第5話 銀河の渦
それは、大学生になったばかりの夏休みだった。
違う大学に進学したふたりは高校で同級だったこともあり、その日お茶をして、また会う約束をする関係になった。
「高校の時は特に仲が良かったわけでもないのに、今こうしてふたりでいるって不思議なものね」と葉子。
「縁というのはそういうものなのだろう」宏樹が答える。
「交差点で中岡くんを見つけたとき、なぜだか声を掛けずにいられなかったの」
「ボクも伊木さんを見たとき心に雷が落ちたよ」
「雷?」
「運命の
「詩人みたい」と葉子が笑う。
ふたりが出会った交差点の見えるカフェの窓辺。ここがふたりの出発点だった。
「宇宙物理学科って何を学ぶの?」
「光速を超えることは可能かどうかについて議論しているよ。相対性理論では不可能ということになっているけど、何かのきっかけで可能になると信じている人の話はおもしろい。今の研究室の教授だけど」
そしてそのきっかけはタキオンの発見という形で起こり、ふたりはタキオンドライブ航法の宇宙船で今宇宙を旅している。交差点での遭遇から20年も経たないうちに宇宙移住計画が本格的に始動したのだった。
「葉子がボクの部屋に来たのもちょっとしたきっかけからだったね」と宏樹。
「宏樹の宇宙の話がおもしろかったからよ」葉子が答える。
「そんなに興味があるのなら、ボクの本を貸してあげるよ」
ふたりは長年慣れ合った恋人のように肩を並べて並木道の陰を歩き、20分ほどで宏樹のアパートに着いた。
玄関を入ってすぐ右手に小さなシステムキッチンがあるワンルームだった。
リビング兼寝室は10畳ほどあり、ワンルームにしては広々とした空間で、西側が吐き出し窓のベランダになっていた。
「懐かしいわね、あの部屋」スクリーンを眺めながら葉子が言う。
「ふたりが初めてキスをした部屋だよ」
スクリーンの上では、出会ったばかりの葉子と宏樹が恐る恐る相手に手を伸ばそうとしていた。
「あのふたりは興奮させてくれるよ」と他人事のように言う宏樹。
「あの頃のわたしたちが羨ましい」
「ボクたちは今ここにいるよ」
「カプセルから出られないから触れることもできない」
「このカプセルを幻だと思えばいい。さぁ、おいで」宏樹が言うと、お互いのカプセルに相手のホログラムが現れた。
「今、こうしているのが夢だったなら…」そう言いながら葉子はホログラムの宏樹に手を伸ばした。
ふたりを乗せて航行する宇宙船は、やがて未知なる銀河の渦に突入しようとしていた。
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