10

ガタッ!!


直史は慌ててスマホを背中に回した。


「ん?どうした、緒方」


男性の先輩が、パソコンに向かっていた直史の後ろから、直史のデスクを覗き込んだ。


「な…!何でもないです!!」


「仕事しろよ!」


「は!はい!」


直史は、あの日、嫌がる菟萌を何とか説得し、スマホに写真を収めた。なんと、レアな1枚か…。もちろん、プリントアウトした。依里ちゃんにも負けないくらい、可愛らしいツインテールがなんともオタク心をくすぐる。しかし、あの後、直史からの告白は保留という事になった。菟萌には、余りに羅賀の影がちらつくどころか、もう生まれ変われなんじゃないか…と思うくらい、胸が痛くて仕方なかった。こんな想いで、直史を好きになる資格があるのか…。好きだ、と言って良いのか…。本当に、本当に、私は直史が好きなのか…。



好きなればなるほど、好きが遠くなった。




「そんな事、考える必要ある?」


寛子は、いつも核心をつく。けれど、そのお陰で、どんなに救われてきた事か…。励ましてくれたり、たしなめてくれたり、背中を押してくれたり、慰めてくれたり…。寛子にはどんなに感謝してもしきれない。


「今のあんたは…きっと恋愛下手なんじゃない。恋愛恐怖症、なんだよ。羅賀を…忘れるのが、怖いだけでしょう?」


「…忘れるなんて…そんな事きっとないよ…」


「じゃあ、思い出にしなさい。羅賀の死を、受け入れるの。あんた、泣いたんだから…。亡くなったときさえ泣かなかったあんたさえ、緒方君の話をしたら、泣いたんだから。『好き』で良いと思うよ?」


「寛子…」


菟萌は、その言葉を、何処かで期待していた。けれど、菟萌にとって、羅賀は人生で1番大きな存在だった。それが2番目3番目になる事が、これから先、起こりうるのだろうか…?それを、羅賀は許してくれるだろうか?直史を…直史を好きになる事が、これから先、正しい恋へと向かうのか?菟萌には、不安しかなかった。それでも…、


「頑張れ、菟萌!」


そう言って、寛子は菟萌の手を強く握った。




「先輩、帰り、ちょっと時間もらえますか?」


退社時間30分前、直史が菟萌に耳打ちした。


「…良いよ」


何故、誘われたのか、その理由を想像するのは容易かった。




いつも、寛子と来ている喫茶店で、菟萌と直史は向かい合って2人ともアイスティーを頼んだ。しばらく、沈黙が続いた。直史は、下を向いてモジモジしている。可愛いな…菟萌はそう思った。これから、きっと告白の返事をするという流れになるのだろう。しかし、その前に、菟萌には、どうしても話しておかなければならない事があった。…そう。羅賀の事だ。



「あ…の…先輩…」


ついに返事を求めてくるようだ。そこで…、


「緒方君、私、とても好きな人がいたの。その人はアイドルオタクで、髪真っ青で、いつもリュックしょって、が大好きだった。最初は意識して無かった。だから、馬鹿にも出来たし、からかう事も出来た。でも、私本当は昔から超がつく恋愛下手でね…」


「え…?先輩みたいな人が…恋愛下手だったんですか?」


「そう。好きじゃない人にはどうでも良い態度でいられるけど、一旦好きになると、もういきなり目も見られないし、緊張してて手も繋げないし、恥ずかしくてキスも出来なかった。あの人に出会うまでは…」


「…あの人…」


「あなたと出会って、一目惚れしてたの、私。それは、何処か、あの人の影が緒方君の後ろでちらついていたからかも知れない」


「その人とは…どうなったんですか?」


当然の質問だ。


「結ばれたよ。本当に居心地の良い人だった…。初めて、見つめ合って、初めて手を繋いで、初めてキスをして…初めて、セックスをした。このまま、一生一緒にいられるって、本当に信じてた…ううん。確信してた」


「…なのに、別れちゃったんですか?」


「ううん…19歳の時、亡くなったわ…」



直史は、絶句した―――…。

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