第一話 とってもかわいい冬月さん

「たいらーっ、ちょっと日直変わってくれねえかな」


「いいですけども」


「良かったぁ、今から約束があってよ。本当に助かったぜ」


 僕の名前は佐藤平。北鉾学園の高校二年生だ。日直の仕事は男女二名で行なうことになっている。


 朝礼、授業開始と終了、終礼時に起立、礼、着席の号令。


 そして、今僕がやっている簡単な清掃と黒板消しだ。基本ふたりと言ったが、さっきは一人しかいなかったな。女子の方は先に帰ってしまったのかな。


 僕は黒板を綺麗に消すと黒板消しをクリーナーで清掃し、掃除後にゴミなどが落ちていないかを確認した。


「おっ、平か。お前日直だったっけ、まあいいや。ちょっと手伝ってくれないか」


 担任の朝倉先生が誰かいないか教室を覗き込んで、ニッコリと笑った。







「これ、無茶苦茶、重くないですか?」


「だから、お前を呼んだんだ。助かったよ。机を運びなんて仕事、女子に頼めるわけねえしな」


「それにしてもあの図書館の長机、よく持ちましたねえ」


「やばかったんだぞ。真っ二つに割れないかヒヤヒヤしてたんだ」


 爽やかに笑う朝倉先生。実際起こってたら、冗談じゃ済まないけど。僕と先生は新しい机を図書館に配置して、古い机を運動場脇の道具入れに入れた。廃棄業者が来るまで仮置きするためだ。


