょ?ったく・・・すいません、僕が見ていたアニメのキャラクターがセーラー服を来ていて、それを見て気に入ったみたいで勝手にネットで注文しちゃったんですよ、ハハハ・・・」


恥ずかしそうに言い訳する山下新之助。

相変わらず嬉しそうにニコニコしている美咲ちゃん。

そして・・・

ソーセージを半分口にくわえたまま、セーラー服姿の美咲ちゃんをガン見する珍之助。


ヤ、ヤバイ・・・

コイツ、セーラー服に異常な関心を持っているんだった。

初めて実物を目にしてテンパっているのか?


そんな事はお構いなしにニコニコしながら珍之助の横に座る美咲ちゃん。


「ちんのすけはねー、セーラー服がねー、すきなんだよー、ちんのすけー、みてー、セーラー服ー」


君達、料理しながらそんなこと話してたのか?

つーか珍之助、お前初対面の女の子に『僕はセーラー服が好き』とか言ったんか?

そんな事、普通の女子に言ったら間違いなく変態認定確定だぞ。

私が言うのもナンだが、珍之助よ、お前キモいな。

イケメンなのにマジキモいな。


相変わらずソーセージを半分口にくわえたままで隣に座っている美咲ちゃんをガン見する珍之助。

そんな珍之助に「みてー、みてー」と言いながら満面の笑顔で自慢げにセーラー服姿を見せる美咲ちゃん。

バカップルか!?


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