第6話 ハンバーグ

 食についての変なこだわりが多々あって、その一つがハンバーグです。

 世の中、合い挽きや大豆タンパク質のハンバーグが勢力をじわりじわりと延ばしている気配があります。その背景には成長著しい子供になるべく安くハンバーグをたくさん食べさせたいという親心や、メタボにならぬよう身体に気を使っている等の理由があるでしょうから、その勢力拡大は仕方ないのかもしれません。が、私は、牛肉100%のハンバーグを、ハンバーグとしたい古典派であり、数少なくなった保守派なのだと思います。

 古典派であり保守派ですので、例えばカニカマは好きですが、カニではないので「これはカニカマで、カニカマが好きです」と胸を張って発言しますし、スパークリング・ワインを愉しむときも、スパークリング・ワインはシャンパンではないので「これはスパークリング・ワインで、スパークリング・ワインを愉しんでいる」と嘘偽りなく発言します。発言したところで何もありませんが、理由は何であれ、違うものは違うと発言したい、正統なる食の古典派・保守派を気取っています。

 スーパーの肉コーナーを覗くと、ミンチ肉は合い挽きが目立ち、牛肉100パーセントのパックは一種類だけポツンと隅っこに追いやられています。合い挽き肉ばかりで残念でなりません。時には大豆タンパク質で成形した焼くだけのハンバーグがあると、ハンバーグ風大豆焼きと言えば良いのにとさえ思ってしまいます。面倒なタイプです。

 よくよく考えると、月に数回しか食べたいとは思わないハンバーグなので、古典派保守派の私は、牛肉の塊や厚めのステーキ肉を買うことになります。いそいそと帰宅し、包丁でザクリザクリと切り、さらに細かく切り刻みます。もちろん無心に、ハンバーグの匠になった気分です。側から見れば、ハリウッドのホラー映画の主人公的な狂気が宿っているかもしれません。昼間から、台所に立ち、牛肉を無心に切り刻む謎の男です。

 まな板の上の牛肉100パーセントの手製ミンチ肉を皿に移し、次は玉ねぎを切り刻みます。学生時代、真夜中の喫茶店で何十個もの玉ねぎを、カレーのルーを作るために黙々と切り刻んでいたので、玉ねぎのみじん切りはお手のもので、ようやく笑みが溢れ始めます。もちろん涙も流れますが、その先に待っている美味いハンバーグを思い浮かべていますから、謎の男は不敵な笑みをこぼしています。

 炒めた玉ねぎを冷まし、牛肉100パーセントのミンチ肉に、パン粉や卵等と混ぜ合わせ、成形し、お腹のところに窪みを作り、冷蔵庫で一時間ほど寝かせます。あとは、じゅうじゅうと焼いて完成ですが、チーズの布団をしっかり乗せるのが、ここ数年の好みです。

 これまで外食で食べたハンバーグで、上位に来るのが、ミュンヘンのビアホールのと、ロサンゼルスのテクスメクス・レストランのかと思います。

 ミュンヘンのは、ハンバーグというより牛肉の粗挽きミンチだけを適当に平べったくして鉄板で素焼きしたようなものでしたが、うま味が格別でした。たぶん、胡椒だけでなく、何種類かのハーブが入っていたと思いますが、そこまで質問できるほどのドイツ語力があるはずおなく、ただ「美味い、美味い」と叫んでいたように思います。ロサンゼルスのテクスメクス・レストランは、テキサスに入ってきたメキシコ風料理屋で、形はハンバーグそのものでしたが、ソースが格別でした。ハラペーニョが効いたソースをハヒハヒしながら堪能した記憶があります。

 タピオカ屋が激減し、フルーツ・サンド屋やフルーツ大福屋も勢いが無くなってきた昨今、小さなカフェが増えてきたようですが、ハンバーグ専門店が増えればなぁと心から願っています。ただし、たぶん1500円とか2000円の価格になると思われ、ならば自家製で良いのではないかと、少しだけ怒りを込め未来の私を創造しています。謎の男です。

 ハンバーグについて綴っていると、またまたハンバーグ欲が高まってきます。再び、ハリウッドのホラー映画の主人公と化す日が、そんなに遠くではない気がします。中嶋雷太

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悲しきガストロノームの夢想(改) 中嶋雷太 @RayBunStory1959

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