練兵に倣う灰滅-7-
風呂上がり。ドライヤーで髪を乾かした後、さっぱりした気分とふんわりした柔軟剤の匂い、肌触りの良い生地の服に包まれて、僕は執務室へ足を運んだ。扉を開けた先からは何やら揉めている声々が聞こえたが、話の流れからして大方
「お前らの言いたいことは百も承知の上だが、閣下に食い下がった言い分は全部却下されたんだ。受け入れるしかあるまいよ」
「それでハチが死んだりしたら元も子もないじゃないですか。彼はまだ子供ですよ」
「運良く戦場で死ななかったにしても、何か重大な後遺症でも残ったらハチがあまりにも可哀想だ」
「その言い分も十分分かっているつもりだ。が、奴は元々総本部の
「それはそうですが。……でも、彼は記憶喪失なのに――」
「――何だか僕の処遇について同情的な声が聞こえますけど、そこまで悲観的にならないでくださいよ二人共。僕は僕で皆さんと行動する中で失った記憶を見付けられたらいいなと考えているので、現状を比較的明るく捉えています。勿論皆さんには指導において教鞭を振るって頂く分だけ負担を強いる結果にはなりますけど、生き延びてやるという気構えだけは固く揺らがないものなので、これから死なない術を沢山叩き込んで頂ければと思っています。――どうでしょうか……?」
口論を割るようにして嘴を容れると、三人は「いつの間に風呂から戻ったんだ!」と言わんばかりに驚いた。議論に白熱していたのか、僕の気配に全く気づかなかったらしい。隠密行動をしていたつもりはないのだが、記憶を失う前の密偵時代の習性が滲み出てしまったのだろうか、なんて偵察任務をしていた自分の姿が、ありもしない記憶が頭の片隅を過る。舌戦に聞き耳を立てるなんて野暮な真似をした訳でもないにせよ、僕の不在時に僕についての論争をされるのはあまり居心地が良くないのは事実だ。
言うまでもなく、僕のことを心配する声が上がるのは単純に嬉しい。嬉しくはあるが、ただ心配するだけでは現状が変わらないのは事実であるし、それならば死なない戦術を習得する方が余程合理的である。処遇が決定した段階では我儘で何もかも全て蹴散らしてやろうとも考えたが、それは
「ハチ自身が現状を受け入れているのなら、僕達はもう何も言えません。……君は、強い子ですね、その年でこんな待遇を受け入れるだなんて中々できないですよ」
「死なない戦術戦法の習得は俺達に任せとけ。教えられるもの全て座学と実践通してみっちり教えてやる」
二人は僕の話を聞いて
「包帯はきちんと巻けたか? 俺がまた巻き直してやろうか?」
「いや、大丈夫です。レンさんとテオさんの処置を間近で見ていたし、見様見真似でできました。僕の治癒能力が高いことが関係しているのか分からないですが、傷の方も大分痛みが治まっているので、後は何とかなりますよ」
折角の好意を敬遠されたレンさんは、不服顔ながらも「そうか……」と僕の返答を受け入れる。普段なら気の向くままに「いいから俺に任せろって」と言及してくるであろう状況、そうしなかった現実に不信感を感じた。随分としおらしくなった姿は逆に薄気味悪くもあるが、僕がいない間部下二人からこってり絞られただろうことは、巧まずして想像できた。
それで、座学とは一体何を学ぶのか。それが議題に上がる。すると、まず本日学ぶのは
また、以後のスケジュールとして、実戦訓練が投入されるまでの安静期間3日間で一体何を学ぶか確認しておいた。明日学ぶのは対人戦について。明後日学ぶのは救護作戦における保護と護衛しながらの戦闘術について。だそうだ。
てっきり
――ああ、そうか。ここに来るまできちんと認識できていなかったが、誰かの英雄になることもあれば、誰かの仇敵になることもあるというのが、僕に課せられた真の務めなのかと。思わず求められている役割に、僕は苦悶するしかなかった。
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