「助かったよ。お前じゃなかったら嫌がるからな」


「僕だって嫌がらないわけじゃないです」


「まあまあ、そう言うなってよ」


 朝倉先生は僕の肩に手を置いて笑った。


「お前は何を頼んでも引き受けてくれるからな。先生助かってるよ」


「僕はこの性格、嫌いです」


「まあまあ、いい事あるって」


 僕は家に帰る道すがら、ふと考えてしまう。損な性格だよな。僕は人から頼み事をされると断れない。そして、僕にはもう一つ絶望的な特徴がある。


 人にはそれぞれ特徴がある。楽しい人、怖い人、泣き虫な人、暗い人。


 目立つ特徴もあれば、そうでない特徴もある。ただ、特徴のない人は、滅多にいない。17年ばかりの人生においても、僕みたいに特徴のない人を見たことがなかった。


 そう、僕は全てが平均的で、特徴がない。そんな僕に高校二年のクラス替え数日後に冬月さんが声をかけてきた。


「おはよー、今日からよろしくねぇ」


 教室に入ってくるや、僕を見つけると、冬月さんはニッコリ微笑んでそう言った。


 周りの男子の目が僕に突き刺さるのを感じる。クラスのふんわり系美少女と言われる冬月有紗さんが声をかけてくるなんて、槍でも降るのか。


 僕はなんとか一言だけ呟くように言った。


「どうも」


「声が小さい! やり直しだよ」


「えっと、どうも」


「佐藤平くん、よろしい」


 隣の席に座る冬月さんは悪戯ぽい笑みを浮かべ僕を見た。肩まで伸ばした黒髪、長いまつ毛、大きな切れ長の瞳、笑うとえくぼができて可愛い。天使のような美少女だ。


「それにしてもさ」


 目の前の冬月さんは人差し指を唇にあてて、悪戯ぽくニッコリと笑った。



「佐藤くんって前から思ってたんだけどね。確かに佐藤・・くんって感じがするよね」


「どう言う意味ですか」


「うーん、なんとなくだねぇ。山田くんでも川上くんでも、そして田中くんでもなく、佐藤くんって感じ」


「そんなもんですか?」


「そんなもんだよ。ちなみに佐藤って姓は、日本で一番多いんだって、凄いよね」


 佐藤と言う姓は、一番ありふれた姓だった。僕が佐藤と言うのもいかにも僕らしい。


「ねえ、有紗ぁ」


 この声は田中久美さんか。まだ、クラス替えがあって数日なのに冬月さんの周りには友達がたくさんいた。一年の頃からカースト上位の冬月さんなら当然のことだ。


「どうしたの?」


「なんで、こんな目立たない根暗な奴のとこにいるのよ、ほらぁ、自分の席に戻るよ」


「ちょっと久美ぃ、引っ張らないでよー、佐藤くんにも悪いでしょ」


「悪くない、あいつに人権なんてあるわけないもの」


 最後にひどいことを言うとそのまま冬月さんを席まで連れて行ってしまう。


「じゃ、またねぇ」


 苦笑いしながら僕に小さく手を振った。


「あっ、あぁ」


 僕も慌てて冬月さんに振り返す。それを見た田中さんは僕を睨みつけた。


 可愛くお淑やかな冬月さんは僕と違ってクラスの人気者だった。ちなみに僕を睨んでいた男子達は、というとまだ睨んでいた。


「授業、はじめるぞ」


 先生が入ってきて、教壇に立つとみんな席に座る。


「起立、礼、着席!」


 冬月さんも席に着くと僕ににっこりと笑いかけた後、ノートを取っていた。


 僕が黒板を板書していると、冬月さんの視線を感じる。可愛い冬月さんがなぜ、僕に興味を持っているのか知らないが、きっと小動物を愛でる気持ちと同じなんだろう。


 そんなことを考えていると授業終わりのチャイムが鳴った。


 今からお昼休みだ。授業が終わるとすぐに冬月さんが僕の席にやってきた。


「あれぇ? お昼ご飯一人で食べるの」


「友達いないですから」


「ボッチなんだ」


「ボッチで悪いですか?」


「うううん、じゃあわたしと一緒だ。今日お昼一人なんだ」


 冬月さんはニッコリ笑うと、とんでもないことを言った。


「じゃあさ、ボッチ同士一緒に食べよっか?」


 周りの空気が凍りつくのがはっきりと分かる。


「えっ、いいんですか?」


「いいに決まってるでしょ!」


「でも、冬月さんは?」


「むぅ、今日は一人なの!」


「じゃあ、後ろにいる人は?」


「ねえ、有紗ぁ、そんなもん置いといて、わたしと一緒に食べようよ」


 そんなもん呼ばわりする田中さんが、冬月さんの後ろから抱きついて、じゃれあっている。


「もう、やめてぇよぉ、分かったから、ご飯一緒に食べるからさぁ」


 そして、僕に近づいて、目の前で手を合わせて……。


「ごめんね、この埋め合わせはきっとするから」


 本当に申し訳なさそうに言った。僕に気を使う必要なんてないのに、と思ったので、


「いいですよ。気にしてませんから」


 と答えると田中さんに思い切り睨まれた。


「ねぇ、有紗。こっちだよ。ほら、ここが有紗の席ね」


 田中さんはそのまま冬月さんの手を引っ張って窓際まで連れて行ってしまう。さっきまで女友達数人と弁当を食べていた席だった。


「でさ、……なのよ」


「えっ、嘘……まじで、それうけるわ」


 女の子同士、会話が弾んでるようだ。冬月さんは、あまり喋らないでニコニコと笑いながら聞いていた。


 僕はいつものようにお母さんが作ってくれた弁当を取り出す。あれ今、冬月さんがこっちを見たような……。


 今日は僕の好きなミートボールにハンバーグ、卵焼きが入っていた。


 弁当に手を伸ばそうとすると、また視線を感じる。


 チラッ、あれ、チラッ、あれ……。


 僕が弁当を見ると視線を感じる。視線の先を探すと、目を逸らす。それが何度か繰り返された。


 可愛い冬月さんに見られることは、嫌じゃないけれども、どう言うつもりで見てるのか気になった。


 ご飯に目を移すと、また視線を感じる。慌てて冬月さんの方を見た。


「うわわわわっ」


 冬月さんが慌てた声を出して田中さんが驚く。


「ちょっと、有紗。あんた何やってんのよ」


「あはははっ、ちょっとね」


「ちょっと、じゃないわよ」


 軽く頭をコツンと叩かれて、頭を撫でている冬月さん。笑いながら、僕の方に目を向けた。


「あっ」


「ごめんね」


 頭を下げて、舌を出した。


「有紗、どこ見てんのよ」


「なんでもないよーっ」


「わたしの話をちゃんと聞いてよねぇ」


「ふぁああぃ」


 やる気のなさそうな、いかにも冬月さんらしい返事をして、また怒られていた。


 冬月さんは、とても可愛い。クラスの男子生徒の多くがチラ見してるのが分かる。


 クラスの人気者だから当然だ。彼女の彼氏になる男は幸せだよ。


 僕はそう思いながら弁当の残りを口に含んだ。


 まさか、この時の僕には、これからの冬月さんの行動に何度も驚かされることになるなんて、予想さえしてなかった。


――――


少し訂正しました。


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