第4話 説得する芸能プロダクションの人

 それから一カ月後、東京から芸能プロダクションの人が、わざわざ遠い田舎まで尋ねて来た。それ自体凄い事だ。原宿で名詞をくれたスカウトの人と責任者だろうか。芸能界に入らないかという二度目の誘いだ。母は最初、会おうともしなかったが相手は誠意を込めて対応てくる。会わなければ失礼だと渋々応じたのだった。

 特訓して歌手としてデビューさせるという夢のような話しだ。だが大人の世界、世間は表と裏がある事を先日、思い知らされされたばかりだ。特に上手い話には裏がある。話しことは何もないからと母は断ったのだ。だが彼等も東京からわざわざ来た。簡単に引き下がらない。私と母の説得に掛かった。


 普通、芸能プロダクションに入るには、養成学校に入り高い学費が必要となるらしい。しかし芸能事務所の人は、学費など費用一切免除その他に契約金として七百万円を用意すると言うのだ。まるでプロ野球のドラフト候補のような扱いだ。私は目の色が変わった。 

 勿論この時だけは金の為だった。これ以上家族に負担をかけたくない。七百万あれば兄と母は治療費を支払い当分は生活が出来る。私は母に、こんな良い話を断る理由がないと迫った。最初から騙すつもりならこんな、わざわざ東京から、こんな田舎に来るはずもないし高額な金を出す筈もない。そう思った結論だった。母はプロダクションの二人を待たせて私を別室に呼んだ。


「あなたねぇ何を考えているの? これじゃ七百万で売られるような物じゃない」

「確かにそんな気もするわ。けど兄ちゃんの入院費用やこれからの生活はどうするの。 それに上手く行けばスターも夢じゃないわ。心配なら先生に立ち会って貰い、大丈夫なら契約すれば良いでしょう。失敗したとしてもお金を取られる訳じゃないし。少しでも夢が叶えられるならそれも素敵な事じゃない」

 それでも不安な母はスカウトの人に質問した。

 「貴方がたはそんな大金まで出して美咲が必要ですか? 美咲はそれほどの価値があるのですか」


 「お母さん、勿論です。でなければ東京から夕張まで来ませんよ。正直七百万もの大金を上司に出させたのも美咲さんなら売れると読んだからです。私達だってスカウトで飯を食っています。売れなければ私たちも首が飛びますよ。ですから真剣なのです。美咲さんを原宿で見かけた時にピンと来ました。美咲さんには何とも言えない魅力があります。どうか私達に任せてください。きっと立派に育て上げますから」

 見事な口説き文句だ。確か高額な金まで出して誘うのだからスカウトマンは商売、売れなければ最悪クビが飛ぶ世界、いわば美咲とスカウトマンは一蓮托生の仲となる。


つづく

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