第4話 従魔

「たった一日弱で…。覚えが早いわね」

「そうか。…成長補正でも付いてるのかな?」

「え?なんて言ったの?」


 後半は日本語だったため、なんと言っているのかランには分からなかった。


「気にしないで。それよりこれからどうしようか」

「そうね…。あなたは旅の目的とかあるの?」

「目的とかは特にないな」

「そう…。実は、そろそろ行かなくてはならないの。近くに街があって、そこに呼ばれたのよ」

「街?」

「あら、興味があるの?一緒に来る?」


 それもいいかも、と二胡が言いかけたとき、


『探しものがあるので、今ここで森を出るのはまずいです〜』


「そうなのか?」

「あら?どうしたの?」

「こっちの話だ。一緒に行くのは無理そうだな。それはそうとして、街はどこにあるんだ?」

「北にまっすぐよ。…もしかして、後でくるの?」


 落ち込んだと思えば一転、ランは期待に目を輝かせた。


『御主人様〜。もしかして街に行くつもりですか〜?』

「そのとおりだが何か?」

「まあ、そうなの!?じゃあ、先に行って待ってるわ。またね!」


 言うなり歩き出したランは、あっという間に見えなくなってしまった。


「いなくなっちゃったな。まあまた会えるか。なぁ聖剣、探しものってなんだ?」

『四葉の魔宝石です〜』

「ふーん、四つ葉ってことは、クローバーか。幸運のアイテムかな?」

『ご主人さま、正解ですよ。この森の何処かにあるんです』

「どこかって…。どこだ?」

『さあ〜?魔剣知らない〜?』

『知らん』

「まあ歩いてればいずれ見つかるだろ」

『そういうものですかね?』

『大丈夫でしょ〜。いずれは見つかるよ〜』


 のんきな一行(傍目には二胡一人)が歩いていると、やがて夜が来た。


「夜だな」

『ですね〜』

『あの、ご主人さま、寝ませんか?』

「さっき寝たじゃん」

『いや、いま生命力が枯渇していてですね。結構まずいんですよ。寝てください』

「そういうものなのか?まあいいや。お休み〜」

『ちょっご主人さまそこで寝ないで!魔獣が来たらどうするんですか!』

『もう遅いよ〜。御主人様寝ちゃってるよ〜?俺たちも寝よ〜』

『いやだめだろ。魔獣が来るぞ?』

『結界張ればいいじゃん〜』

『あいにく魔力がない』

『仕方ないな〜。俺が張るけど、結構ギリギリだな〜。明日起きたら、御主人様に覚えてもらおうね〜?』

『了解だ』


 …その日、森の魔獣たちは恐怖した。地面で寝ている格好の餌。それを喰らおうとした森の主が、謎の結界に弾かれ、命を落としたのだ。


 まだ若輩ながら賢い、主の息子はある決断を下した。そしてそれは、夜の間人知れず行われ…。


「ふわああ。おはよ〜。みんな元気〜?って、あれ?なんだい君たちは」

「私は、この森の主でございます」


 やや緊張した様子で、森の主…狼が言った。


「君話せるんだ〜。種族はもしかしなくてもフェンリル?」

「はっ。そのとおりでございます」

「そうなんだ〜。すごいじゃん。あれ?なんか若くない?」

「はっ。先ごろ、父が死にまして、今朝あとを継ぎました」


 次々と予想を当てる二胡に、フェンリルは驚きを隠せない。


「そっか〜。そのお父さんって、もしかしなくてもそこに転がってる?」

「はっ。父でございます」

「どうしたの?これ」

「貴方様の周りに張られている結界に当たり、死亡しました」

「ああ、これか〜。それで君たち近づいてこないのね」

「はっ。我らには太刀打ちできません」

「そっか〜。じゃあこれでオッケー?」


 内側から二胡が結界に触れると、結界が手のひらにされていった。


「ありがとうございます」

「よしよし。で、君たち何しに来たの?」

「捧げ物を持ってまいりました。夜、魔獣たちが探し求めたものでございます。満足していただけるかと」

「あー…。捧げ物を渡すから魔獣に手を出すなってこと?」

「…そういうことでございます」

「なるほどね~。いいよ。でもさ〜、魔獣を狩れないってことは、俺の食べ物がなくなるってことだよね〜?困るんだけどな〜」


 チラッとフェンリルの方を見ると、プルプルしていた。


「わ、わかりました。では、毎日一匹ずつ、魔獣を生贄に捧げます…!」

「え〜?違うよ?そうじゃないよ?」


 何やら誤解されたようだ。仕方ないだろう。


「えっ…。違うのですか?」

「当たり前じゃん。俺が言いたかったのは、魔獣たちで食べられる果物とかを集めてほしいってことだよ」

「そ…そんなことでいいんですか?」

「逆にそれ以上求めないよ?魔獣とか捧げられても困るよ?」

