二十一話 病院にて

 あれ、ここはどこだ?


 遠くで僕を呼ぶ声がする。目の前に大きな川があって、向こう岸から可愛いお姉さん達がおいでと手招きしていた。


 川を渡ろうかと歩き出すと、後ろから声がする。


「平くん、ねっ、平くん!」


 この声は……、有紗!?


 僕は川を渡るのをやめて、振り返る。覚醒していく意識の中に声が響いた。


「兄貴、早く起きろ。冬月さん帰れないでしょ」


 目を開けると泣きそうな有紗の顔が視界を覆っていた。女の子特有のいい匂いが鼻を刺激する。元気になってないか、シーツの下から思わず確認した。やばっ、ちょっと危なかった。


「有紗、怪我はない?」


「わたしは何もされてないでしょっ。それより平くん、大丈夫、痛くない?」


「大丈夫、大丈夫。こいつ意外に頑丈だからさ」


 有紗の向こうから妹の由美が覗き込んできた。と言うかここは、病院か?


 周りを見渡すと、栄養剤の点滴が横に置かれた白いベッドに寝ていた。どのくらい気を失っていたのだろう。右手の時計を見ると19時を少し回ったところだった。


「門限、大丈夫?」


「帰ったら怒られるかも。久美に口裏合わせてもらったけどね」


 今気づいたが、有紗の隣には男の警察官が座っていた。


「起きたね。身体は痛くない? 大丈夫?」


 ニッコリと笑いかけて、僕を見る。二十代半ばだろうか。


「有紗、これは?」


「さすがに階段から転げ落ちてって言うのは無理あるよぉ。それに目撃者だっているんだよぉ」


「医師の診断では口内が少し切れているけれど、特に傷跡が残るようなことはないらしい」


「近くのおばさんが警察を呼んでくれたんだけどね。どうするぅ?」


 どうすると言うのは暴行事件にするか、と言うことだろう。親告罪ではないが、現行犯ではないから被害届を出さなければいい。


「暴行事件にはしません」


「平、ごめん。その判断待ってくれるかなぁ」


 有紗は優しさだけじゃダメだよと言う表情をした。


「わたし、太一と一度話してから決めたい」


「危ぶないよ、有紗が殴られでもしたら大変だ」


「じゃあさ、わたしが言う通りに平くんが伝えてくれるぅ?」


 泣いていたのか。瞳の涙を拭いながら、ニッコリと笑う。


「どんな話をするのか聞かせてくれる?」


「うん、分かったっ。えとね、有紗に今後、自分から近づかないことを約束してくれたら、警察には言わないよっ、て言ってくれるぅ」


「えっ? でも、それじゃあ……」


「許嫁の件はお爺様とちゃんと話さないといけないよ。30位には入らないとダメな事は変わらないからね」


 要するにこの機会に太一との恋人関係を白紙に戻そうと言うことだ。


「暴力振るう人の側にいられないでしょっ」


「それはそうだけども、そんな条件飲むかな?」


「きっと大丈夫だよぉ。あいつもわたしと同じ……」


 顔を上げて窓の外をじっと見つめる。


屋敷に囚われた・・・・・・・身だからっ」


 警察官の男は、こちらの話がまとまったのを見て立ち上がった。


「もし、僕が暴行を目撃してたら、太一くんを逮捕するしかないだろうけどね。とりあえずは……、被害届出たら動くよ」


 僕の肩に手を置いて、可愛い彼女泣かせんなよ、と何度か肩を叩いて嬉しそうに部屋を出て行った。


「あの警官、かっこいいな」


「そうかなぁ、わたしは平くんの方がカッコいいよぉ」


「一方的に殴られたのに?」


 妹の由美が不思議そうに話に割って入った。


「わざとね。そこが平くんの良いところだよ。あそこで殴ったら意味ないしぃ」


 うふふと笑う。


 三人で話をしていると、バタバタと走る足音が聞こえてきて、ガラッと扉が開く。


「ちょっと大丈夫なの? 殴られたって聞いたから慌てて飛んできたんだけどさ」


 母親が病室に入って、シップをした僕の顔をじっと見た。


「少しくらい殴られたほうが、マシになるかもね」


「叔母さまぁ、酷いですよぉ。平くんは元からカッコいいですからぁ」


「あらっ、あらっ。平、良かったわねぇ」


 母親は僕の顔を見てから有紗の顔をじっと見て、たで食う虫も好き好きだね、と小さく言ったのが口の動きで分かった。


「うっせえよ」


「あらっ、あんた耳いいのねぇ」


「えっ、叔母さまなんて言ったのですか? 教えてくださいよぉ」


 有紗は何回も教えてくださいよぉ、を連発した。母親は思い切り苦笑いだ。



―――――――



 結局、母親のせいで有紗を送り届けた頃には20時をちょっと回っていた。


「ほらっ、有紗。入るよ」


 待ってくれていたのか、田中さんが門の少し前にいた。


「それにしてもラブラブじゃん。どうなってるのよ」


「どうって……」


「知らなかったよ。一緒に勉強してたとか、図書館行ったとかさ。ちゃんと言ってよね」


「ちょっと久美ぃ。知らないふりしてくれるって言ったよねぇ」


「いや、ここはちゃんと言っとかないとさ」

 

 もしかして僕、東京湾に沈められる?


「平っ」


「あっ、なっ、何かな?」


「何ビビってんのよ」


「いやさ、田中さん、この前不穏な発言してたからさ」


 田中さんはあはははっ、と大声で笑う。


「心配するなって。父親には言わないよ。それよりさ」


 田中さんはここで話を一旦切って、僕の耳のそばで……。


「有紗のこと頼むな。いい娘だから絶対に泣かすなよ」


 顔を離して僕の方にウインクした。有紗の方に向き直り、さっ怒られに行こう、と有紗を押す。


「ちょっと久美ぃ。今何を言ったのよぉ」


「内緒だよ!」


「えーっ、何か変なこと言ってないよねぇ」


「多分、言ってないよ」


 悪戯ぽい笑顔の田中さん。


「多分って何よぉ、言ってなければいいんだけどねぇ。それじゃあ、平くんまた明日」


「うん、バイバイ」


 僕が手を振ると有紗は手を大きく振る。


「パフェ、よろしくね」


「わかってますってぇ」


 パフェをダシに呼び出したのか。現金だな、と思いながら僕はふたりの後ろ姿を見送った。


 何に対しても真っ直ぐな田中さんと一見ふわっとしてるように見えるけど、曲がったことが嫌いな有紗。


 改めて見ると実はよく似てるんだなあ、と僕は初めて思った。



―――――



平くん一歩前進しそうです!


災転じて福となす。


とは言ってもまだまだ色々ありそうですがね。



応援ありがとうございます。


いいね、フォロー待ってます。


星入れてくれてもいいんだよっ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る