境界線上の人形達《ドールズ》

夢想曲

境界線上の人形達

 人は無価値な存在だ。だが、人は人に価値を見出す。そして、その価値を脅かされる事を最も恐れるのだ。


 1


 魔法王国ミュスティカは陸の孤島である。

 魔法の力を独占していた。魔法の力を持って小さな領土内だけで発展していたのだ。先王の死とオークが侵攻してくるまでは。

 薄曇りの下、白い石畳が隙間無く敷き詰められた城下町の広場。中央の花壇と噴水は手入れがされなくなって久しい。

 私は広場の隅で子供達に人形劇を披露していた。木材屋の廃棄予定だった端切れを寄せ集めた小さな舞台の上で魔導人形を動かし、台本通り喋らせ、私が語り部を務める。


「今日もありがとうベルマン! 楽しかった!」


 いつも劇が終わると残ってお礼を言ってくれる少女に笑顔で応える。


「やあクリス。いつも楽しんでくれてありがとう! 今日はアレックスと一緒じゃないのかい?」


 その時少女の瞳が僅かに揺れた。


「……兄さんは、私達に栄養あるもん食わしてやるって、そう言って戦場に行ったの。それで、それで」


 少女の肩に触れ、震える赤毛をそっと撫でた。ごめんよと囁くと、少女は顔を強ばらせながらも気丈に笑顔を作る。強い子だ。


「マスター、子供を泣かせてはいけません」


 無感情な声で背後から声をかけてきた人形に私は慌てて少女から手を放す。


「ち、違うぞ、そんな事は……」

「そうよミー君。ベルマンさんは気遣ってくれたの」


 少年型の人形は小首を傾げ、硝子玉の瞳を私に向けた。


「そうですか。マスター、帰り支度が出来ました」

「ああ、それじゃクリス。また劇を観に来てね」


 私の言葉に少女は大きな声で返事をすると、待たせている友達のいる方へ走り去っていった。


「嫌な世の中になったものだ」


 大道具を抱えたもう一人の人形が私の顔を覗き見てきた。


「悲しみを感知。歌を歌いましょうか」

「子供扱いするな。帰るぞ」


 始まりは長年争い続けていたオーク達が湖を占領した事だ。内陸国の私達にとって生命線である湖を占拠し、あろう事か川に毒を流して下流に広がる田畑を汚染し、家畜を殺した。

 蔓延する病。オークに挑み返り討ちにされる討伐隊。国が弱れば真っ先に影響が出るのは貧しい国民である。劇を見に来る子供の家庭も、私自身も、困窮していた。


 人気の無くなった広場を歩み、石畳が砂利道に変わる頃、私は決意した。

 己の才を活かすべきだ、と。


「すまん三十一号。お前が一番出来が良いんだ」


 工房に戻り、劇に使っていた少年の体を慎重に解体した。

 父の遺した魔法の研究資料を掻き集め、オーク討伐の力になる方法を探り、一つの結果を導き出す。

 数日して、私は成果物を連れ王の居城に向かった。


「おお、これが……!」


 老いて枯れた喉から感嘆の声を漏らすルードヴィッヒ国王陛下。私は頭を下げ、人形にも挨拶をさせた。そしてその能力を示す為、王の護衛を務めるエリートを相手に人形を手合わせさせる。まだ自分で判断する力が弱い人形は機転が利かない分、こちらが上手く指示出しをしなければならなかった。だが痛みも恐れも無い人形は兵士の攻撃に怯まず、打ち込まれても微動だにしない。磨かれた石床に兵士が倒れるまでそう時間はかからなかった。


「魔導人形といいます。これをオーク討伐隊に組み込めば、死なずに済む命もあるかと」


 魔力を封じ込めた宝石を核として自律駆動し人に奉仕する魔導人形。

 国王は興奮気味に玉座の肘掛けを叩いた。


「ベルマン・ハーズといったな、素晴らしい! これを量産せよ! 魔導人形の量産が完了次第、賢者カリューを部隊長にした新たなオーク討伐隊を編成し、あの緑の悪魔共を根絶やしにするのだ!」


