魂だけの存在を信じますか

玄米

第1話 魂だけの存在を信じますか

なぜ、死に憧れるのだろう。


単純な疑問だった。死んで楽になれる根拠なんてどこにもないのに。死んで全てから解放されたいと思っている。僕だけではなく、みんなも1度はそう考えたことがあるのではないだろうか。責任や重圧、息苦しさからこういう思考になるのだとしたら、人は本能で理解しているのかもしれない。死は救済である、と。


しかし、僕は魂だけの存在はあると信じている。死んで終わり、ではないのだ。魂として現世をさまよい、浮かばれぬ魂は救済を求める。そんなオカルト話を、僕は信じている。


だから、「死」について考えはすれど、実行に移すまでは至らない。変な死に方をすれば、余計に苦しむかもしれないからだ。もちろん、根拠なんてない。あるのは、僕が体験したちょっぴり不思議な体験だけだ。


前置きが長くなってしまったね。ようするに、僕はその体験談を、今回の怪談で話そうと思っててね。面白そう、だなんて、よしてくれ。怪談とはいっても、背筋がゾクッとするような怖さはないんだ。人によってはほっこりするのかな。これ以上ハードルを上げたら話しづらいし、そろそろ話すよ。


冬至をすぎたあたりの日だったかな。外から帰ってきて、ストーブで温まっていたのをよく覚えている。訃報が入ったんだ。僕の父方の祖母のね。小学生だったし、電話だけの連絡だったしで、本当に死んだって言う実感が湧かなかったね。


次の日、おばあちゃん家まで行って亡骸を見たんだ。安らかな寝顔という表現がしっくりくるね。今思い出しても、死んでるようには見えなかった。当然、当時はただ寝ているだけではないのか。揺すったらいつもみたいに起きてくれるんじゃないかって。現実が夢のように感じたよ。棺桶に入った姿を見ても、ドッキリみたいなもので、実は生きてましたー。なんて柄にもないことをやってくれるんじゃないかなって、本気で思ってた。


おばあちゃんの死を実感したのは、葬式が終わったあとだった。火葬場まで移動するための車に乗った時、僕は初めて、人の死に涙を流したんだ。ああ、本当に死んだんだなって理解するのには、小さな頭では時間を要するらしい。姿が見えなくなり、二度と顔を見られないという恐怖が、僕に悼むという感情を教えてくれた。


で、ここからが本題。火葬が終わったあと、僕は家族と一緒におばあちゃん家に泊まった。車で帰るには天気が悪いし、外も暗かった。次の日に出発することになったわけさ。おじいちゃんがさっさと寝てしまったから、僕も寝床に入った。いつもおばあちゃん家に泊まる時は、二階で寝てたんだけど、その日は気温が低いということもあって、一階の大きなストーブがある部屋で寝ることになった。いつもと違う造りの部屋と、妙に広がった空間は、僕をなかなか夢の世界へ誘ってくれなかった。


喉が乾いたから水を飲もうと起き上がった。時間はよく見てなかったけど、丑三つ時は超えていたかな。両親はすっかり寝ていて心細かった。自分一人だけが、この世界に残ってしまったみたいで、心臓がバクバクうるさかった。早く飲んで、明日、というか、今日に備えようとしたんだ。


台所までやってきた。その時だったんだ。水を注ぎ終えたあと、遠くの方でかつーん、かつーんと何かをつつくような音が鳴った。どこかで聞いたことのある音だった。だけど、その音の正体が分からなかったんだ。氷を割る音にしては軽い感じだったし、動物の鳴き声にしては人口的すぎる。おじいちゃんが起きてきたのかな、と思ったけど、こんなおぼつかない足音ではない。杖なんて使ってないのだから。


杖という道具が出てきて、ようやく思い出した。おばあちゃんだ。生前、足を悪くしたおばあちゃんは杖をついて家の中を移動していた。その音に近かった。それに気づいてから、僕は何故か怖くなってね。水を飲む手が止まっていた。視界はシンクで埋まり、振り向けなかった。幽霊となったおばあちゃんに会えるかもしれない、という思考にならなかったんだ。今だったら全力で振り向いて、おばあちゃんの姿を見ようとするさ。霊感があれば、の話だけども。


杖をつくような音は段々近づいてきてね。かつん、かつんともはや耳元で鳴っているように聞こえるほど鮮明になった。内心、パニックだったね。早く通り過ぎて、早く通り過ぎて。心の中で何度も呟いた。さすがにいなくなれ、とまではいかなかったけど、それに近い感情はあったよ。別に悪霊でもないし、おばあちゃんと仲が悪いわけでもないのにね。「幽霊」という存在が臆病な僕を支配しちゃったんだ。


気づいたら朝になっていた。その時には杖の音もしなくなった。多分だけど、台所で固まった僕を、実体のないおばあちゃんが見て気をつかってくれたんだと思う。おばあちゃんは優しかったからね。とりあえず寝よう。僕はフラフラと元いた寝床まで戻って、すぐさま眠りについた。


起きたのは昼頃だった。昨日の夜、杖の音がした。おばあちゃんがやってきたのかもしれない、とお母さんに話した。お母さんは否定することなく、「もしかしたら、魂だけの存在になって会いに来たのかもね」と言った。僕はまた泣いてしまった。


それ以来、僕は幽霊、というか魂の存在を信じることになった。ネットや本なんかからも知識を得てね。それで自殺は良くない、魂が救われずこの世界にとどまってしまうから。という思考になった。みんなも、自殺だけはしないでほしい。苦しみの先にさらなる苦しみがあるだなんて、考えただけでも恐ろしいからね。


これで僕の話はおしまい。……オチが弱い、だって?仕方ないじゃないか。僕には霊感なんてないし、プロの怪談師でもない。そんな僕にとって唯一の霊体験がこれなんだ。霊体験と呼べるかも怪しいけれど。


次は君の番だろう。そこまで言うなら満足のいく怪談を披露してくれよ。僕らが震え上がるような、とっておきのやつをさ。

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