俺と義妹、そして悪ノリする友人。









「はぁ……どうすっかな」



 一日は何事もなく過ぎ去って、放課後になった。

 平穏なのは良いことだが、いかんせん状況が状況である。このような時に何事もなければ、それは嵐の前の静けさ、というやつにしか思えなかった。そう思いながら、俺は下駄箱の中を覗き込んだ。すると、そこにはやはり――。



「誰だよ……!」



 ――面倒事が入っていた。

 可愛らしい便箋に、ハートマークのシールが貼られている。

 一見して即席のラブレター、という感じだろう。しかし自慢ではないが、俺は決してモテる方ではない。平々凡々で、このような経験はいままで一度もしたことがなかった。

 だから、最初に思い浮かんだのは『罠』という可能性。



「差出人は、書いてないな。……で、放課後に『校舎裏に』ということか」



 警戒心最大の状態でそれを睨み、俺は周囲に男子生徒がいないか確かめた。

 あるいは、からかい癖のある間宮もあり得るだろう。様々な可能性をシミュレーションし、だがひとまず該当するものはなかった。

 そうなってくると、次のパターンは――待ち伏せての嘘告白。

 正直にいえば、これが一番可能性が高かった。



「んー……まぁ、涼香も少し遅れる、って連絡あったし」



 笑い話の種にでもなればいいか。

 そう思って、俺は小さくため息をつくのだった。









 そんなこんなで、やってきました校舎裏。

 俺は日陰の目立たない場所で、スマホをいじりながら立ち尽くしていた。指定の時間はもうすぐ、しかし周囲に怪しい人影は見当たらない。

 これは第三の可能性――完全放置パターン、か。

 などと考えていると、聞き馴染みのある女の子の声がした。




「お、お待たせしました。……義兄さん」

「涼香……?」




 その人物というのも、我が最愛の義妹である涼香。

 彼女は緊張した面持ちで、何度か深呼吸をしてからこう言った。



「きてくださって私、とても嬉しいです!」

「お、おう……」



 そして、胸に手を当てて。

 ゆっくりと、一歩ずつこちらへ歩み寄りながら。




「私、義兄さんに伝えないといけないことが、あります!」




 なにやら、意を決したように。

 いつになく真剣な声色で、涼香はこう言うのだった。





「義兄さんは、私のこと……どう思っていますか?」

「え……?」





 それは、思わぬ言葉で。

 俺はつい何も返せず、沈黙を作ってしまった。すると、




「私は、義兄さんにとても感謝しています。それに――」




 彼女は、潤んだ瞳で俺に告げるのだ。





「心から、義兄さんのことを愛しています」――と。





 頬を赤らめ、今にも泣き出しそうな顔になりながら。


 それは出会って初めて見る表情。

 義妹の、ただ一人の女の子としての顔だった。



 

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