二十三話 どうしようもないこと

 もう一つの条件ってなんだよ。


 有紗は問題を作り、ノートを添削してくれる。


 貴重な時間を使ってまで、僕に勉強を教えてくれた。


 僕が中間テストで30位以内を取ることだけが条件であれば、それでいい。


「どうしたの? 浮かない顔してぇ」


 有紗が赤ペンを置き、僕の顔を覗き込んだ。


「有紗、教えてもらった条件以外で何か隠してない?」


「えと、それは平くんには気にしなくていいことなんだよっ」


 僕の言葉に有紗が焦ったような顔をする。


「僕が30位以内に入れれば、その条件は無視していいってことだよね」


「それはっ」


 今日の有紗は、いつになく歯切れが悪い。


「最後の条件って何? 僕は有紗の彼氏だよね。彼氏だったら有紗の悩みに寄り添いたい」


 有紗の戸惑いの表情から、最後の条件こそが一番重要だと理解する。


 僕に言わないってことは、その条件は僕のことではないのだろう。


「有紗好きだよ」


「わたしも、大好きっ」


「なら、ふたりの間に隠し事は無しだよ」


「でもぉ、最後の条件は、どうしようもないからっ……」


 太一が有紗に話した台詞から、なんとなく予感はあった。


 有紗の不安げに揺れる瞳を見て、なんとなくが確信に変わっていく。


「当てよっか」


「えっ? もしかして分かっちゃったっ?」


 有紗は僕の顔を今までより、ずっと困った顔で見つめる。これ以上、隠しきれないと観念した表情だ。


「分かったよ、言うねっ。太一の出した条件はね」


 やはり、恐れていたことだった。


「わたしが中間テストで一位を取ることなんだよっ」


 30番以内の条件は、後づけだったのだ。学年トップになれば有紗は、自分より優れた人と結婚する理由がなくなる。


「有紗と太一の成績は、毎回張り出されてたから知ってるよ」


 太一と有紗は必ず並んで張り出されていた。


 一位の太一と二位の有紗。ほぼ満点近い太一に比べると有紗の成績は、正直劣る。


「あはははっ、本当ごめん。凄い現実逃避してるの、わたしっ」


 有紗は僕に背を向け、小さく震えた。可哀想に泣いてるのか、僕はその肩に触れる。その姿はあまりにも脆い。今のままでは有紗は太一にきっと勝てない。


 僕がそう確信するくらい太一は成績が良かった。


 ケアレスミス以外で太一が間違うことなど、あり得ない。


「なんとかならないの。その条件を緩和してもらうとかさ」


 有紗は首をゆっくりと左右に振った。


「ごめんね、これは太一の問題じゃなくて、お爺さんが絡んでるのっ」


「説得することはできないの? 僕も少しでも順位上げるからさ」

 

「無理だよ。お爺さんの条件は、最高学府に入ること。そのために太一が選ばれたの」


 有紗は僕の部屋の窓からじっと遠くの景色を眺めた。


「わたしは囚われの身なの。きっと、太一と付き合うしかないっ」


 有紗は僕に抱きつく。そっと抱きしめてあげると、おでこを押し付けてきた。


「今だけでいい。どうせ、わたしは太一のお嫁さんになるしないんだっ」


「なら、どうして僕に勉強を教えてくれてたの?」

  

 そうだ。有紗が勝たなければ、僕の順位なんて関係なくなるんだから。


「平が好きだからだよっ」


「えっ?」


 意味がわからなかった。


「別に勉強じゃなくても良かったっ。ちょうど太一が変な条件付け加えたから、それを利用したんだっ。わたしは平と一緒にいたかっただけだよっ」


 一ヶ月の限られた期限付きの恋人。有紗はそれを望んだのか。


「なぁ、諦めたら何も始まらないよ。一緒に成績上げる努力をしようよ」


「わたしだって一年間、なんの努力もしなかったわけじゃなかったんだよっ。一位を取ろうと必死に頑張った。でも無理だった」


 立ちはだかる壁があまりにも高すぎるのか。


「おかしいと思ってたんだっ。中学からずっと首位だった太一が、名門私立に行かないで、平凡なこの高校を選んだんだよっ」


 そうか太一は有紗といるために、この学校を選んだのか。


 今回、有紗が成績で太一を超えることはできない。あまりにも過酷な現実を突きつけられる。


「僕は期限付きで付き合いたくない。有紗のこと大好きだ。ずっと一緒にいたい」


「わたしもだよっ。でも、高校生のわたしには何もできないっ」


 有紗が逃れるためには、冬月家から飛び出すしか方法がない。でも、それすら不可能だろう。飛び出しても、捜索願いを出されればおしまいだ。


 高校生の有紗には、逃げることさえできないのだ。なら……、考えを改めるしかない。


「もう少し考えてみようよ。でも、今日はとりあえず勉強しようか」


 僕が話題を変えると有紗の表情がパッと明るくなる。


「そうだよねっ。頑張ろっ! 30位に入ったら。その日とっておきのプレゼントあるからねっ」


 嬉しそうにはにかむ有紗。なけなしの決意を知ると胸がえぐられるほど痛い。勝てないならば、初めてだけはもらって欲しいと思ったのか。


 なんとかしないと。僕は打開するためなら、なんだってしよう。


 有紗となら、海で心中したって構わない。




―――――


最後に不穏な考えが出てドキッとします?


さてはて、どうやるのとやら。


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