二十四話 伝説のお話

「頼む、このとおり。僕から有紗を奪わないでくれ」


 僕は大きく頭を下げる。ここまでしたのは生まれて初めてだ。


「あのさ、私たちに頭下げたってしかたないでしょ」


「いや、それは分かってるんだけどね。ちょっと練習も兼ねて」


「なんで、平が謝る前提なのよ」


 午後7時のファミレス。有紗を送って田中さんと慎吾に悩みを聞いてもらうため、呼んだのだ。


 注文を取りに来るウエイトレスに田中さんは、メニューを指差す。


「ここのイチゴパフェ美味しいんだ」


 750円、正直アルバイトをしていない僕には痛い出費だ。奢ってやるなんて言わなきゃ良かった。


「じゃあ、僕はこのサンドイッチで……」


 隣に座る慎吾も当たり前のように注文する。なんでも頼んでくれとは言ったが、少しは遠慮すると思ってた。


「えと、僕はコーヒーをお願いします」


 チラッと注文リストを裏返すと1750円と書いてあった。しばらく、有紗とお家デートになってしまうかな。


「で? 一位取れなきゃ有紗が取られる? あなたがついてて何やってんの?」


 田中さんは予想通り、怒りを露わにした。


「だから、さっきから何度も言ってるじゃないですか。有紗が太一の許嫁にならない条件がそれなんだって」


「ふざけないでよ。それをあんたは『はい、そうですか』ってノコノコ帰って来たの?」


「だって他に方法ないですよ。太一だけじゃなくてお爺さんも絡んでるんだからさ」


 田中さんはパフェのイチゴを食べながら、神妙な顔つきになる。


「その話、会長も絡んでるの。それは厄介だね」


 今までの和らいだ田中さんの空気がキュッと引き締まったような気がした。


「有紗のお爺さんってやばいのか?」


「ここら辺で埼都線の会長と言ったら大人なら知らないものはいないからね。バブル期にこの辺りの土地を買い漁り鉄道と、土地で大儲けした地元の有力者だよ」


「有紗の家って大きな屋敷だけど、そんなに金持ちなの?」


「金持ちって言うレベルじゃないよ。会長は政財界にも顔が利く、裏の政治家とも言われてるんだから」


「でもよ、田中さん。じゃあ平の恋はどうにもならないって言うのかよ?」


「うーん、そうねぇ」


 田中さんは肩肘をついてパフェのスプーンを僕の方に近づけた。


「食べる?」


「えっ?」


「ちょ、待ってくださいよ。田中さん」


「どうしたの? 朝倉くん」

 

「いや、間接キ、キキキ」


 田中さんは慎吾の方をチラッと見る。スプーンを自分の口に持って行って食べた。


「冗談……」


「やめて下さいよ。そう言うのは心臓に悪いと言うか」


「なんで、朝倉くんの心臓に悪いの?」


「いや、なんでもないです」


 田中さんは本当に分かってないのかな。慎吾、無茶苦茶アピールしてると思うんだけど。


「有紗、奪っちゃう?」


 田中さんの言葉にドキッとする。それが出来るなら、もうとっくに連れ出してるよ。

 

「無理ですよ。そりゃ僕の家でかくまうことはできるとは思いますよ。でも、捜索願い出されたら、立場が弱いと言うか……」


「まっ、それもそうかな。同棲するには早いし」


「ど、どどどっ……、同棲!?」


「何、どもってるのよ。もしもの時は連れ出す覚悟が必要でしょ。それとも太一に奪われるのを笑いながら見送るの?」


「そんなの嫌だ!」


「でしょう。ただ、もしもの時は置いておいて、今よね」


 田中さんは最後のパフェを口に含む。


「やっぱり、ここのパフェ最高!」


「最高はいいですけども、何かいい案あるんですか?」


「案じゃないんだけどね。昔々のお話」

 

「お伽話とぎばなししてる暇はないですよ……、何もないなら一人で考えます」


 田中さんはパフェを横によけて、顔を乗り出してきた。


「お伽話じゃないんだ。あったかもしれない学校に伝わるラブストーリーだよ」


「なんですか、そのベタな恋愛ゲームみたいなネーミングは?」


「それよりは現実的だよ」


「まあ、いいけど。それって本当の話なんですか?」


「そこはわたしも噂話程度に聞いたくらいだからね」


 田中さんは、ゆったりとしたテンポで子供達に読み聞かせるように話し出した。


「それはあったかも知らないし、はたまたなかったかも知れないラブストーリー。随分昔の話だけどね。うちの学校に頭の良いお嬢様と成績はイマイチだけど、とっても優しい男の子がいました」


 昔話なんか聞いてる暇はないんだけどな。興味なさそうな顔をしていると田中さんは不満そうな表情をする。


「ちゃんと聞いてよね。ここからがいいところなのだから。女の子のお父さんは付き合うことに大反対だったのよ。身分違いの恋。もう会うなって言われた。女の子には護衛の生徒がつけられ、男の子は話す機会さえ奪われたの」


 状況は違うが僕の置かれた立場に似ている。男の子も諦めるしかなかったのか。


「男の子はね。女の子のことが大好きだったから、女の子のお父さんに頭を下げて頼み込んだ。その時に出された条件がね」


 田中さんはそこで一旦区切ると僕と慎吾を嬉しそうに見た。


「どんな条件だったと思う?」


 隣に座る慎吾が神妙そうに腕を組む。


「もしかして、テストで一番取ったら、結婚していい、とか?」


「近いけどちょっと違うわね。テストで一位を取り続けるのならば、付き合って良いという条件だったの。それでね……」


 女の子って恋バナをする時、なぜこんなに嬉しそうなんだろうか。田中さんも恋する乙女のような表情でうっとりとしていた。


「その男の子は約束通り、ずっと首位を取り続けた。卒業まで一度も二位を譲ることなくね」


「ふたりはどうなったの?」


「ふたりは学校でも有名なオシドリ夫婦になった。男の子は一流大学を卒業してすぐ結婚したって聞くよ。もっともその男の子はサッカーインターハイ優勝経験者で、顔もかなり良かったらしいけどね」


「そこは僕とかなり違いますね」


「あはははっ、分かってるから言わなくてもいいよ。顔は好き好きだしね。有紗には君がイケメンに見えるらしいからさ」


「いや、スポーツの方ですけど」


「あはははっ、ごめんごめん」


 目の前の田中さんは手を叩いて笑った。失礼だなあ、まあそういう歯に絹を着せないところが、いかにも田中さんらしいが……。


 僕は田中さんの話を聞きながら、何かの切っ掛けになるかもしれない、と思った。


「ありがとう。その話、先生に確かめてみるよ」


「えっ、今から!」


「うんっ、先生の家近くだったはずだからさ」


 僕はいても立ってもいられなかった。


 2000円を田中さんに渡して、ファミレスを出る。こうしちゃいられない。中間テストまで残された時間はあまりないんだ。



―――――



あるかもわからない話を聞いても、現在の状況は変わらないはずです。


何か突破口が浮かんだのでしょうか。


いつも読んでくれてありがとう。


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