第34話:不器用な君

 相手はA国人でアンジェラさんの元同僚で、念動力者だ。実際に目の前に対峙して魔力の動きが魔術師の物ではないからそう判断できる。

 であるとすると少々不可解な点が多い。

 念動力者は操作対象への共鳴によって結果を得る。だから既に繰り出された結果に対しては、何らかの行動を起こして別の結果をぶつけない限り対応できない。生成途中の結果に対して干渉するなんて言うのは魔術の分野で念動力ではそういう事は出来ない。

 だからさっきの村木さんの攻撃を『受け流した』というのが念動力では説明できない。あの時、間違いなく攻撃は相手に届いていて、力場であるとかそういった障壁が張られている様子はなかった。


 この部屋に入る前、最初の攻撃の時にも俺は式力を感知した。相手が念動力者だと分かって妙だと思ったけど、よーやくタネが割れた。どうしてそうなったのかは分からないけど、彼らは今、霊脈から何某かの方法で、式力で結果を得る能力を得ている。それは権能と呼ばれる術形態だ。

 権能は割と意味不明な力だ。とにかく結果だけが突きつけられる。その中でも特徴的なのが属性の変化だ。


「"燃え尽きろ!"」


 金髪の人が攻撃の意を発する。

 瞬間俺の周辺の大気が超高熱の炎で包まれる。権能は念動力並みに発動が速く、攻撃の意とほぼ同時に結果が完成する。過程とかない。いきなり結果だけ出てくるので魔術を使って後出しで発動を防ぐのは難しい。このままだと焼かれてしまうが、こういうとき便利なのが式力という力だ。


「"……は?"」


 身体の属性を火に変える。人間は通常、木と土と水の複合属性だ。木は燃えやすいし土は燃やせなくもない。水は炎を遠ざけるけど量が少ないと意味がない。だから人間は燃える。

 なので、その属性を火にする。火はそれ以上燃えない。だってもう燃えてるから。なので火属性の俺は燃えません。

 炎が消える。俺の身体と衣服は火なので、炎じゃ全く傷つかないという結果に終わった。

 これが先ほど村木さんの攻撃に対して相手のやっていた事だ。自分の属性を攻撃に対応した物に変化させ効果をなくす。ゲームでも装備で属性耐性を変えてるじゃん。あれってまんま権能と式力だよなぁって思った。

 なんか金髪の人すっげービックリしてる。同じことされると思ってなかったのかな。

 黒髪の人はアンジェラさんの攻撃への対処でそれどころじゃなさそう。単純に上から重力負荷を掛けられて苦しんでる。アンジェラさんももう大体理解したみたいだ。

 そう。この一見無敵で便利に思える属性の変化にも欠点がある。受けた属性でダメージを負う攻撃であれば、普通にダメージになるってところ。つまりは変化した属性で防げる攻撃とそうでない攻撃がある。発動に意が必要であるから自動で切り替えられるなんてことは起きない。

 だから結局のところ、相手の防御を掻い潜り有効な攻撃を命中させる……普通の戦いと何も変わらないってことだ。


「"今の私なら出来るはず、時間停止――! ハハハ、これが時間軸に触れる感覚か、ジョナサンの奴が溺れるのも分かるぞ……!"」


 なんか楽しそうだけど解除してっと。


 ジル、マ、ソ、ソ、アイ、マ、オ。

 本体に指示権を残した分身を5体作る。この分身の魔術の悪いところは分身が殴られるとちゃんと俺も痛いところだ。その代わり、増やした分だけ手数が増える。あと分身は殴られると痛いけど、痛いだけで傷を負ったりして死にはしないのもいいとこだ。

 さて行くぞ。


「"!? なん、止めたはず、だが、なんだ!? 増えて――"」


 1人目が岩の轢弾を毎秒40発程度発射し回避を強要させた。物理方面への透過は出来ない様子。2人目が着地を狩り、直接氷の魔術で首から下を凍り付かせに行く。属性変化で対応された。3人目が炎の槍で同時攻撃。時間を止めて逃げようとしたから手の空いた1人目で解除したけど攻撃自体は飛んで交わされ、4人目が霊脈に刺さった機械と金髪・黒髪さんとの間に壁を作り出し、俺が機械に蹴りを入れた。


「"そんな物理的な衝撃程度で装置が壊れるはず……なっ!?"」


 機械は『あらゆる攻撃の影響を受けない』権能が付与されていた。これ自体は強力な権能で俺は付与できないんだけど、それならそうと話は簡単で、俺はこの機械を壊したいわけじゃなくて止めたいだけだから、蹴り飛ばして要の位置をずらしてやればいい。権能と式力には一々細かい意味や取り決めがあるから、位置が変わった程度でも機能停止してしまうことがある。案の定霊脈から汲みだされていた流れが止まった。

 攻撃という脅威ではないから、権能は発動せず機械は俺の蹴りで位置がずれた。こういう意外と融通が効かないのが権能や式力の悪いところだ。

 ずらしたところで機械から流れる毒々しい光も消えた。5人目がスマホでコエダさまに連絡を入れる。こっちは解除完了っと。戦うのに5人はいらないからこの分身はここでお役御免だ。


「"何をした貴様! くっ、力が遠ざかる……万能の力が!"」


 元栓は閉めた。残ったのはただの容量満タンの権能・念動力使いだ。あと別に霊脈に流れている力って万能でも何でもないと思う。

 対応方針の基本は同じだ。受けきれない攻撃を続けて有効な攻撃を命中させる。


 1人目で相手の左右後方向に壁を出現させる。さすがに足元は守りが固められていた。相手も同じようにこちらの足元の崩壊を狙ったけど村木さんが守りを固めていてくれているから効果は出ない。2人目が以前アンジェラさんがやっていた大気を圧縮した風の弾丸を連続で打ち出す。逃げ場はない。

 物理的な衝撃を無効にできる権能は持っていないから、有効かと思ったけどそのまま受けてきた。身体を岩の属性に変えて風の弾丸を受けているらしい。確かに硬さのある属性で打撃のダメージを抑えることは出来るかもしれないけど


 時間が停止する――

 3人目が解除

 ――時間が動き出す。

 時間を止めてその間に抜けようとしてきたみたいだけど隙間は作らない。

 その間にも風の弾丸は次々と金髪さんに着弾し、属性を変化させた式力を削り続けている。

 権能も式力も割と意味不明な力だが、発動に魔力を消費する性質は他の異能の力と変わらない。こうやって継続的にダメージが蓄積する状況で発動を続ければ、消費する魔力は雪だるま式に増えていく。


「"ぐぅ!"」


 発火能力。1人目で発動に被せて対処。連続して3発。こちらも対処。

 4人目の準備が完了。風の弾丸を止めて水流を発射。


「"ぬおおおお!"」


 命中。しかし身体の属性を水に変えて突進してくる。そうだよな。無効化しやすいとそれに変えたくなるよな。

 なので、例の誰も認識できなくなる隠蔽で隠れていた本体で隙だらけの顔面に拳を叩きこむ。したたかに脳を揺らした一撃で金髪さんは地面に倒れ込んだ。

 拳と刃物はいつだって俺を裏切らない。


「"が、ああああぁぁぁ!"」


 ドスン、と重たい音。黒髪さんが壁に叩きつけられ、壁面に蜘蛛の巣状のヒビを奔らせている。アンジェラさんの方も決着がついたらしい。


「ふぅー……なんとか、なったか」


 戦闘の喧騒から一転、沈黙の降りる地下倉庫に村木さんのそんな独白が響いた。

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