第十四話 冬月さんの想い出

「冬月さん、送るよ」


「いいよぉ、そんなに遠くないし」


 有紗が申し訳なさそうに僕に言うとキッチンから出てきた母親が……。


「駄目よ、冬月さん。何かあったらどうするの。それこそ平だけじゃなくて、わたし、そして由美もどれだけ後悔するか分からないわ。ただでさえ目立つ容姿してるんだから気をつけないとね」


 と言う。続いて、妹の由美が冗談混じりに僕の方を悪そうな目で見た。


「兄貴の方が、送り狼にならないようにねえ」


「うるせぇ、なるわけないだろ」


「わっかんないよぉ」


「こらっ、由美。冬月さんが本気にしたらどうするのよ」


 心配そうな母親の顔に笑みを浮かべて有紗が返す。


「平くんのお母さん、大丈夫です。平くんがそんなことするわけないって知ってますから」


「へえ、うちの平のことよく知ってるようね」


「あはははっ、お母さんほどじゃありませんけどね」


 目の前の有紗が、僕のことをよく知っていると言うのは、流石に言いすぎだが、僕を信用してくれるのは、すごく嬉しい。


 勉強が終わり気がつくと18時半を少し回っていた。有紗の門限は19時なので、あまり時間がない。


「ほら、行くよ」


 僕が靴を履き替えて、玄関を開けると有紗も僕の後ろをついて家を出た。帰り際もう一度振り返り……。


「平くんのお母さん、今日はありがとうございました」


「また、いつでも来てね」


「はいっ」


 と元気に返事をして、僕の横に並んで歩く。


「いいお母さんだね」


 沈む夕日を背にニッコリと笑った。


「そうかな?」


「そうだよぉ。すごく優しいお母さんだよ。あーぁ、うちのお母さんが佐藤くんのお母さんだったら良かったのになぁ」


「煩わしいだけだよ」


「そんな事ないって。素晴らしい親子関係だと思うよ。わたしに取っては理想のね」


 遠い目を見るように僕に視線を向ける。僕の方を見ているが、視点が合っていない不思議な感じがした。


「冬月さんのお母さんは、優しくないの?」


「ないない。うちの家はお父さんが出て行ってから、毎日殺伐としてるよ」


 有紗は溜息混じりに呟いた。それよりも気になったのは……。


「お父さん、いないの?」


「うーん、正確には生きてはいるけどね。小学五年の夏休みに出て行ったきりだよ」


 僅かに寂しそうな表情をしながら、俯いた。


「お父さん、好きだったの?」


「そう思う?」


「冬月さんがお父さんの話をする時、寂しそうだったからさ」


「そっかぁ、確かに小さい時は毎日一緒にいたなぁ。本当に子煩悩なお父さんでね。優しかったなぁ。そうそう、有紗の名前はお父さんがつけてくれたんだって……、なのにね」


 それだけ言うと言葉を止めた。


「今は?」


「なぜ突然出て行ったんだろう。確かにお母さんと喧嘩することも多かったんだけどね。わたしのこと嫌いになったのかな」


 有紗は歩きながら、伏し目がちに僕を見た。瞳が憂いを湛えているのが見えた。瞳から雫が溢れ落ちそうだ。


「わたし、涙脆いんだ」


 右手で落ちかけた涙を拭う。その表情から有紗がどれだけお父さんが好きだったか気づいてしまった。


「大丈夫だよ。もし僕がお父さんの立場なら有紗を嫌いになるなんてないから。きっとお父さんも事情があるんだよ」


「そうだったらいいな。佐藤くんが言うならそんな気がしてきたよ、最近は忘れてたつもりだったけどなぁ、話してたら思い出してきたよ……会いたいなぁ」


「中間テスト終わったら、お父さん探してみようよ。ふたりで探したらきっと見つかるよ」


「いいの?」


 横を歩く有紗は、こちらをじっと見つめていた。僕の答えを待っているように見えた。


「その前に30番に入らないといけないけどね」


「うふふふ、なんかちょっと嬉しい。絶対、探そうね。約束だよ」


 有紗は右手の小指を僕に差し出した。


「ねっ、約束……、指切りしよっ」


 僕は有紗の小指に自分の小指を絡める。重ねた指に冷たさを感じた。


「あっ、ごめん。わたしの手かなり冷たいかも」


「いいよ、手の冷たい人は心が優しいって言うからさ」


「それ、完全に迷信だけどね」


 ふふっ、と笑う。迷信かもしれない、でもきっと有紗は心の優しい娘だと思った。


 指切りが終わると、有紗は数歩前に走る。


 こちらに振り返り、手を振りながら、


「絶対、30位以内入ろうね。他人が決めたルールなんかに絶対縛られるもんですかって」


 ルールとは何だろう。僕には有紗が言う言葉の意味は理解できなかったが、そんなこと気にする必要なんてないんだ。今は30位以内に入るだけだ。


「頑張るよ。絶対入るからさ」


「うん、その意気だよ。じゃあね。お母さん達に見られて色々と言われたら面倒だから、今日はここまででいいよ」


 有紗がいるところから、屋敷の正門までは20メートルくらいだ。このくらいの距離ならば、ここからでも屋敷に入る有紗を確認できる。


「分かった。ここで門の中に入るまで見てるからさ」


「分かった。見ててね。じゃあ、わたし行くから」


 そう言って、屋敷の方に向き直り数歩歩いて、もう一度こちらに振り返る。


「後さ……」


「どうしたの?」


「明日からは、久美に来させるから、佐藤くんは学校一人で行ってね。本当にごめん」


 有紗は手を合わせ、頭を下げた。そんなことか、と思った。ここまで僕と一緒にいる事を隠したがるのは、何か理由があるからだ。流石に無理は言えない。


「分かったよ」


 僕が一言だけ答えると、有紗はこっちをじっと眺めて……。


「その代わり毎日、勉強教えに行くねぇ」


 嬉しそうにそれだけ言うと、家に向かって走って行った。有紗が門に近づくと大きな門が音を立ててゆっくりと開く。


 そこに吸い込まれていくように有紗が一歩を踏み入れた。後ろ姿だから、どんな表情をしていたのか分からない。


 ただ、その姿がファンタジー小説で良くあるお城に囚われたお姫様と似ているような気がした。


―――――――


少しだけ核心部分に触れたのかな?


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