第25話 「盗撮じゃないよ。合意だよ」

 今日は部活がある水曜日。

 部室にはまだ誰も来ていない、椅子に座ってリュックの中から自分のカメラを取り出す。昨日撮った先輩の写真と映像を見返した。

 深瀬先輩が消えた瞬間、どう映っていたのか確認する。


 結果だけ言うと、先輩が消えている部分は一秒たりともなかった。


 昨日家に帰って見返した時と同じだ。日付が変わったら結果も変わるだろうとか思ったけど、そんなことはなかった。

 それがまた恐ろしく思ったけど、きっと見間違いだったんだろう。そうじゃなきゃ、おかしい。

 先輩が一瞬でも消えたより僕の目と頭がおかしくなったほうが、ずっと良い。


「透くんがカメラ触るの珍しいですね」


 ポニーテールが象徴的な女の子、舞ちゃんは部室に入ってくるなりそう言った。


「一応、写真部だから」

「写真部とは名ばかりじゃないですか」

「そうだね」


 現に部室はガラガラ、来ていた部員は僕と舞ちゃんだけ。……いや、舞ちゃんの後ろにシスコンの姿を発見。

 きっと今日も僕と舞ちゃん、湊の三人しか写真部には来ないだろう。


「見せてほしいのです」


 舞ちゃんが僕の手元を覗き込む。

 急激に距離が縮まったことで、花みたいな甘い匂いがふんわりと漂った。

 保存された深瀬先輩の写真を見て、舞ちゃんは呆気に取られたような顔をする。


「お、お兄ちゃん! 透くんが……」

「透がどうしたんだ?」

「透くんが女の子の写真を撮ってるのです!」


 今までで一番大きな声を上げた。

 ポニーテールをなびかせて、勢いよく湊の方に振り返る。


「なんだって? 盗撮か?」


 湊は、なんでか嬉しそうな反応をする。


「なんで真っ先に盗撮が出てくるんだよ」


 そんなに僕、日ごろの行い悪いかなあ?


「いつかやると思ってましたって証言してえじゃん?」

「そっくりそのままお返しするよ」


 シスコンが完治せずに何かしでかすんじゃないかって三パーセントくらい思ってる。

 ちなみに、そこまで酷くないが七パーセント。その前に舞ちゃんに怒られるが九十パーセントだ。


「で、誰なんだ? 映ってる女の子ってのは?」


 湊はニヤニヤと妙に嬉しそうな顔をする。以前、深瀬先輩を探してるって言った時よりも十倍は嬉しそう。せっつく気満々ですって表情が言ってる。


「先輩」

「盗撮したのか?」

「許可はもらってるよ」


 どうやら湊は、僕を盗撮犯に仕立て上げたいらしい。裁判所で僕と握手、みたいな展開はいらないのだが。


「深瀬さん、ですよね?」


 舞ちゃんは僕が持っているカメラを指差す。


「うん」

「なぜ写真を持ってるのです?」

「お礼としてもらったんだ」

「お、お礼? 何に対してのですか?」

「水族館デートの」


 デートって言っていいよね、あれ。深瀬先輩もまんざらでもなさそうだったし、手も繋いだし。

 なんだか舞ちゃんの視線が冷たい気がするが、きっと気のせいだ。


「お? ついに彼女出来たのか?」

「彼女じゃないよ」

「え、その気はねえってこと?」

「いや、好きだよ」

「告白しねえの?」

「しない」

「何でだ? デートしたんだろ? 可能性は十分あるぜ?」

「迷惑かけるかもしれないから」


 今は自分の恋よりも先輩の願いを優先したい。

 不確定な恋人関係よりも、確実な幸福を積み重ねたい。

 僕の身勝手な理由で今の距離感を壊したくなかった。


「そんな理由なら、告白した方が良いと思うのです」

「え?」


 まさか舞ちゃんが湊と同じ意見だとは思わなかった。

 勢いだけですることじゃないとか、するにしても準備万端にしてからとか、そういう忠告をされると予想していたから。


「理由を付けて後回しにしていたらタイミングを失って、結局言えずじまいになってしまうのです。相手が出来たり、いなくなってしまってからでは遅いのです」


 舞ちゃんは自分に言い聞かせるように言った。もしかしたら、そういう経験があるのかもしれない。


 ―いなくなってからでは遅いのです―


 その言葉で、先輩が消えた日のことを思い出す。一瞬とはいえカメラに映らなかったことが頭をよぎる。

 あの時の焦燥、不安、喪失感……そういうものがフラッシュバックする。

 もう会えないんじゃないかって心にぽっかりと穴が空いた日を考える。

 それなら次に会える時、伝えるべきなのかもしれない……かもしれない、じゃないな。伝えるんだ、僕の気持ちを。


「そうだね、ありがとう」

「つーか、俺にも見せてくれよ。透がご執心な深瀬先輩とやらを」


 湊は僕の手からカメラをひょいっと取り上げる。


「ちょっ、勝手に取るなよ」

「へえ、可愛いじゃん。こういう人がタイプだったんだなあ」


 カメラをいじりながらニタニタ笑う。

 面白がっているだけだろうから飽きたらさっさと返してくれるはず。別にやましい写真なんてないし、見られたって困るものはない、はず。


「へえ、ほう! こんな写真まで⁉」


 うん、大丈夫だよね……? ちょっと不安になってきた。


「お、ビデオあんじゃん」

「おい待て! それは見るな!」

「了解、見ろってことだな」

「フリじゃない! 本当に見るなって!」


 カメラを取り返そうと手を伸ばすも、かわされる。


「そこまで言われると内容が気になるってもんよ」


 聞かれたらまずい会話をしているわけじゃない。でも声のトーンとか言葉の間とか、そういうものを通して僕と先輩の空気感を知られるのが恥ずかしい。

 僕、先輩の前だと少しだけ背伸びしてるし……

 歳の差を少しでも埋めたくて、追い付きたいって思っていることを等身大の僕を知っている二人には見られたくなかった。

 湊が再生ボタンを押そうとした時だった。


「お兄ちゃん」


 氷のように冷え切った声が湊に突き立てられた。

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