第3話 ラン

「おお〜!森だ!」


『『…』』


 二振りの剣は疲れていた。いくら二胡のステータスがカンスト間近でも、一ヶ月歩き続ければ底をつく。


 剣である彼らには特殊な能力があった。主の能力を向上させることができるのだ。

 それはつまりステータスをいじることができるということで、二胡の体力が底をついたとき、魔力を体力に変換し、彼の身を守った。


 そして、半月後には生命力も底をついた。本来このステータスならば何も食べずとも一ヶ月は持つのだが、生憎寝ていない。そして、底をついた生命力を魔力で補ったのだが…。


『ま、まさか、魔力がなくなっても生きていられる人間が存在するとはな…』

『そうだね〜。流石に疲れたよ〜。でもそっか〜。御主人様、最初は魔力ゼロだったもんな〜』

『お前煩い…。黙ってて…。う、魔力酔いが…』


 この世界において、魔力切れとは、すなわち死を意味する。魔力が残り十%を切ると、魔力酔いと呼ばれる現象が起こる。魔力酔いを起こすと、二日酔いのような症状が出る。


 魔力酔い状態になれば魔力量が増えるのだが、魔力が完全に回復するまで症状は消えない。


 魔力を切らした二胡に代わり魔力を消費し続けた魔剣は、そんな状態に陥っていた。ちなみに、聖剣は魔剣より魔力量が多いので魔力酔いにはなっていない。


「さーて何をすればいいのかな〜?わからん。せっかく話せるんだから日本語を話してくれよ聖剣」


 無理な願いを口にしつつ、生い茂る草をかき分けて進んでいくと、やがて少し開けた場所に出た。


「おお。ちょうど相撲の土俵くらいの広さだな。太陽も当たるし、ちょうどいい。昼寝はそこまで好きじゃないけど気持ちよさそうだ」


 言うなり芝生の上に寝転ぶと、すぐに寝てしまった。


『ご主人さま寝ちゃったね〜』

『どうする?』

『俺らも寝よ〜』


 疲れ切っていた魔剣も寝てしまった。聖剣は、実はそんなに早く寝られない。性格は変わっても、真面目だったときの片鱗は残っているのだ。


 やがて聖剣も寝付き、太陽が真上にやってきた頃…。


「もし、旅のお方。水を分けてくださいませんか…?」


 言ってることのしおらしさの割に乱暴に二胡を起こしたのは、金髪の若い女性である。


「ん…。何?今なんて言ったの?あ、君もしかして異世界人?」


 金髪の女はかなり、いや、滅茶苦茶美人だったのだが、生憎二胡はそういったことに疎い。

(前世では全くモテなかったが)二胡はそれなりに美形なので、金髪の女は内心テンションが上がっていたのだが…。


「えっ!?なんて言っているのですか?もしかして、異国の方?まあどうしましょういまとても困ってるの。そういえば黒髪ですわねなるほどそういうことですか。あなた彼女はいます?」


 言葉の通じない二胡に萎える…といったことは全く無く、女は早口で捲し立てた。当然、二胡には通じない。


 しかし、初めての異世界人との接触で、二胡は人生で初めてモテたのであった。


「何言ってるの?」

「あらどうしましょ通じてないですわ。まあ首を傾げる動作も素敵!っと、こんなことではいけませんわね。どうにかして水をいただかないと。私死ぬわ」


 考えた末、女はジェスチャーで伝えることにした。


「砂漠、ひらひらちょうちょ?いや、仰いでるのか。なるほど暑い?で、何かを飲んでる。薬?いや、純粋に水か。手を出した。お手?いや、水をください?なるほど、喉が渇いているので水をください!」


 やや遠回りながら、二胡は正解にたどり着いたようだ。

 そして、考える。


「わらしべ長者みたいな展開だな。とはいえ手元にみかんは疎か水もない。あ、逆か。ともかく水分か〜。今までどうしてたっけ?まあいいか。うーん、どうしよう。あ!」

「どうしたのですか?」


 言葉はわからないながら、二胡の様子が変わったことを女は察した。


「ちょっとまってて。えーっと、聖剣は…。あれ?寝てる?じゃあ魔剣かな?」


 聖剣は起きていなかったので、魔剣が叩き起こされた。やや不機嫌ながら、魔剣が主人の意思の元動く。


『えっ!?ご主人さま!?どうしたんですか?』


 魔剣は二胡の意思の元、二胡の肩に切りつけた。


「おっ成功成功。はい、これ吸って」

「え…?これは、血を吸えと?」

「何言ってんのかわかんないけどそうだよ」

「え…。吸血鬼みたいだわ。いいのかしら」


 本音を言えば血の味はだいっきらいなのだが、哀しきかな女は恋する乙女だった。好きなイケメンの血を吸う…。年頃の女としては嬉しい限りである。


「じゃ、じゃあ…」


 二胡の血は甘かった。それほど喉が乾いていたのだ。


「ふう…。助かりました、ありがとう。なにかお礼をしたいのですが、生憎今何も持っていません。それで提案なのですが、言葉を教えるというのはいかがでしょうか?」


 その言葉は二胡には伝わらなかったが、構わず女は練習を始めた。


「ラン」


 女…ランはそう言って、自分を指差す。


「あなたの名前はなんですか?」


 言いながら、今度は二胡を指さした。肩からまだ血が流れているのだが、ふたりとも全く気にしていない。

 朧気ながら、二胡にも事情が察せたようだ。


「二胡」


 名乗ることができた。


「ニコさん」


 名前がわかって、ランは有頂天である。

 そのまま、語学の練習が始まった。


 やっと話が通じると、魔剣や聖剣が喜んだのは言うまでもない。

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