 王は私を賞賛した。

 しかしその場に居た賢者達は私と人形を冷ややかな目で見つめていた。その中に王が名指しした賢者カリューもいて、王の命なら仕方無いといった様子で――。


「承知致しました」


 噂に聞きし我が国最高戦力にして、他国が魔法の独占を黙認する理由とされる破壊の魔法使い。その鋭い視線に私は唾を飲んだ。

 王は白く長い髭を撫でながら私を一瞥する。


「しかし何故童の姿をしているのだ? 屈強な騎士のような姿にしても良いだろう」

「元は劇の役者ですので。それに、大きい人形では場所を取りますし、動かなくなった際は持ち運びに不便です」


 答えると王は納得した様子で頷き、既に察していたであろうカリューは王にそんな事も察せないのだろうかと言いたげに呆れた表情を浮かべ、それを三角帽のつばで隠した。


 謁見の間を後にすると、後から出て来たカリューが私を抜き去る。

 サラサラと砂が流れる様な音がする大きなマントを揺らしながら、通り過ぎ様に頭の上から私に投げ掛ける。


「道具を喋らせて何になる」

「なんだと?」


 見下された私は反射的に声を出してしまった。相手は魔法王国でトップクラスの魔法使いだというのに、売られた喧嘩を買ってしまった。

 焦る私を見てカリューは鼻で嗤う。


「フッ、私達は町の子供のようにはいかないぞ。精々使える兵器を持ってくる事だ」


 私の反応を待たずに去っていくカリューの背を見送り、拳を握りしめた。


 魔導人形を量産しながら並行して研究も続ける事は独りだと厳しかった。だが、やるしかない。私は食っていく為にも人形を作り続けた。

 そして量産した人形達は、武装を施されオークと対峙した。人と違い恐れを知らない人形達の足並み揃った突撃はさぞかし強烈だったろう。

 討伐隊が凱旋した時、私は鼻が高かった。だが、私の元に戻って来た人形はいなかった。


 祝い酒と弔い酒を兼ね、行きつけの酒場で少し贅沢をする事にした。そこで私は戦地に赴いた傭兵の話が耳に入った。聞こえて来るのは戦果の自慢話か、そう能天気に構えていたがその声色は不満に満ちていた。


「あの緑の悪魔共に突っ込ませて……ドカンだ。人形動かしてる宝石を国の魔法使い様達がなんかして爆破させるんだとよ。人形に混ざって戦ってた俺達傭兵にはなんの説明も無し! 戦場で死ねば金払わずに済むとか考えてたんだろうよ、お偉いさん方は。クソッタレが。あーあ、こんな話してたら酒が不味くなっちまう」


 ああ、クソッタレだ。

 危うく私は私の人形で国民を爆殺しかけた。私は特攻させる為に戦場に送り出した訳ではない。魔法省に乗り込んでカリューに文句のひとつでも行こうと思い席を立った所で、袖を引っ張られた。

 隣の席で酒を飲んでいた老人だ。


「何の用だ?」

「お前さんベルマンだろう? あの人形を作った」

「何故それを……」

「王の前でやった人形劇を見てたからなぁ、ヘヘッ」


 顔を酒で赤くしながら話す老人の顔をまじまじと見つめ、私は目を丸くした。

 場末の酒場で顔を赤らめた老人。白髪混じりの長髪はフケまみれで、身に纏うローブは絵の具で汚れている。到底賢者とは思えぬ風貌と相応しくない場所での出会いに、頭が目の前の存在を賢者として見る事を否定していたようだ。


