こちら、小鳥遊“報復”事務所

 あれから数日。京一のぷち報復は冷めたようで傷も癒え、あの件以来事務所には来なくなった。兼二も忙しくチャットでやり取りするが仕事の依頼はなく暇な時間を和は過ごす。

 時より部屋の掃除をし気分転換するも落ち着かず、インカム代わりのイヤフォンで三人の会話をラシオのように聞く。

 そんな中、終わったーと大声で言う勝の声に記事の締め切りか、と心の中で言うと『和、行くわ』と嬉しそうな声が聞こえた。


「よぉよぉ、和さんよ。相変わらず暇そうだな」


 一時間後。飲むアイスを咥えながら満足げな顔で事務所に来る。大きな仕事の後は大体そうでしょ、と和はデスクに伏せる。


「あー干からびそう。ガクちゃんから大金貰ったとはいえ支払いでほぼ消えるし、京ちゃんの医療費負担したし。俺の取り分無いし……死ぬわ」


 不満をブツブツ呟く和に勝が愉しそうに笑う。


「なによ」


「ん? お前見てるとなんか笑いたくなる」


「他人の不幸は蜜ってやつ? 勝、サイテー」


「おいおい、一時期オレだってあったんだ。記事が採用されなさすぎて餓死寸前とか」


「元々痩せ形なんだから、そう言われてもねぇ」


 ブーブーとおちょぼ口。


「お前も痩せたらモテたりしてな」


「いやいや、標準よ」


「まさか」


 勝は和に近づくと腹を触る。腹筋あるじゃん、と言いたげな嫌な触り方に叩く。


「めっ」


 ハッと面白くなさそうに勝は給湯室に入り、珍しくノンアルコールビールを手に戻ってくる。


「あれ、ノンアル?」


「ん、バイク」


「あーねぇ。乗りたいなぁ~。勝の腰にしがみつきたいなぁ~」


 暇だから何処か行こう、とあえて遠回しに言うとスマホを見るやニヤッと笑った。


 和は大きく背伸びしながら階段を降り、さきにタンタンタンッとリズムよくかけ降りる勝を追うが不自然に立ち止まる音に「どーしたの」と踊り場を曲がり顔を出す。

 目の前にいるのは男子高校生と言いがたいが男にしては艶やかな肌と可愛らしい姿容に見とれる。


「あ、ジェンダーレスってやつだよね。おじさん、そう言うの気にしないから。何か話があるなら聞くよ。どうせ、から教えてもらったんでしょ」


 やれやれ、と笑いながら勝と隣に立つと「俺じゃない。子供になんて興味ないぞ」の言葉に目を丸くする。「ん、じゃあ誰の紹介なの?」と訪ねると“けんちゃん”。失礼と分かりながらも一斉に吹き出した。


「ブッ……け、兼二か~そっかぁ、けんちゃんはいろんな知り合いがいるんだねぇ」


「あと、京ちゃん」


「ブッ京ちゃんもか……可愛いよね~。うんうん」


 勝は和の肩に額を乗せ、必死に堪える。彼の頭の中には女装した二人が浮かびツボったのか顔が真っ赤。


「数日前にお会いして一緒にお茶して……そこで悩みを聞いてもらったら紹介してくれました」


「悩みねぇ。どんな悩み?」


「ボク、ジェンダーレスのモデルやってまして……だから」


 察した和は高校生の口に触れるギリギリに手をやる。


「これから出掛けるんだけど良かったら一緒に来る? 今なら無償でストーカー撃退するよ。あと、アンチもね」


 和は笑顔で階段を降りると「勝、後ろ守ってあげて」と一言添え、高校生は和の背を追いかけた。


 外に出ると嫌な視線や気配はない。


「ねぇ、君の名前何て言うの?」


「ボクは……その」


「嫌なら話さなくて良いよ。おじさん、怒らないから」


 和は左右確認しつつビル横にある小さな駐車場兼駐輪場に足を運ぶ。勝のバイクを見つめ、頭の中で腰に抱きつく妄想に少し笑う。


「にやけんな」


 スマホ弄りながら勝はニヤケている和の足を踏む。


「だって、勝の腰に抱きつくチャンスが」


「いつでも出来るだろ」


 勝の冷たい言葉に口を尖らせるとバイクの隣に自転車。それを見た和は「高校生君。もしかしたら俺の知り合いが君のふりして引き付けてるかも。勝、ちょっと周囲見てきて」と勝の背中を押す。「はぁ?」と少し切れられるも勝も自転車に目を向け、理解したのか「茶でも飲んでな」と手を振り立ち去る。


「あ、あの。これはどういう――」


「んーなんだろうね。紹介した本人が仕事あるくせに君のために動いてるみたいだから保険で行かせただけだよ。俺はフリー。ましゃるはあの面で記者でね。君がお茶した二人なんだけど実はで――きっと今ごろ。君に悪いことをしようとしてた人達は痛い目見てるだろうね」


 和は震えるスマホを手に取り、画面を付けると電話。普通の電話ではなくテレビ電話。街中で成り済ました京一とマネージャーのふりした兼二が“報復”というより痛め付けか。ニヤリと邪悪な笑みを浮かべ追っ払ってる生中継。その電話は勝の物で記事のネタにする気か予備のカメラで写真撮影する手が紛れ込む。


「俺達は君のような良い子とは違って汚いからさ。ん、用件終わったみたいだし。もう解散で良いかもなんて言ったら怖いよね?」


 高校生は和の言葉に小さく口を開ける。


「モデルとか芸能やってればアンチやストーカーはやってくる。その上で君はやってる。ジェンダーっていう強みであり理解されない弱みを持ちながらね。偉いと思うよ。おじさん、応援するからさ。だから、同じ悩みを抱えている子達の助け船になってあげなよ」


 和は大きな手で高校生の頭を撫でた。スマホを見られないよう伏せ、画面の音は耳に付けているイヤフォンから漏れないように下げる。


「はい、てなわけで。お悩み相談終了ー。いやー子供の悩みを聞くのも難しいね。おじさん、困っちゃうよ」


 キョトンとする高校生に目を向け、理解してない顔にクスッと笑う。「当分は迷惑な奴らも来ないさ」と名刺をさりげなく手渡す。


「えっ、あの……」


「おかえりなさいな。学校あるんじゃないの? ダメよ、しっかり両立してこそ良い子。何かあったらまたおいで」


 和は多く語らず高校生を駅まで身を来ると路地裏の人気のない道へ足を運ぶ。


「おーい、和。お前もやるか?」


 殴り倒したのか横たわる男に腰掛ける勝。その近くで高校生に成り済ました京一がストーカーまたはアンチの女性に容赦ない下からアッパーをかます。その隙を狙う女の連れに警棒で殴る兼二。和は楽しげに呼ぶ勝の声に腕を上げ返す。


「やるやる。仲間に入れてちょーだい」


 勝が腰かけている息ある男の顔面を踏みつけてはニヤリ。そして――言う。


「久しぶりの報復ターイム。許せと言われても許さない。あの子の痛みを思い知れ」


               【完】

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