俺と義妹、すれ違い。






「ホントに、間宮には参ったもんだよな……」

「そ、そうですね!」




 帰り道の途中、俺と涼香は先ほどの一件について話していた。

 間宮の馬鹿な悪戯はいまに始まったことではない。だけど、今回のやつについては別格だ。とにかく心臓に悪いというか、一歩間違えれば道を踏み外しかねなかった。

 そう思っていると、義妹がぽそり、とこう口にする。



「ねぇ、義兄さん? 貴方は、どう思っていますか」

「どう思ってる、だって?」



 夕日に照らされた彼女の白く綺麗な頬。

 赤く染まったそれに俺は思わず見惚れたが、すぐに質問のことに気持ちを切り替えた。そして少し考えてから、額に手を当てながら答える。



「どう……って、困ったよ」

「困った、というのは……私に、ですか?」

「え……?」



 すると何やら、涼香の様子が変わった気がした。

 俺は首を傾げてしまう。義妹はいったい、なにが言いたいのだろうか。

 そう考えていると彼女は数歩先に駆けて行ってから、こちらを振り返って笑った。




「なんでもないでーすっ!」――と。




 珍しく、舌をペロッと出しながら。

 まるで俺がなにか、重要なものを取りこぼしたかのように。いや、そう感じているのは俺だけかもしれなかったけど、とにかく涼香はいつになく綺麗だった。

 それにまた魅了されていると、彼女はこちらに駆け寄ってきて手を取る。

 そして、手を引いて走り出すのだった。



「どうしたんだよ、涼香!?」

「なんでもないです! えへへ!」



 義妹は笑っている。

 なにが、そんなにおかしいのだろう。

 その理由は結局分からなかった。でも――。





「…………」





 俺の手を握る彼女のそれは、いつになく強く感じる。

 小さな可愛らしい手に俺は目を奪われつつ、しっかりと握り返した。









 ――その日の夜。

 涼香は一人になって、ぼんやりと夜空を見上げていた。

 そして、今日の放課後にあった出来事を思い返す。志保は冗談だと言っていたが、彼女にとっては一世一代の告白であったように思われた。

 そう、間違いない。

 自分は義兄に対して、義妹として以上の感情を抱いていた。




「……大好き」




 彼と繋いだ手をじっと見つめ、少女は呟く。

 いつだったか、彼に獲ってもらったぬいぐるみを抱きしめて。




「義兄さん、大好きです」




 彼には届くことのない告白を。

 それが届かないと、そう思っていても……。




 





 俺は真っ暗な部屋の中で、ベッドに寝転びながら考える。

 自分は果たして、涼香にとって『良き兄』であれているだろうか、と。



「今日は危なかった……」



 放課後のことを思い出した。

 あの時自分は、もう少しで義妹のことを抱きしめるところだったのだ。それはきっと『兄』としての行いではなくて、ただ『異性』としてのそれだったろう。

 だからこそ、危なかった、と思うのだった。



「でも、涼香はどういう気持ちだったんだろう」



 あの瞬間の彼女は、今までに見たことのない表情をしていた気がする。

 小さな頃からずっと一緒にいるのに、知らない表情だ。もしかしたら一時の熱に浮かされていたのかもしれない。いや、あるいは――。




「……駄目だ。調子に乗るな、俺」




 そこまで考えてから、自分に言い聞かせた。

 俺はあくまで、涼香にとっての『良い兄』でいると決めたのだから。

 野球を諦めることになって、腐っていた自分を救ってくれた大切な義妹のために。せめて『兄として』は立派であろうと、そう誓ったのだから。




 そうして、その夜はいつものように更けていく。

 ただ少しだけ、ほんの少しだけほろ苦い気持ちになるのだった。




 

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