首輪に従う黒狗-6-

桐生きりゅうさん。僕は……記憶を喪失した僕は、今後どういった対応を取れば……?」


 そんな質疑応答が飛び交う中で、僕は今後の身の振り方について考えていた。

 総本部より派遣された側の監査官が、現場の指示を仰ぐなど本来であればあってはならないことだ。だとしても、記憶がない以上どうしようもないのもまた事実。頭を悩ませるポンコツ監査官を可哀想な目で見るのは、僕に暴行を加えた鬼畜少佐だけであったが、桐生きりゅう氏は「そうだな」と首を傾げた後、妙案が浮かんだかのような面差で僕達に一つの提案を持ち出した。


「現段階で新たな内偵が派遣されるかどうかは分からない。であればこそだ、ハチ。君をこのまま密偵スパイとして雇い、第一部隊に配属させて君から見た内部情報を僕本人に横流しする。という方式はどうかな?」


 何だそれは? というのが最初に飛び出た所感であった。既にルベルロイデ少佐に僕が密偵スパイであることがばれている以上、内密に任務を遂行することは不可能である。桐生きりゅう氏の言う通り、現状ルベルロイデ少佐が反徒でないにしても、突拍子もなく新人の部隊配属をするなどという愚行自体、周囲からどこかの密告者ではないかと不可解に思われるであろうことが明白だ。万が一内偵している点が漏洩せずとも、その界隈に少なからず異例の配属を不審がる人間が現れるのが関の山。それをどう切り抜けるか、桐生きりゅう氏に何か策でもあるのかと一考するも、どう言った手立てを用意しているかなど一般人に成り下がった僕には到底想像もつかないことであった。


「閣下、小官の部隊構成をお忘れか? 特殊精鋭部隊とされるK-9sケーナインズ三人一組スリーマンセルが基本形態の小部隊、慣れない隊員の加入で我々の戮力協心が瓦解することすらあり得る。つまり我々の連携は既にこの形式で完結している。故に、新たに一名加入させるのは基本形からすると極めて特例に当たり、逆に悪目立ちする確率が高いでしょう。ハチの密偵業務を無事に遂行するのであれば、小官の部隊配属は彼の任務上大きな妨げになると愚考致しますが……」


 桐生きりゅう氏の発案にほどなく少佐がそれは実現的ではないと異議を唱える。少佐の言うK-9sケーナインズがどのような部隊かは存じ上げないが、特殊精鋭部隊ということは要はそれが超攻撃特化型で個人技能がずば抜けて高い人物達の集団に等しいことが画然とする。その粒揃いの部隊に要求される軍事任務ミッションは極めて難易度が高いものに違いない。更にエリート部隊に、碌に戦闘経験を積んでない自分が入ったところで、足手纏いになるのは目に見えている。


「確かに、K-9sケーナインズの特性上、三人一組スリーマンセル四人一組フォーマンセルに置き換えるのは不自然極まりない。そこは僕も理解している。しかしね、誰も今の部隊を四人一組フォーマンセルに切り替えろとは一言も言ってないんだよ。ハチを部隊の戦闘要員として迎え入れるのでなく、とある任務・・・・・の保護対象者として護衛している、という体で引き入れれば周囲はそこまで出鱈目に警戒しないんじゃないか? 現にK-9sケーナインズの各部隊はこれまで護衛任務と称して護衛対象の人物を部隊の近辺に配置していた前歴があるはずだよね」


 部隊の戦闘要員ではなく保護対象者として護衛する体裁を取る。考えもしなかった展開に僕は既に着いて行けなくなっていた。では、戦闘に参加する必要がなくなるのだから、改めて戦闘訓練などする必要もないかとややうかうかしている間に、その希望は呆気なく断たれる。


「勿論、保護対象は名目上の話さ。飽くまでK-9sケーナインズは第三師管区総司令部の主力部隊。護衛対象者と周囲に認知させつつも、戦闘知識や技能は叩き込んで戦力強化を図り、即戦力として扱うつもりでいる。ただの穀潰しを内部に置くだけの余裕はないしね。身元保護するだけの代償を頂戴するのは当然の流れだろう」


 無事、安全な生活は保障されないということが確定した。しかもK-9sケーナインズの行う任務とやらがどんなものか詳細は分からないが、戦域鎮圧や前線での戦線拡大、戦線離脱における退路確保・殿担当など、苛烈なものが要されるに決まっている。現状の軍歴としては記憶喪失により素人故、安全な後方勤務が与えられると都合良く解釈していたからこそ、顕著に己の寿命が短縮していくかの如き錯覚を起こした。


「話が早計過ぎであります、閣下。K-9sケーナインズの特性上、戦域鎮圧にハチを加えるのはまだ互譲の範疇としても、禍津子マガツミである侵蝕者イローダーとの戦線に一般人が参与するということは侵蝕因子の感染リスクから思惟するに御法度でありましょう? 恐れながら申し上げますが、問題点が数多現存する中で、閣下はそれらをどのように顧慮なさるおつもりですか?」


 K-9sケーナインズに、禍津子マガツミ侵蝕者イローダー。よく分からない言葉の乱立に一人混乱する僕は静かに挙手した。「あの、先ほどから専門用語が偏重しているせいで、こちらに全く会話の意図が伝わらないんですが。失礼を承知で申し上げます。僕にも意味が分かるように説明して頂けますか?」と。それはそれは心憎い台詞で申し立てた。

 話題の中心人物は間違いなく僕自身だ。眼前で等閑なおざりにされたまま己の今後の行く末を決められるなんてのは、勝手が過ぎる。せめて仔細を諄々と説いてくれなければ、こちらとて戸惑ってしまう。会話から置いてけぼりにされて、待ちぼうけを食らい、そうまでされて笑顔で黙っていられるほど、自分は従順な部類ではない。


「ああ、これはすまない。君を記憶喪失の一般人としてでなく、従来通りの軍人扱いをしたが故に、つい我々の公用語を多用してしまった。今の君にとって我々の会話は何一つとして通じ得なかっただろうから、順を追って事細かに説明しよう。その中で不明点や疑問点があれば、逐次尋ねてくれると良い。応じられる範囲内で答えよう」


 桐生きりゅう氏の粋な計らいにここはまず感謝である。

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