影のフォトグラファー

「そーいえばさー」


 昼休み、昼食を食べ終えた晴氷は携帯ゲームをしながら深雪に声をかける。深雪は弁当箱を片付けると晴氷の隣に座って本を読み始めた。


「なに?」

「深雪って部活とか入ってんの?」

「入ってるけど?」

「え!?」


 深雪の言葉を聞いて、晴氷は驚きの声を上げた。


「そんなに驚くこと?」


 深雪は不思議そうな表情を浮かべて聞き返す。


「だって、いつも放課後は真っ直ぐ家に帰ってたじゃん」


 晴氷は画面を見ながら話す。


「ああ、そういう事ね。今は幽霊部員だから」


 深雪は本を閉じて、お茶を飲む。


「で?何部に入ってんの?」

「写真部だよ」

「へぇー意外。たまには部室とかに顔だしたほうがいいんじゃないの?後輩だっているんでしょ?」

「まあいるにはいるんだけど……」


 深雪は言葉を濁す。


「ん?なんか問題でもあるの?」

「そんな話もういいでしょ!ほら、チャイム鳴るから戻るよ」


 深雪は立ち上がると屋上を出て行った。


「もう。すぐ不機嫌になるんだから」


 晴氷は不満げに呟くと、深雪の後を追いかけた。


***


 放課後。深雪は教室を出て昇降口とは逆方向に向かっていた。その姿を晴氷は目撃していた。


(まったく。素直じゃないんだから)


 深雪が向かった先は部室だった。廊下を歩いていると写真部と書かれたプレートが目に入る。深雪はドアノブに手をかけて開けようとするが、鍵がかかっていた。


(まだ誰も来てないか)


 深雪は仕方なく部室を後にしようとすると、背後から肩を叩かれた。


「せんぱい」


 振り向くとそこには柔らかそうな膨らみが二つあった。


「う……名残なごり……」


見上げると微笑みながら深雪を見下ろしている一年の面影名残おもかげなごりがいた。


「こんにちは。深雪先輩」


 深雪は視線を胸元に移すと、制服のボタンがはち切れそうになっていた。


「こ、こんにちは」


 深雪は恥ずかしそうに挨拶を返した。


「先輩が部室に来るなんて珍しいですね。あ、今鍵開けますね」


 名残はポケットから鍵を取り出すと、扉の鍵穴に差し込む。カチャリと音がすると、名残は扉を開いた。中に入ると、部室内は薄暗く、窓の外からは運動部の掛け声が聞こえてくるだけだった。


「相変わらず殺風景な部屋ね」


 深雪が呆れたように言うと、名残は苦笑いする。


「あはは。あんまり物を置くの好きじゃなくて」

「でも、もう少し明るくしないと暗いままだよ」

「う〜ん。それもそうですよね。私、電気つけてきます」

「うん。お願い」


 名残はスイッチを押して明かりをつける。蛍光灯の光が部屋の中を照らし出した。壁際にはいくつもの棚が置かれており、そこにカメラやレンズ、アルバムなどが並べられていた。


「ちょっと換気するんで窓も開けますね」


 名残が窓を開けると、綺麗な黒髪とスカートが風に揺れる。


「活動はしてるの?」


 深雪は疑問を口にする。


「はい!毎日撮りまくってますよ!」


 名残は誇らしげに答えた。


「見てもいい?これとか……」

「あー!それは違うんで!」


 深雪が一冊のアルバムを取ろうとすると、名残は慌ててアルバムを遠ざけた。


「これは失敗したやつで……こっちの方が良く取れてるんで!」


 名残は取り上げたアルバムを鍵付きのロッカーに入れて、別のアルバムを差し出した。


「そう?じゃあ見せてもらおうかな」


 深雪は受け取ったアルバムをめくると、そこには沢山の写真が入っていた。どれも被写体が良いのかとても写りが良く、まるでプロのカメラマンが作ったような仕上がりになっている。


「どうですか?」

「うん。上手いと思う」

「ありがとうございます」


 名残は嬉しそうにお礼を言う。


「でも嬉しいな。先輩がまた部室に来てくれて」


 名残は目を細めて深雪を見る。その瞳は慈愛に満ち溢れていて、どこか妖艶な雰囲気を感じさせた。


「そうだ。せっかくだし、二人で写真を撮らない?」


 深雪の提案に名残は驚いた表情を浮かべる。


「えっ!?いいんですか?ぜひ一緒に撮らせてください」


 名残は興奮気味に応えると、スマホを取り出してタイマーをセットした。


「それじゃ行きますよ。はいチーズ」


 パシャッとシャッターを切ると、画面には笑顔の二人が映し出された。


***


「じゃああたしはもう帰るから」


 深雪は荷物をまとめて立ち上がる。


「はーい。気をつけて帰ってくださいね」


 名残は手を振りながら深雪を見送った。深雪が見えなくなるまで見届け、部室の中に入り鍵を閉めた。


「……ふぅ。危なかった」


 名残はロッカーの鍵を開けてアルバムを取り出した。ページを捲るとそこにはどれも深雪の写真ばかりが貼られている。しかも全て目線が入っていない盗撮写真だ。


「ふふふ。今日も可愛かったなぁ」


 名残は写真を見ながら呟く。


「あ、そうだ!さっき撮ったやつも現像しておかないと」


 名残は急いで現像の準備をする。写真のデータをパソコンに取り込み、プリンターに繋げると写真が出てくる。それを丁寧に切り取り、アルバムに挟む。


「よし。初めての先輩とのツーショット」


 名残は満足げに笑うと、部室の窓から外を眺める。


「いつも見てますからね。深雪せーんぱい」

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