File 03：練兵に倣う灰滅

「君が、桐生（きりゅう）閣下のご命令に預かった、第一部隊保護対象者ーー通称子犬のハチ君、だってねえ……。文字通り忠犬ハチ公宜しく従順でいい子なんだろうか？」

　視線を合わせるように腰を屈め、顎を撫でながら繁々と僕を見遣るのは、軍服の上から白衣を羽織った男。レンさん同様に白金の地髪と真紅の虹彩をした、これまた神と見紛う容貌を持った御仁。その見目から、彼もまた第一級接触禁忌種なのだろうとの予測は簡単に着いた。また6フィート近くのその背丈や筋肉質な体格は、やはり何処かレンさんと同じ軍属の者であることを彷彿させるようでもあったが、元々医師故にレンさんほど恰幅は良いものではなく、彼に比較すると細身ではあった。

　茶縁の眼鏡がインテリを装いながらお洒落度を強調している。偏頗（へんぱ）な見方ながらも何となくそれが女受けを狙っているように見えたのは、彼自身の浮ついた雰囲気自体がそうさせるからだろうか。唯一謎めいているのが、前髪をアップに纏めているボンボンの付いたピンクの女児用髪飾り。過ぎし日々に強い思い入れでもあるのだろうかと勘繰ってしまう程度には、少し年季が入っているように感じた。

　眼鏡の奥から無礼という言葉を知らないのではないかという透き通った眼（まなこ）が、穴が開くほどまじまじとこちらを見詰めてくる。この怪奇を形容した人物が、件のクンツロール少佐か、と了知する以前に、僕はただ至る箇所を黙って注視されるだけの時間に殆（ほとほと）参っていた。

「あ、の……」

　沈黙に耐え切れず、先んじて言葉を発したのは僕の方だった。レンさんの時もそうだが、端正な顔にじっと目を向けられるとどうにも居心地が悪いのは、どんな種別であろうと一緒らしい。異質性を放つ白金の地髪と真紅の虹彩もそうだが、例え彼らが黒髪黒眼や金髪碧眼の極一般的な種族だったとしても、人目を惹く容姿であることに変わりはない。つまるところ容姿端麗の双眸に凝視される経験の乏しい僕にとって、その行為は言葉に詰まってしまう発端になり得るのである。ある程度は美形に対する慣行的な耐性も必要なんだなと痛感するくらいに、行動が抑圧されてしまっているのがいい例だ。

「陸軍中将の桐生（きりゅう）氏から仰せ付かって貴方の下へ伺ったのですが、貴方が治療担当のクンツロール少佐という医師で間違いないですか？」

「何だよハルちゃぁぁぁん、連れてくるなら美人か可愛いレディにしてくれって何度も言ってるじゃんかぁ！　野郎の相手なんて俺はノーサンキューな訳よ？　そこら辺分かってるぅ～？」

　端正な顔をした男を前にするという慣れない状況下で、稍（やや）緊張の色を浮かべながらも僕は懇切丁寧に眼鏡の男に尋ねたが、僕の発言を遮るようにして、彼が出し抜けに大声を上げた。それはまたもやその様相に似つかわしくない俗物的なものだった。僕は唖然とする他なかったが、こういった出来事に直面するのが初回ではなかったことから、驚きはそこまで酷いものにならずに済んだ。

　邂逅直後に他人（ひと）の話を全面的に無視して暴力を行使する男と、他人（ひと）の話を聞かないどころか台詞を被せて駄々を捏ねる男。どちらも癖が強いというか、身勝手な部分は変わらない。もしや第一級接触禁忌種とはそういった特殊性を兼ねた変人達の集まりなのではないかと考えると、K-9s（ケーナインズ）各部隊との合同任務における内通者探しは中々に骨が折れそうだ、なんて早くも弱腰になりつつあった。

　だが、消極的な姿勢になる裏側で強気の自分も多少存在していた。僕が全てを言い切る前に、食い気味に言葉を遮ってきた男を見て、「他人（ひと）が下手下手に出ていれば、こいつと来たら自由奔放好き放題言いたいこと言いやがって」と少しばかりの苛立ちが沸き上がったというのが実情である。だが、ここは冷静に、穏便にことを運ばなくてはと、本能的警鐘が鳴り響く。何よりレンさんの実力からして僕の膂力（りょりょく）は羽虫同然だ。レンさんと同族たるこの眼鏡医師に勇み歯向かったところで、手酷い竹箆返（しっぺがえ）しを受けるのも目に見えている。問題を起こさずにことを済ますのであれば、この小さな燻りも見て見ぬふりをすべきなのが妥当。全く納得はいかぬが承知はした、といったところだろうか。

「うるせえゴミ眼鏡、さっさと閣下に与えられた職務を全うしろ」

「まあ閣下のご命令とあらば俺も一肌脱ぐしかないけど。……はあ、選りにも選って野郎の治療とかモチベーションだだ下がるわあ……」

　がっくしと肩を落として後頭部を掻き毟る男が、「しょうがないさね」とぼやく。こんなやる気ゼロの男に、重傷の治療を任せて大丈夫かと不安が募るが、桐生（きりゅう）氏曰く一流の医師らしいし、今はその言葉を信じるしかあるまい。ただ一つだけ、レンさんもこの眼鏡男も見た目年齢は25歳くらいと年若い印象を受けるため、この年齢で満足の行く治療が施せるものなのかと微かな不信感が過った。何故ならその年齢層の医師であれば、通常は研修医として活躍しているはずなのだ。