猶予期間と揺らぐ想い

 なんとか要石を獲得した私と桜子さんは、どうにかうらら先生と風花ちゃんと合流し、要石を修繕した上で結界を張り巡らせた。

 でも考えれば考えるほど、状況は最悪だ。

 どれだけ要石の修繕と結界の修復が進んでいるかは、結界の守護神である照日さんには筒抜けなため、残り二か所で終わるということは彼女たちにも伝わっているのだ。

 その二か所……衣更市美術館と衣更城……どちらの要石を落としても、陰陽寮が黙認していた時間が過ぎてしまい……衣更市殲滅は、避けられない。

 私が暗い顔をしている中、うらら先生は「落ち着きな、みもざ」と肩を叩いてきた。


「でも……うらら先生」

「みもざはいっつも考え過ぎなんだよ。あんたは脳筋なんだから、考えるのは大人に任せなさい。思いつきもしないことばっかり考えてると、頭が禿げるよ?」

「脳筋……そこまで、考えなしでは」

「そうです。たしかに守護神照日さんに仲春さんが帰ってきて、結界修復の妨害するという危惧が発生しましたが……それは同時にチャンスなんです」


 桜子さんは冷静に言った。

 え……でも、照日さんは傍若無人が過ぎるくらいに強いし、神通力だけでなく、腕力も強い、弓矢の腕は、正直仲春くんと風花ちゃんの師匠になるほどだし、私に神通刀を授けてくれたのだって彼女だ……神様相手に戦わないといけない私たちの分が悪過ぎるはずなんだけれど。

 私がポカンとしている中、桜子さんが言った。


「本当に順番を決めたのは偶然でしたが……衣更市滞在の退魔師たちと陰陽寮が密談できたのは幸いでした。彼らに通報すれば、仲春さんは抑えられます。そうなれば、照日さんは彼から離れることがまずできませんから、私たちはその間に要石修繕に時間を取れます」

「あ……っ!」


 そうだ。仲春くんは守護神照日を連れて、結界守護の任を放棄した裏切者として、この土地に住む退魔師たちからも、陰陽寮からも命を狙われているんだった……!

 もし退魔師たちと話ができなかったら……私たちもまた彼らを敵に回さないといけないところだったけれど、話を付けられたから、通報できるんだ。

 そして照日さんの最優先は仲春くんの安否だから……彼らがいる限りはそう易々と要石に近付けない。


「よかった……」

「あのう……」


 話を黙って聞いて、要石に結界のコーティングを終えた風花ちゃんは、おずおずと口を挟んできた。


「風花ちゃん? なにかありましたっけ?」

「いえ……わたしも仲春くんも照日さんにすごーくお世話になっていたから余計に思うんですけど……おふたりとも、通報されることは織り込み済みじゃなかったら、わざわざ命からがら衣更市まで戻ってこないんじゃ……」

「そうだね。命を賭けてまで戻ってきた以上、その点は織り込み済みだろうさ。ただ、私たちが既に地元の退魔師とコンタクトを取ったこと、陰陽寮と退魔師が通じはじめたところまでは、ギリギリ知らないはずだ」

「そうなんですけど……でも、照日さん、神様ですよね? そんな簡単な話で済むんでしょうか……」


 風花ちゃんからしてみれば師匠に当たるひとだし、私たちの中でもっとも照日さんとコミュを取ったからこそ、懸念材料になるんだろう。

 それはそうなのだ。

 唯一読み切れないのは、照日さんの潜在能力だ。『破滅の恋獄』本編においても、仲春くん視点でしか物語が描かれていないから、彼女がキレる……本気を出さざるを得ないところまで追い込まれた個所というものが読めなかったんだ。

