第20話.もう二度と

リルム村


「キャー」

「助けてくれ、命だけは!」

リルム村はもう既に盗賊たちに襲われていた。王都からそう離れていないこのリルム村を襲う盗賊といえば、ホークのような手練の海賊団たちか他の盗賊たちのテリトリーで襲うこともできない弱小盗賊団のどちらかだ。どうやら今回の件に関しては前者の方らしい。ホーク自体はいないもののさすが大盗賊団、手慣れたものである。

「ははっ殺せ、全部殺せ!」

ひときわ身体の大きい男がそう指示を出す。それと同時に村のあちこちから阿鼻叫喚が聞こえまさに地獄絵図だ。

「大丈夫だよ。父ちゃん。もう少し待ってたら、ストーンがストーンが助けに来てくれる!」

村人全員が生きることを諦めたその時も、ただ1人だけ、生きることを諦めない村人がいた。ロザリアだ。

「そんなことを言ったって、この状態だ、もう助かることは無理だろう…」

「何言ってんだい、お父ちゃん。大丈夫、きっときっと大丈夫だから!」


バン!


ロザリアが父親を励ましているその瞬間、けたたましい勢いでドアが開いた。

「おっ、何だこんなとこにババアとヨボヨボのジジイがいるぜ?」

「なんだい、あんたは!」

大柄の男がノシノシと部屋の中に入ってくる。そんな男を見て、ロザリアは負けじと罵声を浴びせる。

「なんだぁこのババア?」

「なんだじゃないよ。人の家にかってに入ってきて何なんだい。その態度!」

「あぁ~いぃ…そういうのめんどいから、お頭からは全部殺せって言われてっから」

威嚇しているロザリアを気にする素振りもなく、男は剣を振り上げる。



ザシュッ


「ギャァ~」


ドスン!


ロザリアの目の前に倒れる音が聞こえる。恐る恐る目を開けるロザリア目の前には先程の大柄な盗賊が転がっている。

「かぁさん良かった!」

その声の方を向くと、肩で息をしているリュートが居た。

「リュート、リュートなのかい?」

「あぁ、かぁさん俺だよ。よかった間に合って」

「あぁリュート…」

リュートに抱きつくロザリア、リュートが来たことにより安心したのか、その目からは大粒の涙がこぼれていた。

「かぁさん、とりあえず今落ち着いて」

泣いてる、ロザリアをなだめ落ち着かせるリュート

「うんうん。わかったよ。あんた達が来たんだ、もう大丈夫なんだろ?」

「いや、まだ父さん達はこちらに来ていない。」

「えっあんた、もしかして…」

「リルム村の話を聞いていてもたってもいられなくて…」

「何やってんだい、あんた。それじゃあ、私達だけじゃなく、あんたまでピンチじゃないか!」

「だって…」

「だってもへったくれもないよ。あんたに何かあったらあたしはどうしたらいいんだい?!」

「だからって俺はもう二度とあんな思いをしたくないんだ。だから今度こそ、俺はかぁさんを守る」

「リュート…」

もう二度とあんな思いをしたくない。その言葉に嘘はないが、絶対絶命のピンチであることには変わりはない。数名の騎士達で数10名の敵と挑む場合と、たった1人で数10名の敵に挑むのは雲泥の違いがある。数名で挑む場合であれば、個々の個性を生かしつつ、敵に立ち向かうこともできるが、1人の場合だと、その全てを対応しなければならない。しかも今回は母親とその父を守りながらという絶望的状況。盗賊たちに見つからず、村を出れるのが最善の手だが、果たしてそれができるものなのか…

考えていても、事態は好転しないことは分かりきっているので、隠れながら少しずつ村の出口へ向かう。あの時の状況がフラッシュバックする。


 (ダメだ…悪いことばかり考えるな。今の俺はあの時の何もできない子供じゃない…)


