第7話 黒い子犬は不愛想だった

 寵力の発現。

 予想はしていたけど、まあそれ以後の騒ぎといったら大変なものだった。

 王都の神殿から神官長が呼び寄せられて、リヴシェの能力は鑑定にかけられた。

 リヴシェの前に、大きな水晶球がかざされる。

 虹色の輝きが部屋を包むと、神官長は満足げにうなずいてリヴシェの前に膝を折った。


「聖女様、この御代みよによくおいでくださいました」


 これで確定らしい。

 母とペリエ夫人、それに急いで駆けつけたラチェス公爵は、涙ぐんでいる。


「リヴシェ様、これであなた様の継承権は盤石でございます。

 愚息ラーシュも、どれほど喜びますことか」


 ついて来ると言ってきかないラーシュに、鑑定は聖なる儀式ゆえに未成年で爵位も持たないラーシュの参列は認めないと、公爵が止めたのだという。

 

「伯父様、発現したのはわたくしだけですの?」


 あえて二コラの名前は出さなかったが、伯父には伝わったらしい。

 ラーシュによく似た唇を歪めて、にやりと笑う。


「はい、あなた様だけです」


 うーん。

 どうもこのままでは済まない気がする。

 小説の設定では、寵力の発現は二コラだったのだから。


「ご心配なさいますな。

 もし万が一他の者にも現れたとして、王女のあなた様に発現があった以上、あなた様をさしおいて他の者が優位に立つことはありえません。

 そんなことは、この伯父が許しませんから」


 王位継承権の順位も大切なのだが、それよりももっと大事なのは、リヴシェが二コラに関わらなくて済むか否かだ。

 関われば関わっただけ、ハメられる危険が大きくなる。

 可能な限り、彼女との接触は避けたいのが本音だ。

 もし二コラにも寵力が発現するようなことがあれば、正式な王女になるかは別としても少なくとも聖女の地位は与えられる。

 リヴシェも聖女なら、二コラと接触ゼロというわけにもゆかなくなる。

 そうなると厄介だ。

 彼女にはできるだけ穏やかに、ラスムスと恋に落ちて帝国へ嫁に行ってもらいたい。


「ノルデンフェルトからのお使者は、もう着いたんですの?」


 急に話題を変えたが、そのことを母も伯父も不思議には思わなかったようだ。むしろさすが王女、表向きにも関心があるのは良いことだと感心してくれる。

 親バカだ。

 もし本当に関心があるのなら、そんな大事な外交イベントがある際に、どうして王都を離れるものか。

 

「どうも第二皇子ラスムス殿下のお具合が良くないようだよ。

 国境付近でご療養なさっているとか聞いたが」


 では、まだ二コラとは会ってないか。

 早く会って、恋に落ちてくれないだろうか。

 今ならリヴシェはいないから、虐めようもないし、邪魔のしようもない。言いがかりをつけられる心配も皆無。


「鷹がいないと雀が王するでね。

 王宮では雀がえらそうにふんぞり返っているよ。

 その雀、ラスムス殿下を心待ちにしているようだがね」


 いかにも不快そうに、伯父は秀麗な眉間に縦皺を刻んだ。


「雀の子を、ラスムス殿下に押しつけよう。

 そういう腹だろうが」


 ぜひ!

 ぜひそうしてください!

 雀とは、あのゴージャスなオバサンには可愛らしすぎる例えだけど、結果オーライ。誰の思惑であるにせよ、小説どおりラスムスと二コラが恋に落ちるなら良い。


 

 

 神殿に報告しなければと神官長が王都へ戻るタイミングで、リヴシェも解放された。

 部屋へ戻って、黒い子犬の世話をしなければならない。

 毒は抜けたとはいえ小さな身体は弱ったままで、まだぐったりしている。

 しばらくは、リヴシェの部屋で様子をみてやらなくては。


「お加減はいかが?」


 寝台の側にしつらえた犬用のベッドにかがみこんで、子犬の背中をそっと撫でてやる。

 案外硬い毛はすべすべとして、手入れが行き届いているように見えた。


「おまえ、良いおうちの子かもしれないわね」


 だとしたら、きっと心配している。いなくなった子犬を、必死で探しているにちがいない。

 ここにいますと教えてあげるには、どうしたらいいだろう。


「もう少し元気になったら、この辺りのおうちをひとつづつ当たってみてあげるから。

 安心してなさい」


 子犬の目がぱちりと開く。薄い青の、氷のような目はとても綺麗だった。


「ハンサムね。

 大きくなったらきっとすっごくモテるわよ」


 ふんと、子犬が鼻を鳴らした。

 目を眇めて、「なに言ってんだ」とでも言いそうな表情をする。

 そしてつんと、そっぽを向いた。

 姿かたちはかわいらしいのに、態度の方はまるで不愛想でかわいげがない。

 なんだか小説の中のリヴシェを見ているようで、おかしくなった。


「おまえ、もしかしたらツンデレなの?」


 わかるはずはないからと、前世の言葉を使ってからかった。

 当然のことながら、子犬はそっぽを向いたままだ。


「今日はわたくしも疲れたのよ。

 寵力が現れたとかって、信じられないわよね。

 面倒なことになったけど、でもそのおかげでお前を助けられたんだから、良かったってことにしておくわ」


 着替えをすませて寝台に入る。

 メイドが灯りを消すと、すぐにすとんと眠りに落ちた。



 ブルブルと震える振動で、リヴシェは目を覚ました。

 ちょうどお腹のあたり、拳ひとつ分離れたところに子犬がくるりと丸まっている。

 布団越しに、その小さな身体が震えているのがわかった。


「どうしたの?」


 起き上がって子犬を抱き寄せる。

 目を閉じたまま、ぐぅぐぅと何かうなっている。いや、うなされているのか。

 時折小さな脚が痙攣したように、ひくひくと上下する。

 悪い夢を見ているようだ。


「大丈夫よ。

 怖いものなんか、なーんにもないからね」


 夜着の胸に抱き寄せて、とんとんと背中を優しく叩いた。

 すべすべの黒い毛を撫でてやると、だんだんに震えがおさまってゆく。

 すうすうと規則正しい寝息が戻ったのを確認すると、子犬を上掛けで包むようにして胸に抱いて横になる。

 炒ったトウモロコシのような香ばしい香りが、いじらしくかわいらしい。

 

 寒かったのか、不安だったのか。

 理由はわからないけど、とにかく人恋しかったのだろう。

 いつのまにかリヴシェの寝台に上がって、そこで寝ていたくらいだから。


「やっぱりツンデレね」


 明日起きたら、飼い主を探してやろう。

 そんなことを考えていたら、いつのまにか再び眠っていた。

 

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