32 聖女


 アンベルス王国王宮に連なる聖堂。

 この聖堂の召喚の間に召喚されてエラルドに会った。

 もう何年も前の出来事みたいだけれど、まだ一年も経っていない。


 王宮に連なって聖堂がある。聖堂の大広間にこの国の聖職者、貴族、騎士がずらりと並ぶ。

 エラルドと菜々美はそこに連行され、罪人のように引き据えられた。騎士たちが周りを取り囲む。

 やがてこの国の国王陛下がお出ましになった。


 菜々美はこの国の国王を初めて見る。

 いや、召喚の間にいたかもしれないがあの時は混乱していて認知していない。

 金髪であるがグリーンっぽい茶色の瞳はエラルドと似ている、きつい目元とか通った鼻筋も似ている。しかし、他の王子達と同じように大柄で体格が良い。

 国王の後に第一王子と第二王子、そして司教にエスコートされた聖女が続く。


 聖女が着ているドレスは白い。聖女だから。でも身体にぴったりとした胸も背中も開いたドレスだ。おまけに近くで見れば豪華な刺繍が施されている。

 裾に深くスリットの入ったドレスには無数の宝石が縫い付けてある。腕輪はダイヤだろうか。豪華な首飾りにイヤリング。

 それらを見て重そうと思う菜々美は淑女向きではないなと苦く笑う。

 化粧は上手い。スタイルが良いからハーフかと思ったけれど違うかもしれない。横から見ると鼻ぺちゃの日本人顔だし、髪は伸びた地毛が黒いのだ。


 国王陛下が聖堂の玉座の前に立つと、側に控えていた者が罪状を読み上げる。

「エラルド並びに異世界人ナナミ。アールクヴィスト侯爵、その息女パウリーナ殺害の罪で市中引き回しの上火あぶりの刑とする」

 いきなりであった。裁判とか無いのだろうか。

「この者達を地下牢に引っ立てよ」

 国王陛下が命ずる。



「あら、お待ち下さい」

 聖女様がしゃしゃり出て来る。チラリと国王を見て髪を後ろにはらい、その手を腰に置いて菜々美の顔を見る。

 とても無礼な振る舞いだと思うのだが、誰も聖女を咎め立てしない。



「毎年いるのよね。あなたみたいに靴擦れ起こす子が。あの辺りで見てるのよ、見てたら分かるし、痛そうでね」

 そう言って赤い唇をニヤリと歪めた。その顔を見て驚く。彼女は菜々美より少し年上のようだ。

 いや、そうじゃなくて──。


 ブランド物のバックからすぐに取り出された絆創膏。足が痛くてそれ所じゃなかったけれど、考えてみれば確かにおかしい。


「ほら、日本人って義理堅いでしょ。お世話になったら何かお返ししなきゃって大抵の人は思うのよ。それでね、色々お願いする訳よ。宗教の勧誘だったり、詐欺の電話だったり、受け子だったり、色々出来ることをお願いするの。ふっふっふ」

 悪魔のような笑いだった。この女が聖女──。


「まさかこんな所に来るなんて思わなかったわ。オマケに私が聖女だなんて、チャンチャラおかしいわ」

 自分で言ってるし。


 この国が乞い願って来てもらったのがこの聖女なのか──。



「助けてあげてもいいのよ」

「え」

 猫なで声で聖女が助けると言う。そんな権限があるのだろうか。

「あなたには王子様をあげるわ」

 その言葉で第一王子と第二王子が菜々美の前に来た。

「金髪も銀髪も、もう飽きたの、傲慢だし、俺さまだし、上から目線で。その代わりそっちを頂くわ。私、かわいい子が好きなの」

 聖女様は菜々美の隣を顎をしゃくって言う。


 エラルドは可愛い系じゃないと思うけど、それより王子達、それに周りにいる王様、司祭、騎士、ずらりと並んだ男達は誰も皆、背が高く外人顔で整っているけれど、怖くはない。

 ここに居ないヤギの所為で怖くなくなったのだろうか。彼の方が目の前の王子様達よりよっぽどイケメンで外人顔だ。いつも側にいるから、慣れちゃったのだろうか、居なくてちょっと寂しいくらいだ。


「可愛げがあるじゃない、私に全然懐かないし。無茶苦茶にしてやりたいの。分かる? あなた、この子を選んだんだから分かるでしょ」

(分かるもんか、そんなの。100年経っても1000年経っても分かるもんか。

 そんなもん、分かりたくもない)

 目の前にいる王子二人がニヤニヤ笑う。

「お前もそんな奴にかかわっていないで──」

「私達と仲良くしよう。何から何まで手取り足取り教えてあげるよ」


 怖くはないけれど、王子二人に危険を感じて、引き据えられたままじりじりとエラルドの後ろに下がる。


「私は聖女。この国になくてはならないモノ。私がいないとこの国は天変地異や戦争や疫病や魔物に飲み込まれるのよ。大変なことになっちゃうのよ」

 魔物の侯爵が牛耳って、魔物の蛇が支配する、それは大変なことじゃないのか。それがこの国の望んだ形なのか。


「どうしてそう思うの? 他の国の人は聖女がいなくても皆一生懸命に生きているのに。私だってそんな人達の一助になればって思う。この国だけがズルしてないでみんなで助け合えばいいと思う」


「そんな綺麗事がこっちでまかり通ると思ってんの? あんたみたいな考え方は嫌いだわ。いい子ちゃんぶって、みんな一緒って気持ち悪い」

「自分が出来る事をして何が悪いの。みんなが同じことをしろとか、同じ人を好きになれとかじゃないわ」


(そうじゃない。私はいい子じゃない。お姉ちゃんと妹に挟まれて全然可愛げが無くて、嫌々お父さんに連れられて釣りについて行って、文句ばっかし言って、オジサン達が少しだけヨイショしてくれるのが──)



 でも私の居場所はあの家にちゃんとあった。

 帰る場所、受け入れてくれる家族、学校、友達、みんな──。




(あ……、

 何か見えた。

 満員の電車、学校、会社、ビル、沢山の人人人。

 スマホがあって、パソコンがあって、テレビがあって、

 飛行機が飛んで、ミサイルも飛んで、戦車が走って、

 ビルの残骸、原子力発電所、回る風切り羽根。


 今のって、あれって、元居た世界?)

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