2-5 ルースヴェインの証言

 友人関係を築いていただけあってか、生活水準も似ているらしい。ランスに紹介された家は、ヴラディウスの屋敷と同じくらい大きなものだった。


 ただ、ヴラディウスと違って、彼の友人は一人で暮らしているわけではなかった。


「夫でしたら、ただ今外出しておりまして」


 家を訪れたユイトたちに対して、夫人は申し訳なさそうに応対する。


「そろそろ戻ってくる頃だと思いますが、中でお待ちになりますか?」


「すみません。お願いできますか」


 もし入れ違いにでもなったら時間が無駄になってしまうだろう。夫人の提案に、ユイトは甘えさせてもらうことにする。


 しかし、ロレーナは何故か玄関前から動こうとしなかった。


「どうかしたの?」


「家人が複数いる場合は、その内の一人に許可をもらえばいいんでしたよね?」


「鍵と同じと考えたらいいよ。オリジナルを持っているのは家主だけだけど、スペアキーを作れば家族も錠を開けたり、別のスペアキーを作ったりできるようになる。

 そして、鍵がオリジナルだろうとスペアだろうと、一人でも錠を開けてくれさえすれば、他人でも家に上がれるようになる」


 妻には普通家の鍵を持たせるだろう。その妻(夫人)に、今ちょうど家に招いてもらった。だから、仮にロレーナがヴァンパイアだとしても、結界に阻まれることはなかったはずである。


「鍵と同じというなら、家族以外にも結界を解除する権限を与えられるのでしょうか?」


「そうだね。不都合がないように使用人にも権限を渡したり、逆に犯罪に巻き込まれないように小さな子供には権限を渡さなかったりってこともある。

『家人なら結界を解除できる』というけど、厳密には『権限を持っている者なら』ってことになるね」


 被害者のヴラディウスが一人暮らしだったこともあって、家族がいる場合の結界のルールについてはまだ説明していなかった。ユイトの話に、ロレーナは興味深そうに頷く。


 そんな彼女の様子を見て察したらしい。夫人は顔をこわばらせる。


「そちらは人間の方なのですか?」


「彼女はウェアウルフです」


 どちらにせよ、ヴァンパイアの嫌う異種族であることには変わりなかった。それどころか、人間よりもウェアウルフの方が嫌悪感は強いくらいなのだろう。夫人の表情はますますこわばったものになる。


 だから、の姿を目にした時、夫人は心の底から安堵を覚えたようだった。


「ああ、あなた。勇者様が事件についてお聞きしたいそうですよ」


「これはこれは」


 低いがよく通る厳かな声に、ユイトたちは背後を振り返る。


「我輩がルースヴェイン・ストロングモーンです」


 撫でつけた黒い髪。それとは対照的に白い肌。足長の長身には、高級そうなスーツとマントがよく映えている。


 五百年以上生きているだけあって、人間の五十歳よりもずっと老獪な雰囲気を漂わせており、一見紳士のようだが底知れない。いかにもヴァンパイア的な容姿だと言えそうなヴァンパイアだった。



          ◇◇◇



 ルースヴェインは外見だけでなく、内面までもがヴァンパイア的だったようだ。


 二人を応接室に通した時、ロレーナにも紅茶を出していたのである。


 もっとも、単に知らないだけということもありえるだろう。そのため、ユイトはあくまでもやんわりと指摘する。


「彼女には水か何かをいただけますか。ウェアウルフは紅茶を飲めないので」


「ああ、そうでしたね」


 ルースヴェインはわざとらしく驚いてみせた。どうやらウェアウルフの特徴を知っていて、その上であえて毒になるものを用意させたようだ。


 しかも、そのあとルースヴェインは、何が飲みたいかロレーナに聞くこともしなかった。夫人に「おい」と声を掛けると、本当にただの水を持ってこさせる。「我が家には紅茶とコーヒーしかないもので」と断りを入れることすらなかった。


 やられたらやり返すのがロレーナの信条らしい。暴力にこそ訴えなかったが、彼女は攻撃的な態度で事情聴取に臨むのだった。


「あなたも同じ孤立派の議員だそうですが、被害者のヴラディウス・ドラクリヤとの間に何かトラブルがあったということは?」


「まさか」


「派閥内にはどうですか?」


「ありませんな」


 ルースヴェインはそう断言した。さらに「我輩の証言が信用できないなら、他の議員に確認なさればよいでしょう」とまで付け加える。ここまで言うなら信じてもいいのではないか。


 ロレーナもそう考えたようで、質問の方向性を変えていた。


「中立派のランス・バーニィバーンとの関係はどうでしたか?」


「ヴラディウス殿は『若さゆえの気の迷いだ』と言って寛容に構えておられました。ランス君の方も強硬に融和を唱えて対立するような真似はしていなかったかと」


 本人は「動機はゼロではない」と申告していたが、周囲から見ればほとんどゼロに近かったようだ。ランス犯人説の可能性が下がったことに、ロレーナは一瞬だけ安堵の表情を浮かべる。


「あなたは中立派の彼のことをどうお考えですか?」


「ヴラディウス殿と同意見です。若者というのは妙な思想にかぶれるものですから」


「時代が変わりつつあるとは思いませんか?」


「まったく思いません」


 ルースヴェインは強硬にそう主張した。


 実際には、昔に比べて外国への渡航条件が緩和されており、またそれによって若い世代を中心に融和思想が広まりつつあるようだった。しかし、孤立派のルースヴェインとしては、そのことを認めるわけにはいかないのだろう。


