エピローグ 「振られた二人はキスをする」
「なあ露草、確かに僕にとってのヒロインは深瀬先輩だったよ」
「なんだ、いきなり」
脈略のない話に、露草は不思議そうに首を傾げる。
「僕のことをヒーローだって言ってたから」
「そうだな」
「同じように、僕にとってのヒーローは露草だったんだよ」
あの夢を見て、思い出したんだ。
なんで僕が露草と一緒にいたのか。
「話したがりの僕を受け入れて、黙って相槌を打って、嫌な顔一つ見せなかった。皆と違ってカッコよく見えたんだ。僕は露草に憧れてた」
だから、僕は露草と仲良くしてたんだと思う。
憧れの人に近づきたいって無意識のうちに願ってたんだと思う。
「僕のこの感情は恋愛と呼べるものじゃない。恋とは違うって自分でも分かる。でも、僕は、露草と一緒にいたいんだ」
「振っておいて、それ言う?」
「そっちこそ振ったじゃないか」
「ボクじゃなくて深瀬だよ」
「でも深瀬は露草だろ」
そう言うと、ムッとした顔をした。
すぐにハァッと小さくため息をつく。
「いいよ。振った者同士、振られた者同士、仲良くしようじゃないか」
これ以上反論しても言い負かされるんじゃないかって思ったのだろうか。拗ねたように顔を背けて、毛布を頭から被る。
ケージの隅にいるハムスターみたいだなって言おうと思ったけど、これ以上機嫌を損ねられたくなかった。
代わりに、思いついたことを言ってみる。
思いついたっていうか、いずれ伝えようと思っていたこと。
「なぁ、露草」
「なんだ、浅葱」
「フタコブラクダ見に行かないか?」
「どうした突然」
毛布の隙間から顔を覗かせた。得体の知れないナニカを見るような目を僕に向けてくる。
そこまで警戒する? ちょっとだけ傷つくよ。
「好きじゃなかったっけ?」
「深瀬がな」
「『露草の好きは深瀬の好き』って先輩の時に言ってたの忘れないぞ」
「ああ、言ったね」
諦めるように認める。
なんか露草ポンコツみが増したなぁ。可愛げが身についたとも言うけれど。
「葛西臨海水族園も行こう。あそこ沢山ペンギンがいるらしい」
あの時、行けなかったから。
「写真も撮ろうよ」
露草は嫌がりそうだけど。
「観覧車を一緒に乗ろう」
今度こそ、同じゴンドラで。
「夢でやったこと全部実現させようよ」
願ったことを本物にしていこう。
「そうだな。夢を現実にしていくか」
露草は嬉しそうな声を出した。
ゆっくりと毛布から出て、僕の隣に座り直す。
「あ、でもいきなり遠出するのは厳しいよなぁ、臨海公園とか行くだけで疲れそうな距離だし……」
「なあ、浅葱」
そう呼ばれて、顔を向けた。
近づく亜麻色の瞳。
石鹸の匂い。
唇に柔らかい感触。
「どう?」
ゼロ距離で余裕たっぷりの笑顔を見せる。
そこでようやくキスされたんだって気が付いた。
「は!? え、おま……」
「夢でやったこと全部実現させようと言ったのは浅葱だぞ」
こんなの冗談の範疇を超えている。
ていうか、僕のファーストキスだったんだけど。まさか、こんなあっさりなものだとは。
「……こういうのは、もう少しムードを作ってからじゃないか?」
夜景を見ながらとか、夏祭りの別れ際とか、クリスマスイヴとかさ。そういう特別感に浸りながらするものではないのか。
なんて、僕の考えは見透かされているみたいだった。
「浅葱は意外にロマンチストなんだな」
そう言う露草は、もう会えない女の子の顔をした。
でも、それが残念だとは思わなかった。
僕らに、夢は必要なくなったから。
惑わされる理由がなくなったから。
叶えたかったものを手にしたから。
この日、僕らの甘い夢は完全に覚めた。
もう二度と見ることのない、出来過ぎた理想に「さよなら」を伝えて。
二人の甘い現実は、消毒液の匂いが漂うベッドの上から始まった。
夢で出会った先輩が現実の僕にかまってくる 川雨そう @kawau_sou
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