第3話 異母妹はやはり侮れなかった

 母の死亡回避と婚約者の好感度アップ。

 当面の目標を達成すべく、リヴシェは日々精進を続けている。

 ラーシュにもらった焼き菓子はさすがにもったいないので全部食べたが、あの夜の食事は残した。なにしろ春先には静養に出たいと言わなければいけないのだから、バラ色ふわふわの頬をしていては説得力がない。

 けれど食事を残すのならおやつは禁止と、栄養士に言われてしまった。


「焼き菓子を召し上がり過ぎたのです」


 えぇーっと抗議の声を上げるが、王宮栄養士でもあるペリエ伯爵夫人は厳然と首を振る。


「まずは3度のお食事をきちんと召し上がっていただきます。

 一日に必要な栄養を、バランスよく整えておりますから」


 前世の給食の時間を思い出した。

 豚の角煮、クリームシチュウに入った鶏の皮、大きなニンジン、甘すぎるわかめの酢の物、自宅のものとは違うにおいのする白い飯。

 どうしても食べられなくて、いつまでもはしでつっついていると担任の教師に叱られた。

 ペリエ夫人の顔が、あの担任に重なる。

 

 フードロスは罪深いことだ。特に王族であれば、好き嫌いを言ってはいけないと頭では理解している。

 けれどあの目にも鮮やかな美しいお菓子を前に、食べずにいることなどできようか。

 食事とおやつとどちらかを選べと言われるのなら、迷わずおやつの一択だ。

 だが選ばせてはもらえない。

 はぁとため息をついて、しぶしぶ頷いた。


「わかりました」


「姫様?」


 ペリエ夫人が、信じられない様子で問い返してくる。

 ここ最近傍仕えの侍女やメイドが同じような表情をするので、リヴシェももう慣れた。

 癇癪を起さないから、だから驚いているんだろう。


 ヒロインである異母妹二コラ・ジェリオとはなるべく関わらないようにするつもりだが、それでもどこでどう関わるかわからない。小説の設定どおりなら、二コラ・ジェリオは汚れなく純真で天真爛漫な天使のような美少女であるはずで、そのひきたて役として癇癪持ちのわがまま王女リヴシェを使われるのはごめんこうむりたいところ。黒蛇姫などと、不名誉な二つ名ふたつなをいただくのも遠慮したい。

 癇癪さえ起こさなければ、元の素材は良いのだからリヴシェだって十分美少女なのだ。天使のように清らかとはいかないまでも、少々活発だが明るく優しい王女様程度の評判は得られるんじゃないか。

 だからたかがおやつぐらいで、癇癪を起すわけにはゆかない。

 ホントは全然、「たかが」でも「ぐらい」でもないけど……。


 

 リヴシェの毎日の予定は、とにかく健康第一を軸に組まれている。

 健康は何にも優先して大切だとは母王妃の考えで、それを受けたペリエ夫人が細々と気を遣い、一日の予定を組んだ。

 午後には、庭園の散歩がスケジューリングされている。

 リヴシェ付きの筆頭侍女でもあるペリエ夫人は、予定時刻の数分前にリヴシェを連れ出した。


「冬薔薇がみごとに咲いておりますよ。

 ちょうど見ごろでございましょう」


 バラ園へ続く回廊の向こうから、見慣れない女性と少女がこちらへ向かってくるのが見えた。

 手の込んだレースをふんだんに使った緑のドレスは、王妃であるリヴシェの母のものよりも豪華で、そのドレスの中身もまたゴージャスだ。母の2倍はありそうな質量の胸に細い腰で、いくら優秀なコルセットを使ってもあの対比と質感は出せないだろうなと思う。

 だから瞬時に気づいた。

 あれは父の愛妾、ジェリオ伯爵夫人だと。


 女神ヴィシェフラドへの信仰心の篤いこの国では、王の妻は王妃ただ一人だけだ。

 けれどどこにでも抜け道はあり、正式の妻ではない愛妾ならば暗黙の了解で認められている。もちろん日陰の存在なので王宮に住むことは許されず、多くは城下に屋敷を賜ってそこで暮らす。

 かつて地方の男爵令嬢でしかなかった女は、今や夫を持たないままジェリオ伯爵夫人を名乗っていた。

 

「リヴシェ王女様に、ご挨拶を申し上げます」


 リヴシェの正面で彼女は腰を落とした。

 そのすぐ後ろに控えた少女も、慌てて同じように礼をとる。


「これは貴女様の妹、二コラでございます。

 今日は陛下へのご挨拶に連れてまいりましたの」


 天然の花の香料が、伯爵夫人の身体からふんわりと立ち上る。

 スミレの香りだろうか。なんにせよ、天然香料は原材料の香油1グラムが金貨10枚で取引されるとか聞くから、かなりの贅沢品だ。

 ちなみに母の王妃は、手作りのサシェを使っている。原材料は庭のハーブである。

 豪華な金の髪と緑の瞳、目元のつけ黒子が妖艶で、何から何まで母とは正反対の美女に、父も男なのだとげんなりしてしまう。

 

「姫様」


 背後からかけられたペリエ夫人の声に、気を取り直した。

 そうだ。

 彼女に何か答えるわけにはゆかない。

 身分の低い者から上位の者に、自ら言葉をかけてはならないのは常識である。それを彼女は堂々と破ってみせた。いわば示威行動なのだ。

 国王の寵愛をほしいままにしている自分は、リヴシェよりも実質の身分は上なのだと。

 

「ペリエ伯爵夫人」


 顔は正面に向けたまま、背後の夫人の名を呼んだ。リブシェの意思を代弁してもらうためだ。

 

「ジェリオ伯爵夫人、無礼が過ぎますよ。

 あるべき位置にて、王女殿下をお見送りするように」


 ペリエ伯爵夫人のひんやりとした声が、続いて響く。

 さすが筆頭侍女、迫力が違う。


 王族の正面に立つなど、常識ある貴族なら絶対にしない。

 国王の愛妾といえど、身分で言えば彼女は伯爵夫人に過ぎない。それならばリヴシェの姿を認めた瞬間に、道を譲ってしかるべきで、リヴシェ一行が通り過ぎるまで廊下の端で黙って頭を下げていれば良い。それが彼女の本来あるべき位置だ。

 

 だけどこのオバサン、わかっててやってる。

 

 多分20代後半くらいだからオバサン呼びは気の毒だけど、やってることがオバサンっぽいのだから仕方ない。

 なんといったら良いのか。要するに程度が低い。やってることが幼稚で、そのくせふてぶてしいのだ。

 こんなのが継母になるなんて、ほんと冗談じゃない。

 あらためて母の死亡フラグを回避しなければと、決心していると。


「ごめんなさい、お姉さま」


 震えがちのか細い声が。

 小さな両手を胸の前で組んで、うるうると見上げる緑の瞳。

 ああ、やはり逃げきれなかったか。

 女主人公二コラ・ジェリオ、汚れなく純真な天真爛漫な天使という設定の異母妹から。


「お母様を叱らないで」


(目の前で起こったこと、この子は見てたはずよね)


 リヴシェは、二コラに顔を向けることなく自問する。

 ペリエ夫人の言葉を叱ったと言われれば、まあそう言えなくはないけど。

 

 面倒くさい子。

 

 それがヒロインへの第一印象だった。

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