毒と嘘6

 普通の人では分からない裏との関係がある彼だから分かる違和感。看護師に何か言うと少し嫌な顔をする女性に目を向け即反らす。ドアが閉まる音に無意識に肩の力が抜けるも人の気配は残ったまま。なんか言われたんっすか、と患者が看護師にタメ口で聞くのはどうかと思うが不器用な彼は気にしない。


「いえ、なんでもないですよ」


 先程の天使のような優しい笑みではない、苦しそうな笑み。それに見かね、ベッドに取り付けてあるテーブルに置かれたスマホに手を伸ばし部屋に監視カメラは無いか確認した上で打ち込む。


『すんません、自分……スゲェーだらしないんですけど、これでも探偵なんっす。アンタを見る限り優しい目してるし悪い人じゃないの分かるんすよ。だから、話し聞きまっせ』


 京一は無理やり体を起こし、痛みに顔を歪ませながらもハハッと笑う。続けて。


『受ける代わりに、もし自分を裏切ったらアンタの命貰う。逆に協力してほしい。それが条件。本当は誰にも言えない悩みあるんじゃないっすか?』


 少し責める口調で打ち込むと何か伝えたいのか口を微かに動かすのが見えスマホを渡すと素早く彼女は携帯番号とメールアドレスを打ち込む。一度手を止め、心の中で葛藤しているのか。うっすら涙が頬を伝う。京一に渡すと涙を拭い、よほど我慢しているのか隠そうと頬を叩き「失礼しますね」と頭を下げ、逃げるように部屋を出た。


 ――自分、死ぬっすかね――


 嫌な予感に耳に手を当てる。肌身離さず身に付けてるインカム代わりのイヤホンはなく、落ち着かないのかスマホの着信履歴を開くも手が震えて押せない。どう話を切り出せば良いのか、コールがなった後の言葉が思い付かず悩んでいると心を呼んだかのように鳴る。“狂犬”今、最も見たくない聞きたくない声に一度は伏せるもそっと画面をタップし耳に当てた。


『話したくないだろうから返さなくていい。(変な間が空き、独り言を言う)なぁ聞いてくれよ。俺さ、年下の知り合いを殴ったんだ。最低だろ。なんか、空気悪くて雰囲気悪くて……居づらいからさ。とりま、ごめんな。さぞかし痛かったろ。

 見舞いに行こうとしてさ。部屋まで行ったんだけどよ、取り込み中で引き返したら。若いのと手を組む前に殺し半面話し聞き出す仕事で、男の俺に恐れ無しで体術だの何だのそれなりの腕の良い女の殺し屋とヤリあったことあってな。そいつの臭いがすんだよ。お前の担当の可愛い看護師は確かに無実。でもよ、別の臭いがするわけだ。だから――』


 ガラガラと突然ドアが開き、良く分からない虎の可愛いぬいぐるみを脇に挟んでる勝。頬には大きな絆創膏と唇に切り傷。


「胸糞悪いから戻ってきた。ついでに、頭下げないと俺が俺に腹立つから悪く思うなよ」


 電話を切り、ズカズカと部屋に入っては壁沿いにある丸椅子を手に隣に座る。大きく溜め息を付き、彼らしい大きな声で悪態。


「はぁー和には怒られるし、兼二は話し聞いてくんねーし。殴ったときお前は俺にナイフで切りかかってくるわ。ガキかお前ら。ちったあー悪役になる俺の気持ちになれっての!! グダグダグダグダ、あーだのこーだの。うっせぇわ!! あの糞ババアの香水臭いんだよ。甘ったるいわ、なんだあれ」


 止まらない悪口に京一は耳を塞ぐ。


「てめえーもてめぇーだ!! 一人で抱えようとするな。ったく、糞ババアが居なくちゃ尻拭いに来なかったつーの!! 和には恥ずかしくて言えねーし。糞刑事は知らんし。まぁ、イヤホン越し聞こえてるだろうが……囮になるのって簡単そうでつれーのよ」


 足を組み、貧乏ゆすりしてはぬいぐるみを京一の膝に置く。


「なんすか、このキモカワ」


 まぁまぁ可愛くもどこかダサい。一人で都会の水族館へ行ったのか。不器用なリボンに結ばれた菓子もある。


「ん、ハンマーヘッドシャーク」


「どんな感性なんすか」


 嫌そうに返すも顔を反らし笑う。誰も来ないと思ってたが本当は嬉しかった。目が覚めたとき、誰もいないにしては誰か来たような気配があり、何となくだが毎日欠かさず来たんだろうと心の隅で思う。誰であれ反省の強い二人とは逆で何も考えない自分勝手な奴だろう。そう感じていたのが勝だった。暴力的で自分勝手でだけど、裏を返すと何かと人思いな怖い人。京一は好きでもなく嫌い近いがその人思いな所は少し見習いたい気持ちがあった。


「謝罪なんて柄じゃねーすっよ、狂犬」


「うるせぇ。本題入るぞ、糞探偵」


 暖まりそうな空気が一気に冷え、 勝は取材用に使う携帯向けの録音機を取り出すと警戒するような目付きで顔を微かに後ろに向く。


「下野さん、事故の件ですが自殺では」


 突然の仕事スイッチに目が点になる。聞きなれない口調、聞きなれない態度。真剣な顔に笑いたくなるも、へまこいたら殺すぞ、と言いたげな目に視線を下に向ける。

 いや、自殺じゃない……です。一種のすかね、の下手くそな返事と言葉に勝は俯き、袖で口元を押さえては笑う。


 ――暴力団――


 それにツボったらしい。気を取り直して。


「どんな人か覚えてます?」


「えー」と一瞬勝を指差すも、覚えてないっすねと申し訳なさそうに言うと無意識に点滴が気になり、フッと顔を上げた。


「お体の調子は?」


 京一の視線に気づき、勝は立ち上がると点滴の成分を確かめようとぶら下がってる“それ”を見る。何だかんだ医療系もいけるのか。ブツブツ独り言を呟いては「大丈夫ですね」と親指を立てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る