第4話

 ポレットは明日、宝探しなんかよりも遥かに重要な用事があった。妹のジャニーヌと映画に行く予定なのだ。魔法で醜い姿に変えられたお姫様が素敵な王子様の口づけで元の姿に戻るという分かりやすい筋のティーン向け映画なのだが、これを見ないとクラスの女子の話題についていけない。マチアスが同行しようがこればかりは譲れない。


「他の日は駄目なの?レディには色々と用事ってもんがあるのよ」

「試練の日は10歳になった月の最初の日曜日と決められているんだ。僕の誕生日は今週の火曜日だったからさ」

「でもさ、それって義務なの?今や蒸気機関やガソリン、電気の時代よ。遺跡での試練なんて中世ファンタジーの世界じゃない。行っても何かが変わる訳でもないでしょうに」

「義務ではなくてただのしきたりだよ。でも僕には……どうしても行かなくちゃならない理由があるんだ」

「え~、あんたの理由なんてどうでもいい。やっぱりパスってことで」


 にべもないポレットの返答にジュリアンの表情が絶望の色で満たされていくのをマチアスは痛々しい表情で見つめた。


「ポレット様、どのようなご用事なのでしょうか?」

「実はどうしても見たい映画があって。妹と約束もしているし……」

「それならアポリネール邸で鑑賞なさればよい。当家ではパーティの来客用にシアタールームを備えておりますので」

「し、シアタールーム!?」

「無論映画館よりは狭くなりますが、妹君とポレット様のお二人だけなら十分すぎる程のスペースです。現在上映中のフィルムは全て取り揃えておりますので、冒険から帰還されたらすぐに上映致します」

「そ、そうなんですか。じゃあご好意に甘えます」


(す、すごい。本当に何でもあるのね。まったくお金持ちというやつは……)


「でも遺跡なんてここら辺にあったからしら?古城や古い教会はそこら中にあるけど」

「その遺跡はマルム県にあるんだ。アポリネール家のルーツはマルムだからね」

「マルム?200km以上先じゃない!だいたいあんなド田舎、道路は整備されているの?」

「ご安心ください。飛行機で移動しますので道路事情は問題になりません」

「飛行機って、あのプロペラという鼻みたいなのが付いているのですよね?気球や飛行船じゃなくて?」

「ええ、飛行機です。2時間もかからずに目的地に着きますよ」


 数年前から飛行船に取って代わり空の覇者としての地位を固めつつある新世代の技術、飛行機。ポレットの目には、数か月前に家族で鑑賞した軍隊による曲芸飛行の光景がありありと浮かんできた。青空を魚のように自由に泳ぐその美しい姿を何度だって鮮明に思い出すことができた。


「すごいすごい、じゃあパイロットは……」

「ええ。僭越ながら、私目わたくしめが操縦致します」


(ふええ、かっこいい~。マチアス様ったら、何でもこなせるのね。お顔だけの紳士じゃなかったんだわ~。初の搭乗体験がイケメン王子様の操縦だなんて)


「それじゃあさ、私カメラ持っていく!空からの風景や遺跡の中を撮影したいもの。お弁当はそっちで用意してもらえるの?」

「遠足じゃないんだから。だいたいカメラなんて重いものを持ち歩けるの?」

「もちろんあんたが持つの。女の子は手ぶらでエスコートされるのが基本なんだから」

「そ、そういうものなんだ。でも僕に持ち歩けるかなあ……」


 しかしマチアスはいつだって完璧な回答を用意しているのだ。


「まだ商品化はされていませんが、女性でも持ち運べる小型カメラの試作品を持参致します。是非ご利用ください」

「わっかりましたあ!じゃあ決まりね。うんと美味しいお弁当を用意してくださいね!」

「う、うん!とびきり真心を込めたものを用意するよ!」


 お弁当の話になぜか嬉しそうな顔で答えるジュリアン。顔にはてなマークが浮かぶポレットだが、きっと専属料理人に腕にりをかけたお弁当を用意させるよう発破を掛けてくれるのだろうと一人納得した。


「ま、まあよろしく頼むわよ」


(ふふふ、それにしてもラッキー、マチアス様とお出掛けできるうえにジャニーヌと二人きりで映画を見られるなんて!可愛い妹にますます尊敬されちゃうわね!)


「ふふふ、随分楽しそうね」


 腕組みをしながら楽しそうに笑うジョゼット夫人が、忍び笑いをするポレットの後ろにいつの間にか立っていた。


「ひゃあっ!ジュリアンのお母様!」


(ど、どこから聞いていたのかしら。ジュリアンに対して随分な態度を取っちゃったけど)


「ポレットちゃん、ジュリアンのお願いを聞いてくれて嬉しいわ。この子をビシバシ鍛えてやって頂戴ね」

「はっはひ、わかりましたですぅ……」


 ジュリアンが驚いた表情でジョゼットを見た。


「ママ、もしかしてどんな話をしたのか分かるの?」

「当たり前じゃない。遺跡の試練のことでしょ?ママはジュリアンのことならなんでもお見通しなんだから」

「そ、そっか。わざわざ二人きりで話すこともなかったかな……」

「マチアスもいたから三人でしょ。でもママ嬉しいわ。ジュリアンが勇気を出して女の子に話しかけてくれて」


(へっ、ママー、ママーって、このマザコン野郎。10歳にもなって恥ずかしくないのかよ)


 ポレットのジュリアンに対する評価は元々低かったが、今や海抜ゼロメートル地帯にまで落ちてしまった。それに対し、ジョゼットの同性としての抗い難い魅力に惹かれない訳にはいかなかった。


(こんなに若くて綺麗なお母さんって羨ましいな。お母さんというよりお姉さんって言ったほうがしっくりくるし)


「マチアス、ポレットちゃんのご両親に挨拶をしに行くから運転をお願い」


 マチアスは無言で頷いた後、一人で先にカフェを出て行った。ジュリアンが何かもじもじと言いたそうにしている。


「ジュリアン、何?はっきりと仰いなさい」

「は、はい、ママ。えーと、ポレット。今日は、その……どうもありがとう。よかったらさ、宝探しが終わった後も友達でいてくれないかな」


 ポレットはきょとんとした顔でジュリアンを見た。


(うーん、ジュリアンみたいなおどおどした奴ははっきり言って苦手なのよねー、おまけにマザコンっぽいし。でもジョゼット夫人の手前、断る訳にもいかないし……)


 俯き腕組みをしながら頭の中で必死に損得を勘定するポレット。算数の授業が苦手だった彼女は極めてシンプルな結論に辿り着いた。


(まあ大富豪とコネを作っておけば今後損にはならないだろうから、仕方ないけど友達になってやるか)


「やっだなー、私たちもうとっくに友達じゃない。でも女の子に対してボディガードなんて言っちゃ駄目よ、私傷付いたんだから」

「ご、ごめん……ボディガードじゃなくて、仲間として一緒に来て欲しいな」

「そうそう、それでいいんだよ」


 ポレットはあっはははと大笑いしながら、ジュリアンの背中をバンバンと叩いた。その光景を見たジョゼットは思わず涙ぐみ、ハンカチを顔に当てた。


(それにジュリアンと友達になれば、またマチアス様にも会えるしね。うしししし)


 ジュリアンもジョゼットも、ポレットの屈託のない笑顔の裏にある邪な思いを知る由はなかった……。


◇◇◇

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