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「川口先輩、この書類、コピー何枚とれば良いですか?」
(!緒方君!)
私は、慌てて眼鏡をはずし、目を通していた書類を机に置くと、
「あぁ…30枚でいいよ」
と指示した。
「はい。解りました。ありがとうございます」
直史は、今日も寝癖が付いたままの頭で、真面目な顔で仕事をしている。コピー機へと向かう直史の後ろ姿を、ぼやけた視界で捉えながら、大きく深呼吸をして、また眼鏡をかけ、書類に目を通す。やっぱり極度に緊張した私は、きっと顔が赤いに違いない。いつも冷静沈着で、昨年入社したとは思えないくらい仕事も出来て、上司、先輩、同期、誰からのちょっかいも淡々とあしらう、そんな私が、直史に片想いをし、その上、極度の恋愛下手だなんて知られたらもう会社にいられない…。
「そこまで自分を追い詰めなくても…。さすが恋愛下手」
会社帰りに、立ち寄ったいつもの喫茶店で、またまたいつも頼む、紅茶をすすりながら、寛子はそう言って笑った。
「だって…」
それもそうか…と、寛子は紅茶のカップを机に置いた。
「まだ、
「…」
何も返せない。
羅賀…
あれは、大学でサークルの勧誘の波に吞まれ、必死で人混みから逃れようとした時だった。
「イタッ!」
私が小学生の時から、伸ばしてきた、自慢の髪の毛が、急に引っ張られた。どんどん髪と共にゆきたい方とは違う方へと体が引っ張られてゆく。私は、どうやら誰かのボタンか何かに髪が絡まってしまったらしい。
「痛い!!待ってください!!」
必死で、見えない私の髪の毛を引っ張る主に訴えかける。その声がやっと届いたのか…、
「あ!ごめん!!」
と、急いで、私の髪を解こうと、立ち止まった。それが、羅賀だった。案の定、和あたしの髪の毛の数本が、羅賀のボタン…ではなく、リュックのファスナーの間に食い込んでいた。もう…ぐしゃぐしゃに絡まって、取れそうにない。
「い、今、解くから!…む…く…」
羅賀は、リュックを胸の方へ抱え直すと、一生懸命ファスナーを上げたり下げたりしていた。その度、私の髪が引っ張られ、とても痛かった。
「良いよもう。切っちゃおう」
私は、羅賀にそう提案した。
「え!?でも!」
「良いよ。このままじゃ、ここから一歩も動けないし…」
私は、自分でも勿体ない…と思った。ずーっとロングだった髪の毛。でも、そんなこと言ってはいられない。これ以上、こんな変な男と一緒にいたくない。その男は、髪が真っ青だった。別に、髪の毛の色で判断した訳では決してない。ただ、リュックに、大量のアイドルのフィギュアやステッカーが無数に飾られていた。申し訳ないが、私は、そう言うオタク系の人は苦手だった。そんな私をよそに、
「そうはいかないよ!そんな奇麗な髪、勿体ない!!絶対解くから!!」
羅賀は、真剣な顔でそう言い、絡まった髪を一本一本丁寧に何とか解いて行った。
「「あ!解けた!!」」
2人の声が重なった。
「ありがとう」
私がそう言うと、羅賀は、なんと、泣き出した。
「え…!?」
私は、余りの唐突な羅賀の涙に、戸惑う他なかった。
「な…、何?どうしたの?」
「だって…僕のせいで…その奇麗な髪を切って良いなんて言うから…」
「はぁ?」
意味が解らない。それでなんで羅賀がそれで泣くのだ?
「もういいよ。解けたんだし、何も泣く事…」
(オタクの上女々しい…気持ち悪い…)
そう。羅賀に出逢った時の第一印象は最悪だった。でも、その時、どうしても言いたいことが、それだけは言わなくちゃいけない、そう思った。
「そんな、泣かないでよ。私、嬉しいよ。私、小学生の時から、ずっとロングだったの。さっきは切って良いって言ったけど、ちゃんと解いてくれてありがとう」
それは、恋に発展するとは全く思ってなかった、羅賀との出会い。
そして、恋愛下手な私が、極度の恋愛下手になった、原因を作った出会いでもあった。
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