そう、自分に言い聞かせながら進むリュート。その後ろを静かについてくるロザリア達、あの角を曲がれば、村の出口が見える。前回はここで見つかってしまったが、今回は大丈夫。そう自分に言い聞かせながら角を曲がる。しかし、そこには盗賊団が待ち受けていた…

「おやおや、まさか逃げられると思ったかい?」

ニヤニヤとバカにしたような笑いしこちらを見る盗賊達。その姿を見た瞬間、リュート頭が真っ白になった…

「お願いします。この子だけ…この子だけは助けてください!。私達はどうなっても構いません。」

固まったリュートを見て、必死になり盗賊に命乞いをするロザリア。

「あぁ、残念だが、お頭からは全部殺せって言われてんだよ。こないだの報復なんだってさ」

「お願いします。お願いします。どうかこの子だけは!」

「うっせえ、ババアだなぁ。おい!」

ボスの命令で1人の盗賊がロザリアに向かって歩いていく。その間も頭を下げ、謝り続けるロザリア。盗賊が、リュートの横を通ってロザリアの目の前に立つ。

 

(あぁ~だめだ…俺は何をやっていたんだ。何も変わってないじゃないか…結局、俺は何をやってもダメな人間なんだ…)


(…んだ!)


放心状態のリュート、そのリュートに対し誰かが声をかける。


(…何してるんだ!)

………

(ハヤト何してるんだ!お前にはやることがあるだろう?お前の手に握られてるのは何だ!!)


その声を、聞きリュートが自我を取り戻す。

「ダメだ…絶対に同じ事はやらせない。」

その声と同時にロザリアの目の前の盗賊が倒れ込む。

「てめぇ!」

リュートの行動に逆上する盗賊団。

「リュート、リュート目を覚ましたのかい?だったらあんただけでも早くお逃げ!!」

「嫌だ!」

「良いから早く!」

「うっさぁい!俺はもうあんな思いしたくないんだ!だから、こいつらを倒してかぁさんを守る!」

「何言ってんだこいつ、この人数見て頭でもおかしくなったのか?おい殺れ!」

ボスの号令と共に盗賊たちが襲いかかってくる。本来であれば重装備のリュートは多少の攻撃であれば、その硬い鎧で守られている。しかし、今回リュートはその鎧を全く身につけていない。一撃でも攻撃されるということは=重傷を負う事になるんで一撃もくらうわけにはいかない。自分の死はロザリアの死にも直結する。

「とりあえずかぁさんは下がって」

ロザリアを下がらせながら盗賊を迎え撃つ。ロザリアを守らなければいけない…その極限の集中状態だからか、あるいは重い防具を身につけていないからか、はたまたその両方のおかげか、リュートは今までにない動きを見せ、盗賊どもをなぎ払う。リュートのあまりの気迫に押され始める盗賊達

「おい、何やってんだたった1人の小僧相手に!」

「でも、お頭はコイツなかなかやりますぜ…」

勢いに押される盗賊たちを見て、ここが攻め時とリュートはそのままの勢いで盗賊たちに詰め寄る。

「チッ馬鹿どもが、こんな姿ホーク様に見られたらどうなるかわかってんのか?」

群れのリーダーのその言葉を聞き、盗賊たちの目が変わる。その目は明らかに怯えている。今この場で命のやりとりに対し怯えている者達をさらに怯えさせるホークという存在はとてつもなく恐ろしい存在なのであろう。ホークにやられるくらいならリュートに切られた方がマシなのか、盗賊達はリュートに襲いかかる。勢いを取り戻したとはいえ、所詮烏合の衆。感覚が最大まで研ぎ澄まされているリュートの今の敵ではない。気づけば残すところ盗賊のリーダーのみとなっていた。

「ハァハァ…残すところ、あと貴様のみだ…」

息を切らせながらそう呟くリュート。

「何が俺ひとりだ?てめぇはもう虫の息じゃねえか?」

群れのリーダーは強かった。万全の体制であれば、いざ知らず、今のリュートではとてもじゃないが勝てない相手であった。

「ほらほら、どうしたさっきの意気込みは、あと俺様1人なんだろ?」

リュートの体力が限界に来ていることを察した群れのリーダーは、そんなリュートを小馬鹿にしながら切り刻む。どうやらリュートの命をすぐに奪うわけではなく、リュートを苦しめて遊んでいるらしい。

