練兵に倣う灰滅-12-
「水分補給をしよう。そうしたら休憩で俺と鬼事をするぞ」
煌いた笑顔で告げる言葉に悪意はなくとも、この人は僕を殺す気か? とさえ狐疑の皺を眉間に浮かべた。それほどのレベルで全身が疲労を訴えていたのである。鬼事と名ばかりは可愛いものだが、実際問題ティムさん相手に僕が本気で鬼役を全うしても一向に捕まる気配はない。
鬼役なのだから真剣にならずともダラダラやって終わりにすればいいのでは? という意見も出そうだが、「全力を出していないようなら、明日以降から基礎体力向上メニューを増やして教練の終了時間を後ろ倒しにするぞ!」と爽やかに脅されているため、そうも言ってられないのである。そんなのは御免だ。僕だって正直言って早く帰って寝たいし休みたい。
また、ティムさんを捕まえた時には報酬として約3時間早く訓練を切り上げることが条件に入っているのも大きなアドバンテージだ。怠惰とは時に人を強靭にするものである。何としても捕えてやる、その一心で僕は死に物狂いでティムさんの背を追いかけた。
「よし、今日の鬼事はここまで!」
そうティムさんが合図を出す。結果的にティムさんを捕まえるどころか触れられることすら一度もなかった。素速さ自体は本気を出していないのだろうが、身の熟しが尋常でないほど軽快であったため、「取った!」と確信した時には華麗に後ろに回り込まれていたり、「掠った!」と錯覚した時には遠方から「惜しい惜しい」と笑う声がして、気付けば10mは離れた位置にいるのが基本的なオチ。こちとらあらゆる戦略を行使して角に追い詰めてまで飛び付いているというのに、壁蹴りジャンプを決めて難なく躱されてしまった時など、単なる鬼事にしては前代未聞な逃走法ではないかと苦虫を噛まされる始末である。
「一度もティムさんのこと、捕まえられなかった……」
「初日で新人に捕まるほど俺もヤワじゃないんでな」
僕は汗だくだが、ティムさんだけ涼しい顔で汗一つ流していないというのが何だか悔しくもある。心中ティムさんから一本取ってやるぞと密かな野望が生まれたのは、生来の負けず嫌いが顔を出したからだろうか。一本取るにはどうすればいいか、まずは戦略を練らねば、と一人決意する。
次に始まるのは、対
何と
とは言え、ある程度各種
「ハチ、気を抜くと戦場じゃ真っ先に死ぬぞ」
ティムさんが真顔で冷たく言い放つ。途端に現実に引き戻された僕は、手にかけるという気持ちに踏ん切りがつかぬまま、肉薄する
「ハチ、お前は
「……はい。十分分かってはいるつもりでしたが、元人間を手に掛ける状況を上手く甘受できていなかった。まだまだ覚悟が足りない、証拠ですね」
「
「戦場で役立つ以前に模擬戦で負傷するのは避けたいです」
「なら、より一層の精進を欠かさないことだな」
人を殺す。無縁だったとは言え、この世界に足を踏み入れた以上、逆らえない鉄則である。上官の命令無視は罰則ものだ。社会に仇なす危険種を排除するのは、害獣の駆除と一緒。例えそれが、過去通常の生活を営んでいた健全な人間だったのだとしても。そう自分を無理矢理にでも納得させる他に、道は残されていないのだ。
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