第二章 設定外が多すぎて

第14話 物語は始まった

 「失われた王国」のオープニングは、リヴシェ15歳の春だった。

 つまりとうとう、その時が来たってことで。


 リヴシェは、設定どおりの美少女に育っていた。

 漆黒の長い髪に濃い紫の瞳、雪のように白い肌に小さな赤い唇。

 伏せればばさりと音のしそうな長いまつ毛が、切れ長の目を神秘的な印象に見せている。


 完璧よ、完璧。

 さすが最推しのリヴシェ。

 綺麗に成長してくれて、ありがとう。


 前世の推し活の勢いで、鏡に映ったわが身を愛でる。

 記憶が戻ってから8年経って、この世界での新たな記憶が増えてくると、最近では前世こそが夢だったのではと思うこともあった。

 けれどまだ起こってもいない未来を知っていたり、見たこともない場所を知っていたりと、そんな現実を目の前におかれると、やはりここは「失われた王国」の世界なのだと思い知らされる日々だった。


 8歳から続く聖殿での生活は、思ったよりずっと快適だった。

 祈りと慈善に明け暮れるストイックな日々を想像していたけど、祈りと慈善のお務めさえこなせば後は何をしていても良いし、他人の目をさほど気にしなくても良い。

 王宮にいるよりずっと自由な暮らしだった。

 会いたい人には会えるし、必要があれば王宮にだって帰ることができる。

 リヴシェの場合、会いたいとリヴシェが思うより早く相手が訪ねてくれたので、寂しいと思う暇もなかったけど。

 母とペリエ夫人は数日おきにやってきては、リヴシェの扱いに不足がないかを確認してこまごまと注文をつけて帰る。

 そしてラーシュ、リヴシェの婚約者は、文字どおり毎日のようにやってくる。

 どんなに忙しくても、なんとか時間を作っては顔を見せていた。


 17歳になったラーシュは、ぐんと背が伸びてさすがメインキャラクターの一人だと思える美男子っぷりだ。

 まばゆい金の髪はずいぶん長くなって、背中で1つに結わえている。

 白のジュストコールの似合うことといったら、プリンスオブプリンスの称号を与えたいくらい。

 そのザ王子様の容貌で囁く言葉は、7年前より激アマだ。


「愛しいリーヴ、君とこうしている時間だけが、今の僕を支えているんだよ」


「僕の女神、君のいない時間を耐えた僕を褒めてほしいな。

 昨日別れてから、もう10時間も経っているんだよ」


「妻と呼ぶことを許される日が来たら、僕はね。

 君を外になんか出してあげられないと思うんだ。

 君を見て良いのは、僕だけだからね」


 最後のセリフはちょっと、いやかなり怖いけど、まあこんな感じで毎日激アマな囁きを残してくれる。

 

「ラーシュだって忙しいんだから、こんなに毎日来てくれなくても良いのよ」


 さすがに連日の攻勢にリヴシェが控えめに言ったら、ラーシュの表情がさあっと険しくなった。


「リーヴより大切な用事なんてないよ。

 それに……。

 僕がいない間に、泥棒犬が入ってきては困るからね」

 

 ごく真面目な表情かおで言うのだけど、泥棒犬って言葉、あったかしらと思う。


 まあそんな感じでラーシュとの仲は順調で、このまま16歳を迎えれば無事にハピエンになりそうなんだけど、そうは問屋がおろさないんだろう。

 聖殿へ来てから関わっていないから二コラの近況を詳しくは知らないけど、とりあえず寵力の発現はしていないし、王女にされてもいないみたいだ。

 8歳の訪問以来、ラスムスと二コラが接触した様子もないのだけど、ちゃんと恋に落ちてくれるのか。

 他人事ながらリヴシェは心配している。




 そんなある日のこと。

 朝の祈りの時間に、神官長から告げられた。


「近く、ノルデンフェルトへお輿入れがあるそうです」


 やた!

 ついに来た!

 ヒロイン二コラがラスムスに嫁ぐのか。

 でも1年早くないか? 確か設定では16歳で嫁ぐとあったはず。

 まあ、細かなことは良い。

 とりあえず、めでたい!


「そう、それは良かったわ。

 それで彼女はいつ嫁ぐのかしら?」


「再来月と聞いております」


 夏かぁ。

 ノルデンフェルトの夏は短いけど一年で一番美しい季節だというから、良い時期を選んだんだろうと思う。

 ラスムス、さすがの熱愛っぷりだ。

 うんうんと頷きながら、これでやっとリヴシェの自由が戻ると気分が上がる。


「ジェリオ伯爵夫人には、お祝いをなさいますか?」


 は?

 神官長の顔をまじまじと見た。

 ああ、娘を嫁がせる家に贈るということか。でもそういうのって、家同士のつながりがある場合に、家から家へ贈られるものでしょう。個人的に贈る場合もあるが、それはよほど親しい場合に限る。リヴシェはあのゴージャスオバ……、もといジェリオ伯爵夫人と親しくはない。


「わたくしが贈るのなら、嫁ぐ方へではないの?」

 

 これで安心してリヴシェ幸福化計画を先に進められると思えば、ヒロイン二コラの明るい未来をお祝いしても良い。

 彼女が嫁いでくれたら、後はリヴシェのハピエンだ。

 浮かれているところへ、神官長の意外な言葉が返る。


「ジェリオ伯爵夫人が嫁ぐのです」


 え?


「伯爵夫人は前皇帝陛下の側室として、ノルデンフェルトに嫁がれます」


 はい?

 二コラじゃなくて、母親の方が嫁ぐって。

 そんなの聞いていません。というか、あまりにも小説と違うのですが。

 

「前皇帝陛下の側室ですって?

 お父様、陛下はお許しになったのですか?」


 言ってみれば恋人を横取りされたのだ。連れ去られる先は隣国とは言え国外で、それをあっさり認めたとは考えにくい。

 それにいつの間に、前皇帝とそんな仲になったのだろう。父の愛妾であることなど、先方は承知の上だろうに。


「はい。お認めになりました。

 伯爵夫人には現在、夫がおいでになりません。

 ノルデンフェルトから夫人に直接お申込みがありましたようで、夫人がお受けになったのです。

 陛下には、事後のご報告だったらしゅうございますね」


 無表情でたんたんと続けた神官長の言葉に、ちらちらと皮肉の棘が見え隠れする。

 それはそうだろう。

 隣国へ、しかも愛妾の身にある者が嫁ぐなど、国王の裁可なしに決めて良いものではない。それをあのオバ……、ジェリオ伯爵夫人は受けて、その後国王に報告したのだというから、さすがだ。渋々であっても咎めずに認める父も、かなりのものだけど。

 

 どうしたものか。

 側室とは言え隣国前皇帝の妻として望まれたのだから、王女であるリヴシェが知らん顔をしているわけにもゆかないだろう。

 礼儀の範囲を超えないもの、あくまでも型通りの贈り物を贈っておくか。

 

「ペリエ夫人を呼んでもらえますか?」


 こういう時に一番頼りになる人の名を告げた。

 詳しい情報もきっと、夫人なら持っているだろうし。

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