「あ、貴方があの賢者達を纏める最高位の魔法使い、オットー・キルヒナー!?」


 賢者オットーは驚く私を見て口元を緩めながら手にした酒で唇を湿らせた。


「あの頭の硬いお嬢様に何を言っても無駄だよ」

「……! しかし!」

「道具の使い方は人次第。他人の使い方に口出しするくらいなら、最初から誰にも渡さなければ良かったじゃないか。違うか?」

「まさか爆発物として使われるとは思わなかったのです」

「それはお前さんの想像力不足だ」


 何も言い返せなかった。

 オットーは泥酔しているように見えて、私よりも冷静に状況を読んでいた。


「お前さんの魔導人形はこの国唯一のもの。近い内に国がお前に賢者の称号を与えるだろう」

「私が、賢者……?」

「誰もやった事の無い、編み出した事の無い魔法を操れる者が賢者となる。やがてこの国で魔導人形は普遍的なものになるだろう。その時人形をどの様に扱うのか、俺様に見せてもらおう」

「オットー様……」

「ほれ」


 説き伏せられた私の前でオットーは空のグラスを揺らした。


「賢者様のありがたぁい説教を一杯の酒で聞けるなんて、いやぁツイてるなあ!」

「なっ……貴方が勝手に」

「最後まで聞いたのはお前さんだ。こんな酔っぱらいの話なんて無視しても良かったんだぞ? さあマスター! 一番高い酒を頼む! この未来の賢者様は先のオーク討伐での活躍でたんまり金持ってる筈だからな! ガハハ!」


 国一番の魔法使いがまさかこんな人間だったとは思わず、私はただ財布を開ける事しか出来なかった。


 2


 大量の人形を戦場に送り出しオーク討伐に貢献した私は賢者オットーの予言通りに城に呼ばれて賢者の称号をルードヴィッヒ王から与えられた。

 研究資金も与えられ、私は次世代の人形を研究する使命を背負う事になった。

 とはいえ、基礎は既に出来上がっている。

 後は判断力や学習能力を高めて多くの事を学び理解するようになれば、幅広い分野で活躍できる人形が出来るだろう。


 私の環境は変わった。

 賢者となった以上弟子を取らなければならない事だ。しかし魔法の研究とは別に人形の制作技術まで学ばなければならない私のもとに志願者は少なかった。多くの人と交流を持つのが苦手で、一日中狭くごちゃごちゃした工房に篭っていた方が落ち着く私には好都合だったが。

 変化はまだあった。一日の終わりに寄っていた酒場にあの呑んだくれ……オットーがよく顔を出すようになった事だ。あの日から私の事が気に入ったらしく、時間が重なるとよく絡まれるようになった。私の事を何でも知りたがる。なのに自分の事は何ひとつ語らない。思ってみれば、私は彼の事を小汚い酒飲みという事しか知らない。思い返せば返す程、彼が賢者である事が信じられない。


「なんだ今日は引きこもりはお休みかあ?」


 城下町からの帰路にある石橋の中央で不意に声をかけられ、ビクンと体が跳ねた。考え事をしながら歩いていた私の横に彼が、賢者オットーがいた。折りたたみ式の木の椅子に座りながら、カンバスに絵の具を塗りたくっている。油絵だ。私は人形を作る創作家の端くれであったが、絵に関心は無く、彼の描く抽象画の良さがイマイチ分からなかった。

 そんな事より、いきなり話しかけてきて人を引きこもり呼ばわりとは、間違いでは無いが言い方があるだろうに。


「貴方も賢者のまとめ役にしてはこんな所でお絵描きとは、管理職は暇なんですか?」

「言うじゃねえか。これが俺の仕事なのさ」

「絵を描くことがですか」

「お前も、家に篭もって人形と睨めっこしてるのだって仕事だろ」

「……そうですね」


 カンバスの向こうには小川が広がり、陽の光を反射させ美しく輝いていた。その更に向こうにはエルフの住む森が微かに見える。ぼやけて見えるほど遠くなのに、エルフの森でのみ生える青色の葉を付ける木々の神秘的な煌めきがハッキリ見えるようだ。入道雲が青空を泳ぐ様子は少し前まで戦争をしていた事を忘れさせる。


