第37話 「鋭く可愛い後輩キャラ」
「なにか用事でもあるの?」
「心配なのですよ。ずっと上の空で、何か考えてる様子で。パンダみたいな大きなクマをつくって」
何気なく放たれたパンダという単語に胸が締め付けられる感覚に陥る。
彼女との思い出がフラッシュバックする。
もう戻れない日常に恋焦がれてしまう。
「もしかして、深瀬さんと何かあったのですか?」
「……何で?」
舞ちゃんには何も伝えていない。
深瀬先輩が夢だってことも、先日消えてしまったことも、大事なことは何もかも知らないはずなのに。
「女の勘なのです」
「……うん。ちょっとね」
「言ったじゃないですか、失敗したら慰めるって。喧嘩したのなら、わたしが一緒に謝る方法を考えるのですよ」
「僕が悪いことは確定なんだ」
その通りなんだけどね。でも、舞ちゃんにそう言われてしまうくらい、僕って分かりやすいんだなって思った。
「お兄ちゃんが『喧嘩は男が折れたほうが仲直りしやすい』って、いつも言っていたので。つい……」
「湊の奴、たまには良いこと言うな」
「家では意外とマトモなのです」
「学校でもその調子でいてほしいな」
「まったくなのです」
僕が笑うと、舞ちゃんもつられて笑う。
さすが理想の後輩キャラ、張りつめていた僕の心を見事に緩めていく。なんていうか、湊が舞ちゃんに頭が上がらない理由が分かった気がする。
「僕は帰るけど、舞ちゃんは?」
「一緒に帰るのです」
「湊は?」
「置いて帰ります。今の透くんを一人に出来ないのです」
そういう舞ちゃんの意思は固そうだった。
絶対に引かないって決めてるような目で僕を見ていた。
きっと拒否をしたら、もっと舞ちゃんに心配をかけてしまう。それは避けたかった。僕のことで悩んでほしくなかった。
だから、折れることにした。
「せめて今すぐに連絡だけ入れてくれる?」
「分かりました」
ポケットからスマホを取り出してポチポチ触る。
「お待たせしたのです」
「大丈夫だよ」
「さあ、帰るのです!」
舞ちゃんは、いつもよりもテンションが高かった。無理やりにでも上げてるように見えて、僕を元気付けるためだって気が付いた。
しばらく歩くと、ドーナツ屋が見えてきた。
「食べたいのです」
ぐいっと手を引かれる。
「今日? 今度にしない?」
「嫌なのです。わたしは今食べたいのです」
白い頬をプクッと膨らませて、駄々っ子みたいに「やだやだ」と袖を掴む。
「それに疲れてるときには甘いものがテキメンです。透くんも食べるべきなのです」
「そうだね。僕も久々に食べようかな」
お店に入ってトレーとトングを持つ。僕と舞ちゃんは思い思いにドーナツを取った。
僕は目に着いたオールドファッションとチョコを取った。舞ちゃんはイチゴとエンゼルクリームを取って会計した。
店で食べようと舞ちゃんの提案に乗り、空いていた机に向かい合うように座った。
「教えてほしいのです。深瀬さんと何があったかを」
舞ちゃんはドーナツには手を付けず、神妙な顔をした。
甘い匂いに満たされた店には似つかわしくない真剣な雰囲気に、思わず気圧されそうになる。
嘘や誤魔化しなんて通用しないと思わせるには十分な気迫だった。だから、正直に答えた。
「告白出来なかった」
「怖気づいたってわけではないのですよね?」
「伝える前にいなくなった」
情けない顔を見られたくなくて俯いた。それを酷く落ち込んでいると思ったのか、
「なら、またタイミングを改めれば……」
と、舞ちゃんが言った。
今度なんてない。タイミングを改めることも出来ない。
「無理だよ。だって、もう会えない」
夢だということは伏せた。僕が精神的に参っていると心配をかけそうで。
もう既に心配かけまくってることは分かっていたけれど、これ以上巻き込んじゃいけないから。ただの相談の範疇に収めたいから。
でも、それを許さないのが出来た後輩、舞ちゃんだった。
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