第16話 第三章 苦悩の日々

  もう終わりだと思った私を、先生は見捨てずに拾ってくれた。都会に出て六年目で初めて人の情と温もりを感じた。私はそんな先生の為、そして自分の為に必死でラジオ局を廻った。地方のローカル放送、有線放送と、またレコード店へも足を運んだ。知る限りの局を廻り売り込んだ。

「確か貴女は矢羽美咲さんとか言ったね。次は演歌なの……売れるとは思えないけどねぇ、歌もあまり上手く……いや失敬。まあ昔のよしみだ。その辺に置いて行きなよ」

 歌は下手なんだろうと言いたかったのは分かっている。言われても仕方がない事実下手だったんだから、分かってはいるが一応歌手の端くれ屈辱以外の何ものでもない。

 曲をラジオで流してくれる保証はどこにもないが、デモテープを置いてくれるだけマシな方だった。たいがいは門前払いだ。売れている頃は『人気歌手、矢羽美咲さんご来店』など店先にノボリまで立てる。応接室に通してケーキと紅茶など出してくれたものだ。掌を返すとはこの事かも知れない。芸能界は売れてナンボの世界だ。それを改めて思い知らされた。


 悔しい、空しい、切ない、哀れ、屈辱どれほどの形容詞を並べれば良いのだろうか。今の美咲には総てが当て嵌まる。街を歩けば顔だけは知られているようで決まって陰口を叩かれる。コンビニでカップラーメンを買う私を、みんな哀れな目で見ている。恥ずかしくて外にも出られない。変装して、そっと隠れるように買い物に出掛ける情けなさ。

 夕張にいた頃の私なら誰もが普通の事だ。だが一度は芸能界で脚光を浴びたプライド が私の心の底に残っている。もう普通の娘に戻れない例えOLになろうとしても、やはり落ちぶれたアイドルとして付き纏うだろう。後戻りの出来ない私が居る。今思えば、あの原宿でスカウトされ、兄の交通事故で私の人生は一変した。兄も交通事故に合う事がなかったら、私は夕張の何処かの会社に勤め、恋して青春を楽しんでいたのだろうか。一度は世間に名前と顔は知れ渡った。落ちぶれても私の顏だけは指名手配犯のよう知れ渡っている。


つづく

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