「何故目の前に美しい風景があるのに敢えて抽象的に描くんですか?」

「絵描きとしての答えなら見た物を自分の感情や精神状態で表現しているからって言う所だが、俺の絵はちょっと違う。見てみろ」


 そう言われ絵をよく見てみるとやたらと暖色が多い。小川に青い木々に雲と空のコントラスト。実際の風景には青や緑、白といった色が目立つのに、絵ではそれらが異様に少ない。まるで夕焼けを描いているようだ。


「まるで、これからやって来る夕方の景色のような……」

「惜しいな」


 オットーは椅子の下に置いていた小さな瓶を手にするとグイッと喉を鳴らした。どうせ酒だろう。


「俺の絵は占いみたいなもんなのさ」

「絵で占いですか? 描き手の匙加減なような……」

「俺だけが使える魔法は俺でも制御不能でな、手が勝手に未来を描いちまう。それを俺が見て、読むのさ」

「じゃあやはり貴方の匙加減じゃないですか」

「……ハハッ! そゆこと」


 少しふざけた声色でそれだけ言うとオットーは軽い掛け声と共に椅子から立ち上がり、帰り支度を始めた。

 未来を描いた絵、そう言われてから再び絵を見る。私にはただただカンバスに赤やオレンジのグラデーションや幾つかの丸や三角が描かれてるだけにしか見えない。オットーはこの曖昧な記号から未来を占うというのか。にわかには信じがたかったが、賢者の地位を与えられ、まとめ役として王に重宝される存在ならその占いも当たるのだろう。


「この絵の下に描かれてるのは人、ですかね」

「ん? ふむ、そうかもな。そんな事より、お前は絵というものをどういうもんだと思う?」


 何か気に触る事を言っただろうか。何を意図しての質問なのだろう。絵とは何か、そんな事生まれて一度も考えた事が無かった。人形の設計図やラフなんかを描く事はあれど、それは人形作りの過程でしかなく、絵そのものを突き詰めて描いたことはない。


「人の感性の結晶……ですかね」

「美しい例えだ。そういう言い方も出来るんだな」


 酒が回ってきたのかご機嫌そうに目を細め軽口を叩くオットーに少しムッとしたが、お互い様かとグッと堪える。


「では、貴方はなんと例えるんですか」

「ウ・ソ」

「嘘?」


 オットーは再び酒を煽ると、満足そうに頷いた。


「生き物の中で嘘をつくのは人間だけと聞くが、俺達芸術家なんてのは特に嘘つきなのさ。毎日カンバスの上で嘘をつく。醜い現実を見目麗しく着飾ってやるんだ。それで飯にありついている。この嘘は俺達にしかつけねぇ〝綺麗な嘘〟なのさ」


