第10話.真っ直ぐに生きる

バン!

 

「ロザリア、大丈夫か!」

物凄い物音と共にストーンが家に入ってくる

「あら、あんたおかえり?」

声は元気だが、頭に巻かれた包帯はとても痛々しそうだ。

「いったいどうしたのだ、その傷?」

「いや、ぶつけちゃって」

舌を出しながら笑うロザリア。どうやら左側の眉間のすぐ近くを切ったらしく、命に別状はないらしい。それを聞いて正直ほっとした。ロザリアにどういう経緯で怪我をしたのかを聞いてみたが、ロゼリアは笑って誤魔化すばかりで理由を教えてくれない。仕方なく寝室に入りくつろいでいるとハヤトが泣きながら入ってきた。

「ストーン…ごめ…さい、ロザリア…怪我…せいなんだ…」

泣きながら喋っているため、うまく聞き取れないが、どうやらロザリアの怪我はハヤトが負わせたらしい。

「どういうことだ、泣いていてはわからんぞ。少年?」

ストーンが優しく問いかける。ハヤトは泣きながらも少しずつ、事の経緯を喋り始めた。ヴォルグのことロナウドのこと、復讐のためにハリーからスリングを教わったこと、そのスリングでロナウドに復讐しようとしたところ、誤ってロザリアに怪我をさせてしまった事。全ての事を聞き終わりストーンはハヤトの囚われている物の深さを知った。

「そうか…」

ストーンはそういうだけであった。殴られた方がどれだけマシであろう。罵倒されればどれだけ気分が晴れるだろう。しかし、ストーンはハヤトを責めるどころか、殴りもしなかった。

「なんで?なんでストーンは俺を責めないんだ!」

思わず声を荒らげるハヤト

「そうだな、俺も過去にロザリアに傷を負わせたことがあるからかな?」

「えっ」

「あいつは子供が産めないんだ。その理由もあいつが俺を庇って負った傷のせいなんだ…」

ストーンがそう言いながら語り始めようとした時、ロザリアが部屋に入ってきた。

「はいはい、男2人でコソコソ何話してるんだい?やらしい…そんなことよりも早く夕食食べておくれ」

明るく振る舞いながら話しかけるロザリア。

「でも、ロザリオおばちゃん…俺…俺…」

「いいんだよ。ハヤト、あんたの苦しみを私がもっと早くからわかってあげてたら、こんなことにはならなかったはずなんだ。その苦しみがわからなかった罰なんだよ。これは」

「そんなことないよ。ロザリアおばちゃんが罰を受ける理由なんかないよ!」

涙を流し謝罪するハヤト、優しく抱きしめるロザリア

「よしよし、ハヤトはいい子だね。大丈夫だよ?私がついてるから」

その姿は自分の子をあやす母そのものであった。

「少年…」

ストーンが話しかける。ハヤトが泣きながらストーンの方を見る。

「少年はロザリアが好きか?」

「うん。」

「では、ロザリアにやったことを本当に悪いと思っているか?」

「うん。」

ハヤトは泣きながらストーンの問いに答える。

「そうか…では、少年…これからは真っ直ぐ生きろ。辛いこともきついこともあるだろう。だが、そんな時は私とロザリアがお前を支える。約束する。だから恨みを忘れろとは言わない。でも真っ直ぐに生きてくれ」

ストーンの優しい声にハヤトは涙が止まらなかった。そして、自分が絶望の淵にいないことにも気がついた。確かに色々なことがあった。ヴォルグに村を襲われたせいで、両親を失った。友を失った。育った村も何もかも…自分にはもう何もない…そう思っていた。でも、違った。自分にはまだこの2人がいる。この2人が自分の事見ていてくれる。そして信じてくれている。そう思うだけでどこか気分が軽くなった。そう思いながらハヤトはロザリアの胸で眠りについた…


目が覚めた時には既に朝だった。どうやら自分は泣きながら眠ってしまったらしい…昨日のことを思い出すと恥ずかしい反面、嬉しさもどこかある不思議な気持ちだった。ハヤトはその日から変わった。いや、正確には戻ったといったほうが正しいのかもしれない。活発になり、喋りもハキハキし始めた。

「おばちゃん、俺今日街の方に行ってみようと思うんだけど、いいかな?」

「いいよ、だったら一緒に行くかい?」

「いいよ、恥ずかしいよ…」

「何言ってんの、ほら、行くよ。」

そう言って、ロザリアに連れだされるハヤト。以前のハヤトであれば恥ずかしさが勝ち一緒に出掛けるということはなかったのだろうが、両親を失い、友を失い、帰る村まで失った事を考えると、こういう何気ない生活がどれだけ大切か実感する。口では否定をしているが、照れながらもどこか嬉しそうだ。対するロザリアも懐いてるハヤトのことをとても可愛がり、実の子のように接している。一緒に喋りながら街の中をブラブラしていると、前の方に見慣れた集団が歩いている。ロベルトだ。ロベルトの取り巻きはハヤトのことを見つけるとバカにしたように声をかけてくる。

「おいおい、マザコンがいるぞ!」

「まじかぁ~、どうりで乳臭いと思ったよ。」

ロベルトの取り巻き達が笑い出す。

「ハヤトほら、行こう。」

ロザリアがハヤトの手を引こうとするが、ハヤトはその場を動こうとしない。不安になりながらハヤトの顔を見るが、ハヤトはべつに怒っているような感じではない。

「ロザリアおばちゃん、ちょっといいかな?」

そう言いながらロベルトの方に歩きだそうとするハヤト

「ちょっハヤトやめなさい。」

「大丈夫、ロザリアおばちゃん俺を信じて…」

慌てて止めるロザリアに向かってハヤトがそう呟く。少し考えたが、今のハヤトを信じてみようとロザリアが手を離す。ハヤトはロベルトの方に向い歩き始める。ロベルトはハヤトの方を向いたまま動こうとしない。ハヤトが近づくにつれ、ロベルトの取り巻き達がハヤトを静止させようと前にする。しかし、ロベルトはハヤトを止めに出ようとした取り巻き達を下がらせる。

「何の用だ?」

とても迫力のある声だった。

「この間はすまなかった。」

「何がだ?」

頭を下げて謝るハヤトに対して動揺する素振りも見せずハヤトに質問するロベルト

「俺は村をギャンサーに滅ぼされたんだ。そのせいでギャンサーを憎んでいた。」

ハヤトは自分に起きたことを話し始めた。嵐吹く夜にヴォルグ率いる海賊に村を襲われたこと、その中で自分1人だけが逃げ出すことが出来た事、崩壊した村を見た事等全てを話した。話している最中にその光景がフラッシュバックし、ハヤトは止まりそうになる。だが、ここで負けては自分は立ち直ることができないと自分で自分を励ましながら全てのことを話す。その話のあまりの凄惨さに最初は罵声を浴びせていたロベルトの取り巻き達も黙り込んだ。

「でも、ロザリアおばちゃんやストーンと暮らして分かったんだ。憎いのは民族ではない、その人本人であると、そんな当たり前の事もわからず、俺はお前に殴りかかってしまった。本当にすまないと思っている。」

「そうか…」

言葉自体は冷たいが、ロベルトの顔を見るとどこか優しげな笑みを浮かべていた。 その日からハヤトはロベルト達といつも一緒にいるようになった。いつしかハヤトはロベルト兄のように慕うようになった。

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