ポポポポポ、プププププ

三屋城衣智子

プププププ、ポポポポポ

 寒い。二月も末なのに寒の戻りなのか夕方五時現在、雪がちらちらと視界を掠める。

 俺――神崎かんざき隼人はやとは仕事帰りにコンビニで調達したコーヒーと食料を片手に、帰宅の途についていた。気温がマイナスになっているのか、手は段々とかじかんで袋を持っているのが少し辛い。傘はささない、少しの雪なら傘は邪魔だ。少し目深に被った帽子を雪除けがわりにしながら、俺は築五十年のオンボロアパートの錆びた金属階段をカンカンと甲高く鳴かせながら上がる。ガチャリ、という音と共に自室に入れば、ポポポポポ、とスマホの鳴る音が誰も待っていない部屋の中へと響いた。




 ※ ※ ※




 画面を見ると、見た事のない番号である。誰だ?


「もしもし?」

「あー、繋がった、よかったぁ。わしわし、わしよぉ〜、お・ば・あ・ちゃ・ん!」

「なんだ、ばあちゃんか、どした?」

「どしたじゃないよ、あんた、元気しとる?」


 電話は、ばあちゃんだった。俺は靴を脱ぎ玄関先に買った物を置きながら対応する。


「うん、何とか。ばあちゃんは?」


 ばあちゃんは元気だろうか。地元は雪深かった、もうずっと帰っていない故郷は、今もまだ真っ白なのかもしれない。つらつらと考えながらばあちゃんの返事を待つ間に、部屋に電気をつける。2DKの俺の城は、乱雑に生活に必要なものこそあれど、シンプルだ。


「元気元気! わし百歳越すまで生きて記念品受け取る気だけん、毎日自転車漕いで頑張っとう」

「なら良かった」

「ほんであんた元気で良かったけど、お母さん心配しとったよ、顔見せよるんね?」

「え、お袋? なんかあった?」

「何かじゃないよ、あんた、この間オレオレ詐欺に引っかかってもうてから。ってあんた連絡いっとらんに?」

「初耳だけど」

「だいぶぅ取られて、ちょっと生活苦しいってこぼしちょっと。知られたくないんだろうけど、見てられんくてね」


 スマホ越しに、心配そうな声が聞こえる。ばあちゃんは自分の娘のことが大層心配らしい。ため息にその気持ちが詰まっていた。


「それで?」

「ああ、んでね。わしが援助しちゃろういうたんじゃ、けどがんとして受け取らんくてねぇ。あんたからちょっと都合できんかね? 後で補填はするっち」

「いくら」

「確か二百言いよっち。けんど半分でええよ、後はわしが何とかしちゃるけん」

「ばあちゃんは年金暮らしだろ。後半分なんてどこで工面すんだよ」

「優しい子じゃねぇ。そんなもん、シルバーでコツコツやりゃなんとかなるけん。ばばあの本気、舐めたらいけんよ」

「ははっ、ばあちゃんらしいや。けどシルバーってそんなにもうかんの?」


 俺は懐から今日の仕事道具を引っ張り出すと、ダイニングの机へと投げながらばあちゃんに聞く。パサリと落ちたゼロの並ぶそれは、適当なところが開いて止まった。


「んー、頑張って時給八百円くらいかねぇ。まぁ頑張りゃええんよ」

「ねぇばあちゃん、その仕事さ。金額倍になるのがあるって言われたら、どうする?」

「え?」




 ※ ※ ※




 寒い。三月も頭なのに寒の戻りなのか早朝五時現在、雪がちらちらと視界を掠める。

 俺は仕事帰りにコンビニで調達した缶コーヒーと季節最後だろう肉まんの入った袋を片手に、帰宅の途についていた。天涯孤独だが不自由はしていない、誰も待っていなくとも住むところはある。段々と暖かくはなってきているのか、手はかじかまないが、息は白い。傘は持っていない。特定されるものは少ない方がいいし機動力に傘は邪魔だ。目深に被った帽子を雪除けがわりにしながら、俺は築四十数年のオンボロアパートのコンクリ階段をコツコツと固く鳴かせながら上がる。ガチャリ、という音と共に自室に入れば、プププププ、とスマホの鳴る音が3DKの部屋の中へと響いた。




「あ、もしもしばーちゃん? 俺」



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ポポポポポ、プププププ 三屋城衣智子 @katsuji-ichiko

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