 これ以上場の空気が悪くなる前に、ユイトは口を挟むことにする。


「ヴラディウスさんとはプライベートでも仲がよかったそうですね?」


「お互いワインが好きでしたから」


 友人に関する話だからか、勇者が話し相手だからか。ロレーナとの会話の時とはうってかわって、ルースヴェインは相好を崩していた。


「勇者様も何か飲まれますか? 魔王を討伐なさった年のものなんてどうです?」


「仕事中ですので」


 立ち上がろうとする彼をそう引き留める。


 ロレーナのように敵対的ではないというだけで、ユイトも事情聴取をしに来たことには変わりないのだ。


「亡くなる直前にも被害者と飲みに行かれたそうですが、その時の様子について詳しくお聞かせいただけますか?」


「議会の仕事のあと、『酔月亭よいづきてい』という店に行きました。ダイニングバーと言うのでしょうか。食事も酒も出すという店です。そこで夜が明ける近くまで一緒に過ごしました」


「何か自殺をほのめかすような言動はありましたか?」


「そんな気配は微塵も感じられませんでした。雑談をしたり、ワインの銘柄当てをしたり、いつも通りでした」


 説を唱えたランスでさえ、心当たりがなかったくらいである。やはり自殺説は動機がネックになってしまうようだ。


「店を出たあとは、ヴラディウス殿が大分酔っておられたようなので、彼を家まで送りました」


「それもいつも通りのことなんですか?」


「以前、道端で寝てしまって、日光で大火傷をなさったことがありましたから。酔いがひどい時は、必ず家の中に入るところまで見届けるようにしておりました」


 火傷のことだけなら、以前に酒の失敗談としてヴラディウス本人から聞いたことがあった。ルースヴェインの話は事実だと考えて差し支えないだろう。


 しかし、これにロレーナは噛みついていた。


「その時に、被害者に上がっていくように言われたのではありませんか? 酔っていた上に相手が友人なら、家の中が汚れていても気にしないこともありえるはずです」


「我輩がたまたま毒を持っていたと?」


「日頃から毒を持ち歩いて、今回のようなチャンスを伺っていたのでは?」


 年齢や職業、種族といった差から、ルースヴェインはロレーナに対して、これまで上から見下ろすように泰然と振る舞っていた。だが、明確に犯人扱いされたことには苛立ちを覚えたようで、眉間に深いしわを作るのだった。


「辻褄は合っているかもしれませんが、さすがに偶然に頼り過ぎかと。殺意を抱くほどの相手と表向きは仲良くしつつ、裏では延々と殺人の機会を待ち続けるというのは、どのような精神状態であれば成し遂げられるのでしょうか」


「確かに心理的に少し考えづらいですね」


 また、そこまで被害者を憎むほどの重大な出来事があったのなら、そのことを周囲も少しくらいは認知しているものなのではないか。にもかかわらず、証言する者が一人も出てこないということは、大した確執はなかった可能性の方が高い。ユイトがそうルースヴェインに同意すると、彼は「そうでしょう」と満足げに頷くのだった。


 二人の意見を聞いて、ロレーナもルースヴェイン犯人説については一旦取り下げていた。しかし、被害者が飲酒をしていた点が未だに気になるようだった。


「ヴラディウス・ドラクリヤは女性関係が派手だったそうですね。酔ったはずみで、女性を家に上げたということはありませんか?」


「それはないでしょう。大昔に、女に居着かれてしまって随分困っておられましたから。それ以来、女は家に上げない主義だと公言していたくらいです」


 しかし、だからといって、死んだ原因に女が絡んでいないとは言い切れない。そう考えたようにロレーナは質問を続けた。


「女性関係で自殺の原因になるようなトラブルはありませんでしたか?」


「あの方は女泣かせでしたからね。女を自殺させることはあっても、その逆はないでしょう」


 自身も女だからか、今の発言は面白くなかったようだ。ロレーナはいっそう目つきを険しくする。


「ルースヴェインさんは他殺だとお考えなんですか?」


「ええ、もちろんです」


「犯人はどんな方法を使って毒を仕掛けたのでしょう?」


「凍らせた毒を井戸に浮かべる。ヴラディウス殿が気づかずに氷ごと水を汲む。やがて水瓶の中で溶けて毒が混入される。こんな方法はいかがですかな?」


「それはさすがに無理があるのでは」


 意見を求めて、ロレーナが視線を送ってくる。ユイトは「確かにそうだね」と頷いていた。


 いくらヴラディウスが高齢だったとはいえ、井戸桶や水瓶に氷が浮いているのを見逃すとは思えない。それに、彼が水を汲むタイミングが遅れれば、井戸の中で氷が解けてしまう。よほどの幸運に助けられないかぎり、このトリックは成立しないのではないか。


 しかし、ルースヴェインもその程度の反論は想定済みのようだった。


「毒の氷に気づかれなければ、自殺だと処理されるのでよし。氷に気づかれても、脅しになるのでよし。たとえ井戸の中で溶けてしまっても、毒殺自体はできるのでよし……と犯人が考えていたとしたら?」


「たまたま一番上手くいっただけで、どう転んでもよかったと」


「そういうことです」


 ユイトの相槌に、ルースヴェインは我が意を得たりという顔をする。


 最初は突飛な説のように思えたが、偶然を利用した罠だったということなら多少は現実味が出てきた。少なくとも、可能性の一つとして検討しておく必要はありそうである。


「氷を井戸に入れるだけですから、国内にいる者ならほとんど誰でも犯行が可能ですね?」


「しかし、動機は無視できないでしょう」


「女性関係ですか?」


「最近揉めたという話は聞いておりませんから」


 よほど何もなかったのだろう。ユイトの意見を、ルースヴェインはばっさりと切り捨てる。


 そして、代わりの犯人候補を挙げたのだった。


「ですから、融和派の仕業でしょう」

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