 酒が入り饒舌に、雄弁に語るその姿に、私は感化されたのか、もどかしい気持ちが込み上げてきた。


「嘘……人にしか……ふむ」

「あ? なんだ急に真面目な顔しおってからに」

「私はいつも真面目で……あ!」


 湧き上がったアイデアに声が跳ねた。この閃きが風化する前にと、足は工房へと向かっていた。長年ろくに運動などしていなかった私の足は直ぐさま悲鳴を上げたが些細な事だ。

 魔導人形をただ命令に従うだけの物にしていては人の姿である必要は無いのだ。


 橋の上での会話の半年後、エルフの森が焼き尽くされるとはこの時の私は知る由もなかった。


 3


 私の次なる目標、それはより人に近い知性を持ち、自分で考え、自分で学び、様々な仕事に適応して人の為に働ける人形。その試作品が完成した。三百一号、ミレイだ。


 作業台の上で座り、眠るように瞼を閉じている眠り王子の頬を撫でる。

 最後の仕上げだ。私は詠唱と共に全霊の魔力を核に注ぐ。


「我が宿す。世界泉の理に従いて、我が声によって形を成せ。赤き石よ、糸を紡ぎ、我が力を知に変え宿せ! 目覚めよ! 〝フェルシュングレーベン!〟」


 知識を蓄え、深き瞑想の果てに見つけ出す魔法の源とされる世界泉から、己の魔力と詠唱を持って奇跡を掬い取り、現実に奇跡を起こす魔法使いの業。

 世界泉から掬い上げた情報という水と、私の知識という血が混ざり合い、雫となって私の望みは成就する。

 内から魔力の淡い光を放つ核を人形の体に嵌め込む。すると人形の体全体が一瞬明滅し、そして、人形は瞼を開いた。


「あ……う……?」

「よく目覚めた。これからよろしくな、ミレイ」


 まだ上手く喋れず、小さく震えながら私を見上げるミレイの頭を優しく撫でた。

 この人形を元に魔法を改良し、量産した人形で、きっとこの国は豊かになる。そう信じて疑わなかった。


 そう信じて疑わず、ミレイに教育を施しながら人形を量産する。そんな一年を過ごした。


 4


 私の望み、それは人々の暮らしが豊かになる事、その一点に尽きる。しかし、しかし神よ、私の望みは叶わないのか。


「ええい! なんて事をしてくれた!」


 魔法省の長官室で私はカリューに殴り飛ばされた。

 壁に頭を強か打ちつけ、ワインレッドの絨毯に倒れ込む。


「何をするんですか!」


 私の傍で控えていたミレイが声を荒らげると、立ち上がろうとする私に駆け寄り肩を貸してくれた。


「黙れ人形! 玩具風情が喋るな!」

「落ち着けカリュー」


 革張りの長椅子に腰掛けていたオットーがカリューの急な暴力を目の当たりにし立ち上がる。オットーの制止で私への追撃は諦めたのか、カリューは私とミレイを害虫を見るかのような目で見下した。


「満足かベルマン。お前が作った魔導人形は正に人間の為に働く優秀な存在になった。人間以上に優秀だ――」


 カリューは部屋の窓から城下町を見下ろす。そこには人形達に職を奪われた労働階級者が、工具や農具などを持って国や貴族達を相手にデモ行進の列があった。


「――人間そのものが不要になる程にな!」


 カリューの怒気が部屋中に響き渡る。


「道具は所詮道具に過ぎん。自発的に学び、考え、工夫し、人間以上に働くお前の魔導人形は目先の繁栄の為に国全体に怠惰を生み、堕落させた!」

「まあ待て、ベルマンも国の為を想っていたのは間違いではないのだから」


 私を庇うオットーにカリューが噛みつく。


「大体私は最初から反対だったのだ! 道具に人間のような振る舞いをさせるなど! なまじ情を抱く者が出て、人形に人権なんぞ訴える愚か者まで現れている。人形は所詮人形にすぎん!」

「しかし彼らは自分で考える意思を持って……」

「傲慢な森の長耳共が我が国独自の魔法を独占する姿勢に痺れを切らし、我が国に戦争を仕掛けてきた時、オークの時同様に人形を出撃させた。そしたらどうだ!」


 カリューは自分の机から数枚の書類を取り出し、私の顔面に投げつけ怒鳴る。


「村制圧後の後続部隊からの報告書だ」


 そう言われ目を通す。そこには人形達が非戦闘員である女子供を虐殺した上、部隊員からの制止命令を〝将来的に敵となる子供や子供を生む女をどうして生かす必要があるのか〟と非人道的な言い分を述べて虐殺の手を緩めなかった為、部隊長を呼び停戦命令を下して殺戮行動を止めたが、それでも止まらない個体がいた為、該当個体はその場で破壊したが部隊内にも負傷者が出たと記されていた。