 彼女が最愛の人である仲春くんを守るために取った手段によっては、私たちの想定は簡単に覆される。

 私たちが押し黙っている中、「はいはい」とうらら先生が手を叩いた。


「あんたたち若いんだから、あんまり考え込むのはやめときな。そういうのは、私や麦秋の仕事だからね」

「先生……」

「……それに、本当にどうしようもないときは、こちらにも切り札があるんだ。使わないに越したことはないけれど、いざとなったら使うから、問題はないよ」


 その言葉に、私は胸にザラリとしたものを覚えた。

 うらら先生の切り札なんて、うらら先生のルートをプレイしたことはあっても知らないんだけど。

 そう思いながらも、ひとまず私たちは帰ることにした。


「……本当は拠点として一番使いやすかったんですけれど、いい加減仲春さん家から退却も、考えたほうがいいかもしれませんね」


 そうポツンと漏らした桜子さんの言葉が、胸に染みた。


****


 風花ちゃんの鉄分摂取と桜子さんの好きなもの。あとうらら先生の呑兵衛っぷりを考慮して、今日は肉屋さんで処理の仕方を聞いてホルモン鍋にすることにした。

 ホルモンににら、もやしを、豆乳に溶いた味噌スープと一緒に炊き上げる。

 またもうらら先生は「いやあ、この濃い口の味が、辛口の酒と合うんだよねえ」と上機嫌に鍋をすくいつつ日本酒を飲んでいた。

 桜子さんは前にひどい飲み方をしたのを反省してか、今日は一杯飲んだだけで済ませ、おいしそうにホルモンを食べつつ、「残り二か所ですけれど」と口火を切った。


「明日、明後日で決着がつくかと思いますけど、衣更市美術館と衣更城、どちらから行きますか?」

「風花の力が結界修復には必要な以上、二か所同時に攻める訳にもいかないしねえ……」

「ええ……」


 明日は土曜日、明後日は日曜日。

 どちらにしろ人が多いから、要石の近くにはちょっとやそっとの方法では近付けないとは思うけれど。でも二者択一だったらどちらを選ぶのが最良か難しい。

 皆で鍋をつつきつつ考え込んでいる中、うらら先生は「城は最後だろ」と言ってのけた。

 それに桜子さんは少しだけ顔を崩した。


「……その根拠は?」

「クライマックスが高いところって、相場は決まってるだろう? ……それは冗談にしても、既に陰陽寮や退魔師にふたりのことを通報している以上、守りの固い場所にたったふたりで攻め込むような真似、照日さん本人だけだったらともかく、生まれたときから衣更市に住んでいる仲春だったらまずしないよ」


 そう断言した。

 ……説得力は、正直ある。

 私たち衣更市民は、小さい頃から衣更城をすごくすごい城と言われて育ってきた。

 そこにいきなり押し入って大惨事を招くのは、市民心としてはなかなかできないはずなんだ。

 なによりも、陰陽寮や退魔師たちに連絡が出回っているのだから、衣更城で人を配置して侵入を防ごうとするはずだ。

 となったら、休みの日に美術を嗜みに来る場所である美術館に行ってから、どうしようもなくなったら無理に衣更城に押し入るほうが、理にかなっている。


「では、明日は衣更市美術館、最後が衣更城で決まりですね」

「そうだね。風花、みもざもそれでいいかい?」


 ふたりに尋ねられて、風花ちゃんは答える。


「話に筋も通っているし、それで問題ないと思います。みもざちゃんは?」

「私も……それで大丈夫です」

「はい。残り二日。どうぞよろしくお願いします」


 桜子さんに頭を下げられた。

 私たちはもペコッと頭を下げてから、ホルモン鍋をつつきはじめた。

 ホルモンも生臭くならないよう、きちんと二回ほど洗ってから鍋に具として入れると、プリプリとした食感と味噌スープが染み込んだホルモンで旨味がぎゅっとなっておいしく感じる。

 それをもりもりと食べてから、私たちはお風呂の順番待ちをした。


****


 私は最後にお風呂をいただき、残り湯を使って洗濯機を回している中、「みもざさん」と声をかけられた。

 既に寝間着姿になっている桜子さんだった。


「はい、どうしましたか?」

「……その。あと二日で衣更市の結界修復が終わりますけど」

「あ、はい」

「……最後の最後で強敵になる仲春さんと照日さんと対峙することになるかと思います。おそらくですが……相手は最後に、契約を増強してくるかと思います」

「あ……」

「それに対抗するには……私たちも契約の増強をする必要があるかと思いますが、どうしますか?」


 途端に私は洗濯機のほうに視線を背けてしまった。

 ……『破滅の恋獄』の桜子さんのルートでもあった話だ。結界修復の手段が見つかるまで、霊力切れやスタミナ切れを起こさないよう、霊力増量トレーニングをするという奴だ。

 ……それは、体液交換をずっと繰り返し、互いの霊力を練り合うというもの。要はセックスだ。

 今まで、私たちもさんざんディープキスはずっと繰り返してきたものの、ペッティングもそれより上のこともしたことがなかった。

 そりゃ、それをしたら勝つ確率は上がるし、ゲーム脳としては「四の五の言わんとやれ」だけれど、恋する自分が抵抗する。

 そんな義務感でやりたくないという、なけなしの乙女心が悲鳴を上げる。

 私が黙り込んでしまったのに、桜子さんは「やっぱり……」と溜息をついた。


「したく、ありませんよね。そりゃ仲春さんたちがやっているからって、対抗してやろうなんて誘われれば」

「……待ってください、桜子さん。勝手に決めないでください」


 また桜子さんは桜子さんで面倒くさい勘違いをしそうになっているので、慌ててストップを入れる。


「……あなたとするのが嫌だなんて言ってませんよ。というより、契約のときにさんざん私の体触られましたけど、抵抗しなかったでしょ?」

「なっ……! 勘違いされそうなこと言わないでください! あれは契約印を刻んでいたのであって、ペッティングとかじゃないです!」

「そういう意味で言ったんじゃないんですけど……ただ、義務でやるのは、嫌です」

「だったらどう言えばいいんですか」


 桜子さんは、まるで悲鳴のように声を上げる。私も我ながら面倒くさいことを言っているとは思うものの、これから長い付き合いになる人に、ここでちゃんと言っておかないと、絶対にボタンの掛け違いでもっと面倒くさいことになるのが目に見えている。私が死ぬか、桜子さんが死ぬか以外に契約の解除方法がない以上、ここはちゃんと言わないと。

 そう自分に言い聞かせながら、私は言った。


「……桜子さんは、私とやりたくないんですか? 私は義務じゃないなら、やってもいいです」

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