「クソッ!」

「おいおい、クソだって、口の悪い騎士様だ。」

リュートの公開処刑は続く。じわじわといたぶられとうとうリュートは動けなくなった。動けず抵抗もしなくなったリュートに興味をなくしたのか、群れのリーダーがリュートの首を落とそうとする。

「やめて!」

その姿を見て思わずロザリアが声を上げる。

「あぁ~ん。ババァは黙ってろ!」

「うるさい。かかってきな!あんたなんか私がやっつけてやるわ!」

「あっ?ちょっと待ってろ。今コイツはねたら次はババァお前の番だ。」

「なんだ、あんた私が怖いのかい?」

挑発を続けるロザリア。

「かぁさん…や…ろ」

その声を聞き、リュートが微かに声を振り絞る。

「なんだ、お前はあのババァが殺されるのを見たくないのか?」

「やめてくれ…」

群れのリーダーに対し、弱々しく返すリュート

「ははっ気が変わった。まずババァテメーからだ。」

群れのリーダーがロザリアに向かう。そのリーダーの足にしがみつき邪魔をするリュート。しかし、もう体力の限界に達しているリュートには足を掴もうにもうまくつかめない。

「てめぇは黙ってそこで見てりゃいいんだよ!」

そんなリュートを蹴り飛ばし、ロザリアに向かう群れのリーダー


ガチャッガチャッ


「さあ、ババァまずはてめえからだ!」

ロザリアに向けて剣が振り降ろされる。


ガキン!


「なぁっ!」

「ふぅ~…なんとか間に合った…」

群れのリーダーの剣はロベルトの盾によって塞がれた。

「おばさん大丈夫かい?」

「あんたは?」

「ロベルトだよ。」

「あんた、ロベルトなのかい?リュート、リュートを助けておくれ!」

「あぁ、もちろんだ…その前にまずはこいつを倒すとしよう。残りの敵はあとどれ位いるんだ?」

「そいつ1人だよ。残りはリュートが…」

「えっこいつ以外全部リュートが?」

ロゼリアからそう言われ辺り一面を見渡すロベルト。辺り一面には無数の盗賊が倒れていた。

「この数の盗賊をたった1人で?」

「あっ、そうだよ。だからリュートも体力の限界にきちゃって」

「じゃあ、後は任せとけ」

「任せとけって大丈夫なのかい?」

「当然…」

ロザリアの問いにそう返しロベルトが剣を構える。突然のロベルトの出現に動揺を隠せない盗賊のリーダー。

「なんだ、てめえは!」

「うるさい、黙れ…俺の弟分をかわいがってくれたんだ。お前の運命はどちらにしろ決まっている。」

その勢いに押される固まる盗賊のリーダー。ロベルトはそんな敵のことを御構い無しに剣を振り落とす。勝負は圧倒的だった。体力の限界に達していたとはいえ、リュートを子供扱いしていた群れのリーダーをロベルトはたった一振りで薙ぎ払った。

「さぁてと…」

そう言いながら、ロベルトはリュートに近づき抱え上げ手当を出来そうな場所を探す。

「おばさん、リュートの傷を手当をしたいんだが、どっかいい場所ないかな?」

「あぁ、だったらじゃあうちにおいでよ」

「そうだね。じゃあおばさんの家に立てこもりながらみんなが来るのを待とう」

リュートはロベルトに抱えあげられながらロザリアの父の家に向かい、そこで手当てをされた。ロザリアがリュートを手当てしている間も、ロベルトは外への警戒を怠ることはなかったが、しばらくすると大量の蹄の音と共に王宮騎士団が到着した。今回の件以降、双剣のリュートの名は王国全体に轟くこととなった…

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