「そんな馬鹿な……」

「人間同士でも国が違えば価値観が変わる。人形に人間の倫理観が理解出来ると思ったのか? お前は人間もどきを作って神にでもなったつもりだろうが、人の姿を模した化け物を人間社会に放り込んだだけだ!」

「化け物……」

「魔法省の機材に魔導人形の導入を認めなかったのは私情では無い! お前の人形のせいで路頭に迷う者が現れるのだ。分かるか!」

「僕達は、人が暮らしやすくする為に作られたんです」

「黙れと言った筈だ。人の命令が聞けんのか不良品フォウティーズ


 怒鳴るカリューを尻目に、オットーも窓から街を見下ろして呟く。


「デモ隊の連中は人間だ。騒ぎが大きくなれば王が導入した魔導人形部隊によって鎮圧されるだろう」

「私の作った人形が国民を傷つけてしまう」

「傷つけるどころでは無い。最悪死人が出る」


 こんな、こんな事になるなんて思わなかったんだ。私は、人が不幸になる為に魔導人形を作ったんじゃない!


『他人の使い方に口出しするくらいなら、最初から誰にも渡さなければ良かったじゃないか』


 オットーの言葉が脳裏に蘇る。ああ、確かにそうだ。オーク討伐の時には人形の全てが戦場で爆破された。だが、今となっては弟子の手伝いもあり国中に普及している。今更どうすれば……。


「ベルマンを責めるのもいいが、そういうお嬢さんは何か手を考えているのかね? まさか賢者でありながら何も考えてない訳ではあるまい」


 試すような物言いをするオットーにカリューは冷たく鼻で笑った。


「私の魔法は磁力で金属を操るものだ。私が街中で人形を破壊しようとすれば二次被害が甚大なものになるだろう」

「壊すんですか」


 口を開いたのはミレイだ。忌々しげにカリューは舌打ちをすると、諦めたように溜息を漏らした。


「人より人形を大層気に入っている暗君に人形廃止を訴えても無駄なら、強硬策に出るしかない。人形に仕事を任せる怠惰な愚民が利益を得て、働きたいのに働けない民が飢えていく不条理な国に未来などあるものか!」


 本当に、人形を破壊するしかないのか……。

 頭を抱えそうになった時、不意に視界の端から何かが飛び出した。


「僕は、死にたくない!」


 ミレイだ! 急に叫び出したかと思えばいつの間にか私が腰に差していた護身用のナイフを盗み、カリューに飛びかかったのだ!

 死にたくない……だって?


「ただの人形でいれば壊されなかったものを!」


 カリューは飛びかかってくるミレイに向かい手を翳す。するとミレイの手からナイフがすっぽ抜け、中空で回転するとミレイの手の甲を射抜き、小さな体を宙にぶら下げた。そのままナイフに引っ張られるようにして壁まで飛ばされ、壁に突き刺さる。魔法の範囲が広いのか、別の壁に飾られていた美術品の剣がカタカタと震え、ナイフに続いて飛び出した。


「ミレイやめろ!」


 慌てて叫んだが遅かった。

 四本の剣が真っ直ぐミレイに向かって飛ぶと固いものが砕ける音が鳴り響いた。足、腹、肩、そして頭に、刃がめり込み貫通している。

 ミレイは震える目で私を見た。


「マス、ター……」

「くっ……!」


 まだ動くミレイに下唇を噛むカリュー。

 私達が部屋に入る前に魔法で室内の磁力を操っていたのだろう。話している間、物を動かさないようにして。つまり奇襲に備えていたという事だ。それだけ人形に不信感を抱いていたのか。

 だが、その不信感は私も芽生えた。芽生えてしまったのだ。


「胸を破壊しなければならないか」


 冷静に言い放つカリューに私は何も言えず、止める事も躊躇った。私は、間違ってしまったのだから。私に破壊の魔法が扱えれば、せめてケジメとして私がトドメを刺したかった。無力な自分を呪うしか出来なかった。

