最終話 鍵穴くん、いってきます

 ほらー、早く準備しなさーい。


 そんなお母さんの、時間にうるさくて、僕を心配する言葉にも慣れてきた。僕が高校生になっても、心配性なお母さんは変わらない。


「えっと、後は化学と数学のノート……」


 そう言って、ノートを本棚から取り出そうとする。だけど、何十巻もの漫画本や何冊かの教科書が詰まっていて、うまく取り出せない。


「うーん!」


 力ずくでノートを引っ張ると、他のノートや教科書や漫画たちが飛び出てきて、僕の周りに散乱した。


「う、うわっ⁉」


 その時、あるノートが、僕の顔にかぶさってきた。


 中学生で使っていた、数学のノートだ。


 僕はそのノートを取り、見始める。


 合同とか懐かしいな、と、僕は図形を見ながら思う。


 すると、その横にある落書きを発見した。


 ……でもこれ、僕の描いたものじゃない。


 ……ああ、なるほど。


 僕は、これを書いたのは誰なのか、はっきりと分かった。




「行ってきまーす!」


 僕は玄関で靴を履きながら言う。


 リビングからは、臓器提供で助けられた人達のニュースが聞こえてくる。


「忘れ物はない?」

 お母さんはリビングから顔を出して言う。

「大丈夫、じゃあ、行ってくるね」

「うん、行ってらっしゃい」


 僕はお母さんにそう言われ、家を出る。


 今日は、あいつが秘密基地に案内してくれた時のように、空は晴れていた。


 僕は、友達の体で生きている。友達の体は、僕の意識で動いている。


 僕は、駐車場への階段を下りる。


 いってらっしゃい。


 鍵穴の形をした、僕の大切な友達が、そう言っている気がした。

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鍵穴くん うすしお @kop2omizu

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