お返しの日

 3月14日。ホワイトデー。


「おはよう」

「あら、ふぶちゃん。おはよう」


 冬花は朝食の準備をしていた。


「冬花さん。手伝いましょうか?」


 深雪は冬花の手元を見て尋ねた。冬花はエプロンを着けている。


「いいわよぉ。すぐできるからちょっと待ってて」


 冬花は微笑む。だが深雪はその場を動こうとしない。


「ん?どうしたの?」

「これ……」


 深雪は冬花に小さな箱を差し出す。冬花は首を傾げながら受け取った。


「開けてもいい?」

「うん」


 中に入っていたのは可愛らしいネックレスだった。


「まあ!綺麗ね」

「バレンタインのお返し」


 深雪は照れ臭そうに答える。


「ありがとう。早速着けるね」


 冬花は首に手を回すと、チェーンを外して身に付けた。


「似合ってるかな?」


 冬花はその場でくるりと回る。


「うん。綺麗」

「あれぇ?冬花とふぶちゃん何してるのぉ?」


 声に振り返ると、そこにいたのは霜歩だった。


「見ての通り、ふぶちゃんがプレゼントくれたのよ」


 冬花は自慢気に話す。


「へえー。良かったねぇ」


 霜歩はニヤニヤしながら二人のやり取りを見つめる。


「霜歩さんにもこれどうぞ」


 深雪は鞄からクッキーの入った袋を取り出した。中にはハート型の物もある。


「えっ?いいの?やったぁ!」


 霜歩は飛び跳ねて喜ぶ。


「ふふ。そんなに喜んでもらえるなんて嬉しいです」


 深雪はニコニコしている。


「さあ、朝ごはんにしましょうね」

「はーい」


***


 食事を終えると、深雪は学校に向かった。学校に到着すると下駄箱で靴を履き替えて教室へ向かった。


「おはよ!深雪!」


 元気良く挨拶してきたのは晴氷だった。


「おはよう。晴氷」

「最近暖かくなってきたよねー」


 晴氷はそう言いながらチラチラとこちらを見ている。


「はいはい。わかってるわよ。教室着いたら渡すから」


 深雪は呆れ顔で言う。


「やったぁ!」


 晴氷は満面の笑みで喜んだ。教室に着くと深雪は鞄から可愛くラッピングされた包みを取り出す。


「はい。お返し」


 深雪は晴氷に渡した。


「ありがとう!なにかな?なにかなー?」


 晴氷はワクワクしながらリボンを解く。


「あっ!ベアー子だ!」


 中から出て来たのは熊のキャラクターでお馴染みである『ベアー子』のキーホルダーだ。


「あんたこーいう変なキャラクター好きでしょ?」


 深雪は得意気だ。


「可愛い!ありがと!」


 晴氷は早速携帯に取り付けて嬉しそうにしている。


「喜んでいただけて何より」


 深雪はホッと胸を撫で下ろした。


「深雪は私の好みがわかってるよねー。ねぇ付き合っちゃう?」


 晴氷は冗談っぽく言う。


「はいはい。あんたが彼女になるなら考えとく」


 深雪は適当に返事をした。すると突然後ろから誰かに抱きつかれた。


「おはようございます。深雪先輩♪」


 それは名残だった。


「ちょっと名残!?急に抱きつかないでって言ってるじゃん!っていうか2年のクラスに1年が入ってくるなー!」


 深雪は顔を真っ赤にして怒る。


「だって先輩に会いたかったんですもん」


 名残は悪びれもせず笑顔で言う。


「まったく。ほらっ!離れて」

「こりゃー。ふぶちゃん大変だぁ」


 その様子を見ていた晴氷が苦笑いを浮かべていた。


「深雪先輩。今日の放課後、部室に来てください」


 名残は深雪の耳元で囁いた。


「わかったから。近いよ」


 名残は満足そうに自分の教室に戻っていった。


***


 授業が全て終わり、ホームルームが終わると深雪は名残に指定された通り、写真部の部室に足を運んだ。


「名残。いる?」


 深雪はドアをノックして声を掛けた。


「どうぞ」


 中から聞き覚えのある声が聞こえてくる。深雪はゆっくりと扉を開けた。そこには椅子に座っている名残の姿があった。


「先輩。来てくれたんですね」

「そりゃ来るわよ」


 名残はこちらに駆け寄ってニコニコしながら手を握ってきた。


「嬉しいです」

「はいはい。んで何の用?」

「え?」


 名残はキョトンとしている。


「いやいや、用があって呼んだんでしょ?」

「えっと……その……」


 名残はモジモジしている。


「もしかして何もないの?」


 深雪は首を傾げる。


「いえ!あります!えっとですね。今日は何の日か知ってますか?」


 名残は恥ずかしそうに尋ねる。


「ホワイトデー……あ!そういえばあんたにも貰ってたわ!」


 深雪は思い出したように言った。


「ええ!忘れてたんですか……そんなぁ……」


 名残は泣きそうな表情をしている。深雪は慌てて鞄やポケットの中を漁る。だが、何もない。


「ごめん。何かあげようと思ってたんだけど、用意するのすっかり忘れちゃった」


 深雪は申し訳なさそうに謝る。


「いいですよ。別に気にしないで下さい。ふん!」


 名残はそっぽを向いてしまった。


「名残ぃ!ごめんってば!」


 深雪は必死に謝罪をする。


「じゃあ……」


 名残は振り向くと同時に深雪の手を握って唇にキスをした。


「ん!」


 深雪は驚いて目を見開く。名残はゆっくり離れると微笑んだ。


「これで許してあげます」


 名残は悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「なっ!いきなり何すんのよ!」


 深雪は頬を赤く染めながら抗議する。


「だってぇ。私だけあげるなんて不公平じゃないですか」


 名残は悪びれる様子もなく答える。


「もう!あんたって子は!」


 深雪は怒って部室を出て行こうとする。


「待って!」


 名残は深雪の腕を掴むと、再び引き寄せて抱きしめた。


「まったく。今ので許すんじゃなかったの?」


 深雪は呆れ顔で言う。


「えへへ。つい」


 名残は照れ臭そうに笑っている。そんな名残を見て深雪はため息をつくと頭を優しく撫でた。


「まあいいわ。部活しましょ」

「はい」


 二人は笑い合うとカメラを構えた。

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