第13話 悪役令嬢は王宮を離れることにした

「姫様、この後の予定がございます。

 お急ぎくださいますように」


 さすがに筆頭侍女ペリエ夫人だ。

 無表情の下の困ってます加減に気づいて、助け船を出してくれる。


「そうね」


 場の緊張感が良い感じに融けて、そのタイミングでリヴシェは動き出すことができた。


「お姉さま」


 背中に二コラの声が聞こえたが、対抗策のないままこれ以上何かを言わせておくのは止めた方が良い。

 二コラが近寄れないようにと、周囲の者がかなり厳重な防禦陣を敷いてくれているのに、まだ目の前に現れるのだ。

 こんなことができるのは、父しかいない。

 十中八九、父が二コラに王宮への出入りを許したのだ。


 小説でも人が良いだけが取り柄の父国王は、ノルデンフェルトの策にはめられて国が傾く原因を作っていたっけ。

 好きな女に入れあげて、その女との間にできた娘を溺愛した。

 母は父の好みではないんだろう。

 優しく賢く品が良い。しかも美しい。

 でき過ぎなんだと思う。

 前世の職場でも、仕事ができてしかも美人だったりする女は、なかなか縁遠かった。

 どうしてあんなに素敵な人がと、女目線では思うのだが、出来が良い女はどうも男どもの劣等感を刺激するらしい。

 父もきっとそうなんだ。

 王妃になるべくして生まれたような女と一緒にいると、自分のバカさ加減を思い知らされて惨めになるのかもしれない。


 最初っからデキる女なんていないのに。

 デキる女はそうなるべく日々努力してきたから、そうなったのに。

 母だって、きっとそうなのだ。

 それを側で見てきたはずの父は、どうしてありがたいとか愛しいとか思えないのだろう。

 勝手に劣等感を持って疎んじるなんて、ほんっと器の小さい男だ。


 父のことを思うと胸が悪くなるが、それはそれとして今は二コラへの偏愛をなんとかしなくてはと思う。

 こんなにしょっちゅう、不意打ちで近づかれてはたまらない。

 

 二コラを近づけるな。


 そう父に願ったら、わかったとは言うだろう。

 けれどすぐにぐずぐずになるのは、火を見るより明らかだ。


「母は違うが、おまえの妹なのだよ」


 とかなんとか、不憫な子なのだから優しくしてやれとか、それが王女の寛容さだとか、勝手なことを言うに違いない。


 父がまったく頼りにならないのだから、父以外の、それも国王である父でさえ軽んじることのできない誰かを頼るしかない。

 国外へ逃げることはできない。

 何しろ今やリヴシェには、寵力の発現がある。聖殿が離すわけがない。


 そうだ。

 聖殿。

 ここなら国王でさえ、簡単に手出しはできない。


「聖殿にこもるわ。

 もうそれしかないみたいだから」


 ペリエ夫人は一瞬怒気をはらんだ表情を見せたが、すぐに目を閉じて頷いた。


「さようでございますね。

 聖殿であれば、姫様がご不快な思いをなさることはなくなりましょう」


 確かラスムスと二コラが一緒になるのは、16歳の頃のはず。

 ならそれまで、聖殿にこもって静かにじっと時間が過ぎるのを待てば良い。

 そうしてその後は、心置きなくラーシュと結婚してハッピーエンドだ。

 よし、これでいこう。



「聖殿か。

 良いかもしれないね」


 まずは婚約者のラーシュに相談しようと呼びだしたところ、彼はあっさり頷いてくれた。

 本来なら一番は母に持ちかけるべきなんだろうけど、リヴシェを溺愛している母があっさり頷くとは思えない。

 ラーシュなら現在のリヴシェが置かれている立場を、正確に理解してもらえるだろうと思ってのことだ。


「聖殿なら、聖女のリーヴをしっかり護ってくれるだろうし。

 僕がリーヴをお嫁さんにする時まで、虫一匹近づけないようによーくお願いしておかなきゃね」


 犬もだめだからねと、念を押された。


「害虫駆除の規模、思い切ってやらなくちゃいけないみたいだね。

 大きな害虫の方は、リーヴが16歳になるまでは待つつもりだったけどなぁ。

 もう少し早くになるかもしれない」


 ほんのり薄暗い微笑を、ラーシュは浮かべている。

 あまり穏やかではないことを考えているらしい。

 詳しく聴くのはやめておこう。

 たぶん、そんなに楽しいことではない。


「聖殿には父からも、よーくお願いしておくからね。

 リーヴは安心して、行ってくると良いよ」


 よーくお願いするって、よーく脅しておくの間違いじゃないか。

 ラーシュの表情かおをみていると、そんな気がする。

 ラチェス公爵家は毎年神殿に相当な喜捨物を納めているらしいから、その影響力は王家よりも大きいはずだ。

 それにあの神官長との約束がある。

 リヴシェが聖女の認定を受けた際、リヴシェ以外の誰かが聖女になっても関わらせないでほしいという約束。

 言質をとっておいて、本当に良かったと思う。


 かくしてリヴシェは聖殿にこもることになった。

 母は思ったとおり反対したが、ラチェス公爵家からの説得でしぶしぶ納得してくれた。

 父国王は自分が蒔いた種であるにも関わらず、まだ幼いからとかかわいそうだとか、人の良いというかバカなのかというようなことを言って抵抗したが、最後には神官長に押し切られて黙った。

 ジェリオ伯爵夫人は邪魔者が一人王宮からいなくなったと単純に喜んでいるようだが、その娘は自分も聖殿で修行するのだと泣いて父にすがったのだとか。

 さすがに寵力の発現のない娘を神殿も受け入れなかったから、父もそれ以上は無理を通せなかったようだが。


 16歳までよ。

 それまで我慢すればいいの。


 聖殿暮らしは不自由だけど、それも穏やかな幸せをリヴシェに与えてあげるため。

 不幸のフラグを立たせないように、じっと我慢するんだ。

 言い聞かせ言い聞かせ、年月は流れる。


 リヴシェは15歳になっていた。

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