 カリューの纏うマントが風も無いのに激しくはためくと、裏地から黒い何かが飛び出した。砂状の何かが羽虫の群れの如く宙を漂うと急速にひとつの意思に導かれるように一塊の玉と化した。

 それが砂鉄の塊だと気付いた時、玉は信じられない速度でミレイに突っ込んでいき、一瞬刺さっていた剣やナイフが玉に引っ張られてミレイの体が玉に引かれた。それはまるで自ら玉に当たりに行っているかのようだった。

 激しい轟音と煙を放ち、壁は見るも無惨に砕け大穴が開いた。ミレイに至っては木っ端微塵でどれがどのパーツだったか判別出来ない程だった。


 膝から崩れ落ちる私の肩に何かが触れた。

 私は放心していたのか、その手がオットーのものだと把握したのは彼が近くで声をかけてくれてからだった。


「やり直せばいい、何度でも」

「オットーさん」


 いつの間にか部屋にカリューの姿は無く、魔法省内は静まり返っている。きっと、破壊しに行ったのだ。全てを。

 状況を読み取った私は身体中が震えだした。目の奥が熱い。指が震えて自分のものじゃないみたいだ。鼻水と涙が絨毯に染みを作るのを歪んだ視界で見つめる。


「人形より人間が優秀になればいい。ベルマン、人間は可能性に満ちている。今は泣いても良いし、カリューを恨んでも良い。だが、それで終わりは無しだ」

「私は、やり直せるでしょうか」

「求めよ、だが与えられると思うな。人生何が起こるか分からん。故に良い方向へ向かおうとするなら強い意志を持つんだ」


 顔を見ずともオットーが笑みを浮かべているのが分かった。私は力を振り絞り涙を拭った。


「ベルマン。お前はこれから真の賢者になる」

「真の、賢者……?」


 オットーの顔を見上げると、彼は顔の皺を深くさせ優しい笑みを浮かべる。


「賢き者とは、常に挑戦を続ける者をいう。自分が間違ったと思うのならば、間違わないように挑戦し続けろ」

「オットーさん……ありがとう、ございます……う、うぅ」


 私は彼が賢者と呼ばれるのは優秀な魔法使いだからだと思っていた。だがそれは違うと思った。泣き崩れる私の傍に、彼はずっといてくれた。

 遠くで鳴り響く激しい破壊音、伝わる地響き。カリューによる大破壊が始まったのだろう。きっとこの国は衰退する。だが、それは新たな始まりを意味する事だろう。


 5


 大破壊から数ヶ月。

 半壊した王城と焼却待ちの壊れた人形の山を眺めていた。

 人々が魔導人形を恐れた理由、それはただ自分達より優秀な存在が現れたからではなく、生きる価値を、尊厳を、他者からの評価を失いかけたからだろう。例え自分が自分を評価しても、他者から価値があると思われなければ社会の中で生きていけないのだから。

 私は全てをあの日に失った。だが、まだ生きている。


「おーいベルマン! 絵の具を切らしちまった。買い出し行くぞー!」


 新たな住処の階下から聞こえてきた嗄れた声を聞き、ゆっくり立ち上がる。そう、ゆっくりでいい。焦らなくていい。確実に前へ、小さくてもいい。


「また帰りに飲むんですか?」

「またっつーな。今日はお前に筆を持たせてやる。人形に化粧してたんなら絵くらい描けるだろ?」

「物が違い過ぎますよ。でも、頑張ります」

「おう、お手並み拝見といこうじゃないか」


 犯した過ちを無かった事にする事なんて出来ない。その過ち全てがあって現在いまがあるのだから。

 挑戦し続けるしかない。

 価値を産む為に。

 人の価値を信じる為に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

境界線上の人形達《ドールズ》 夢想曲 @Traeumerei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