「そう…ですか。ありがとうございます。あの、お礼と言っては何なのですが、私を従魔にしていただけないでしょうか?」

「え〜。邪魔だよ」


 食費どうすんだよ、と日本語で小さく呟いて、二胡が唇を尖らせた。


「そういうことではなくて。呼び出したいときに呼び出していただくのです」

「あ、それならいいよ。従魔にするってどうすんの?」

「これを」


 言いながら、フェンリルは死んだ父を指差す。


「お父さん?どういうこと?」

「父の角を使ってください。それを使った笛を使っていただければ、すぐにでも呼び出すことができます」

「じゃあその間、森は?」


 二胡の言葉に、フェンリルが説明する。

 いわく、死んで間もない(一日以下)の魔獣の一部と、従魔にしたい魔獣の一部を使った笛を作ると、従魔を呼び出している間死んだ魔獣が身代わりとなってくれるのだそうだ。


「これはその、偉大な父をどうにかして残したい、という私の願望でもあるんですけど…。よろしいでしょうか?」

「そういうことなら」

「ありがとうございます」


 嬉しそうにしっぽを振ると、フェンリルは早速父の角を折った。そして、何やら背中を掻こうとして諦める。


「何してるの?」

「私の毛を取りたいのですが、手が届かないのです。やっていただけますか?」

「いいよ」


 二胡が転生前に深爪しちゃった長めの指で、フェンリルの毛を一本取る。


「これでいい?」

「はい!それで…。あの、やっていただけます?」

「貸して」


 角を笛に加工し、毛を紐として通し、首にかける。


「これでいいかな?」

「はい。吹いてみてください」


 言われたとおりに笛を吹くと、高い音がなった。不思議と耳障りではない。


 一瞬のうちにフェンリルが消え、二胡の隣に出現する。そして、先程までフェンリルがいた場所に、一回り大きい立派なフェンリルが現れた。


「ああ…。ありがとうございます。戻れ、と言われれば戻りますので」

「わかったよ。戻れ」


 今度はフェンリルの父が消え、そこにフェンリルが現れた。


「ありがとうございます」

「別に。それより、捧げ物って何?」

「そうでした。こちらです」


 そう言ってフェンリルが取り出したのは、緑の宝石がついた木の指輪だ。そこまで大きくない。そして、宝石は…四つ葉のクローバーの形をしていた。


「これって、四葉の魔宝石?」

「よくご存知ですね。そうです。この森にあるという言い伝えを元に、探し出しました。見つけたものを、精霊の樹を用いて指輪に加工したものです」

「精霊の樹…って何?」

「森の守り神のようなものです。この森に住んでいるのは大精霊で、とても力が強いんですよ」

「大精霊。すごそうだな」

「ええ。大精霊の樹から作られたアクセサリーは、いざというとき結界を作って持ち主を守るんです。貴方様には必要ないかもと思いましたが、とても便利ですので、どうぞお使いください」

「そっか。ありがとう」

「いえいえ。これくらいは当然です。貴方様は私の主ですので。あ、名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「二胡だ」

「ニコ様」

「ニコじゃなくて、二胡」

「二胡様…?」

「そう。ランは諦めたけど、君は見込みがあるからね。こういうところはしっかりしてほしい」

「はい。果物は、毎日正午に届けます。それと、森から出るときは教えてくださるとありがたいです」

「そうか。了解だよ。じゃあまたね」

「はい」


 フェンリルが去っていった。そして、ちょうど魔剣が目を覚ます。


『あれ…。ご主人さま、起きてたんですね』

「うん。ねえ、魔剣が言ってた四葉の魔宝石って、これで合ってる?」

『え…?そうですね、これです。ってこれ、大精霊の樹の指輪じゃないですか!』

「すごいのか?」

『ええ、人間だったら国宝ものですよ。どうしたんですか、これ』

「実は斯々然々でね」

『な、なんですって〜〜!?』


 だいぶ大袈裟だったが、魔剣はかなり驚いた。

 その後、起きてきた聖剣に事情を話したが、そこまでは驚かなかった。


『いや〜、流石は御主人様って感じですね〜』


 そして、心のなかで決意する。

 気づけば目当てのものをゲットしてくるのだ、この際全部自分でできるようになってもらおう、と。

 性格は変わっても、真面目だった頃の片鱗は残っているのだ。


 そして、魔法の特訓が始まった。

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