毒と嘘7

 “これ”には毒はない。


 勝も警戒しているのかすぐに帰ると思いきや帰らない。一度、席を外し戻ってくると薄手の布団に枕。許可を得て居座るつもりかテレビの使用する際のカードをテーブルに投げ、栄養ドリンク味のゼリーを咥え椅子へ。


「お前の監視とババアが来ちゃ困るから見張ってる。警察代わりのなんちゃらで許可取ってるからよ。兼二お墨付き」


 なんて言ってるが本当は気になり離れたくないのだろう。


「病人はさっさと寝ろ」


 怒り混じりな声に、へいへい、と京一は布団に潜る。視線を感じつつ眠りにつく。いつもは目が覚め寝られないが、この時は不思議と寝られた。ノートパソコンを弄る音が心地良く、スヤスヤ寝息を立てて寝る京一は気づいてないが勝は時より親のように様子を見る。


 ――京ちゃんと仲直りしてきな――


 それが和からの課題で。薬を投与される前に阻止するのが兼二からの課題。


「あの二人、病院嫌いだからって……クソ。俺だって嫌いだっての。犯罪の家族を追いかけ回したり、待ち伏せしたり。まぁ、記事になるなら文句はねーよ。文句は……でもな。一番嫌いなのは――」


 と、口を閉ざすと廊下を見る。


 ――殺させねーよ。バーカ――


 ノートパソコンを閉じ、フラりと立ち上がるとドアに手を掛けた。


「居んだろ、ババア。名前、なんだっけか。確か、フローレンス。殺し屋のネームだよな」


 独り言のように言うと「あら、老けたじゃない」の言葉に“あ゛?”と勢い良くドアを開ける。目の前にナース姿の勝よりもいくつか年下だが若々しくモデルのように美しい黒髪の女。


「ハロ~坊や」


「テメェだろ。患者殺してんの。あの糞医者はお前のこれか」


 親指を立てる。続けて小指。


「あら~流石が記者ね。誰から聞いたの?」



「死人? やだ、人殺しすぎて頭おかしくなったの。お子様ね」


「ちげーよ。解剖やらなんやら此方には優秀な情報屋が居るもんでね」


 余裕綽々な彼女とは違い、堂々たる態度の勝。フローレンスという殺し屋の女は中で寝ている京一を一瞬見ると微笑む。


「あの子、邪魔なら後払いでいいから消して上げてもいいわよ」


「は?」


でしょ?」


 女の言葉にガン飛ばし、小さな舌打ち。口を開くも不思議と声が出ず、歯を食い縛る。

 初めて出会い、敗北した際この女は勝にこう言い立ち去った。


“アナタの周りにいる人達。皆、殺して何もかも失くしてあげるから。だから、楽しみにしてね”


 そう言われ、実際に予告され殺されたことはないが時より溝鼠どぶねずみのように報復対象を報復ではなく殺害。運悪ければ記者仲間や殺し仲間が全治数ヶ月、死体となって現れたり、探させられたり、酷い時はメッセージや手紙と和には言ってない嫌がらせは受けていた。

 そのせいか、言葉を返したら負けな気がし何を言われようが何をされようが死ぬ気で自分が守らないといけない。心の中で一人戦っていた。


 “この女が関わってる以上。

  簡単には報復させてくれない”と――。


「聞いてどうすんだ」


「決まってるじゃない。担当医に言いつけて――貰うわ」


 ンフフッと女の愉しさ染み出す笑顔に勝の怒りが増す。腕を組むふりして見えない場所で爪が食い込むほど拳を握る。


「このストーカー。キモいんだよ」


「悪質な記者よりマシでしょ。それとも、今此処で私とかしら」


 見下す言葉と知ってか挑発な態度に我慢の限界。言ったな、テメェ。腕を解き、優しくドアを閉めた後、拳を鳴らした。



         *



 時刻は深夜を回る頃。

 廊下から力強く踏み込み、力む声。それがあるにも関わらず入院患者はように寝ていた。たった一人を残して――。

 ガラガラと真っ暗な病室に響くドアの音。忍び足しで影が近づき、京一が寝ているベッドの前で足音が止まる。


「葉加瀬が何か嗅ぎ付けて、誰か雇って嗅ぎ回ってると聞いてるが――まさかコイツ。違うよな、まぁ……見た目弱そうで搬送された時点で重傷に近いからんなことするか。歳も歳だし」


 と、言い放つ男の手には小瓶と刃物。暗闇で見えないが半分空いているカーテンから差し込む月明かりが刃物と白衣を照らす。


「でも、フローレンスが怪しいとかなんとか言ってたからなぁ。ここの病院も裏を返せば殺し関係やら闇市関係やらの人が来るわけだ。今月は薬品で殺してない。フローレンスに後処理は任せてるか。だが、最近部下が葉加瀬の周囲を――と聞けば尚更」


 ブツブツ独り言を言いながら膨らんだ布団を捲ると――枕と鮫のぬいぐるみ。焦り、ベッドの下を見るや備え付けのトイレに風呂、最後にクローゼットを開けるも姿がない。だが――背中に突きつけられ、少しの力で皮膚を裂き食い込む感覚に動きが止まる。


「今の話しマジっすか。アンタも単純なんすね。いや、たまたま俺の担当になった天使のような看護師さんが気になって同僚や先輩と調べてたらしいでチョイと使わせて貰いました。ついでに部屋や廊下に清掃員に扮した旦那らが盗聴機やら付けたみたいで、さっき狂犬のレポートを見て把握済みっす。アンタ、相当な悪っすわ。自分と比べりゃ可愛いもんで」

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